監修医学博士 弁護士 金﨑 浩之弁護士法人ALG&Associates 代表執行役員 弁護士
患者としては、医師の独断で負担の大きな手術等が行われたことにより、日常生活に重大な支障が生じてしまったら、納得できない気持ちになるでしょう。だからといって、あらゆる治療についての選択を委ねられたとしても、最も良い治療法を患者が選択することは困難です。
医療現場では、刻一刻と変化する患者の容態に照らし、緊急で対処しなければならない場合もあります。そのため、医師には一定の裁量権が認められつつも、完全な医師の独断にならないよう、一定の制限があると解されます。
ここでは、医師の裁量権について解説します。
医師の裁量権とは、医師が患者のために最も有効だと判断した医療行為を医師の判断において実施することができる権利です。医療は人的制約や設備的な制約等、様々な制約の中で行わなければなりません。また、高度に専門的な分野であり、治療には一定のリスクを伴うため、最も適した治療や検査等を患者自身が判断することは極めて困難です。そのため、医師に一定の裁量権を与えることによって、最終的には患者の利益になると考えられています。
医師に裁量権が認められているといっても、無限定で認められるわけではありません。医師の裁量権には一定の制約が存在し、範囲が限られています。医師の裁量権を制約するものは、主に以下の2つです。
医師は、診断当時の臨床医学の実践における医療水準を下回る医療を実施することはできないと解されています。
裁判においては、当該治療や診療行為が医療水準となっているかが争点となるケースが少なくありません。裁判所は、医療水準について、当該医療機関の性格(町の医院なのか高次機能病院なのか等)、所在地域の医療環境の特性等の事情を考慮して判断すべきであると述べており、全国一律的な基準のようには解されていません。
患者の自己決定権とは、「どのような治療を受けるのか」について、患者が他者に干渉されずに自ら決められる権利のことであり、「理解したうえでの同意」と訳されるインフォームドコンセントとも密接な関係にあります。医師は、患者の自己決定権を尊重するために、複数の治療法が存在する場合には、それらの治療法について患者が自ら選べるように説明しなければなりません。
パターナリズムとは、一般的に、優位な立場にある者が、劣後する立場の者の利益のために、当人の意思に反して、介入・干渉を行うことをいいます。医師には一定の裁量権が認められていますが、これは医師の独断を招き、パターナリズムと結び付くおそれのあるものです。
かつての医療においては、専門的な知識において優位な立場にある医師が、一方的に治療方針等を決めてしまうことが珍しくありませんでした。
しかし、これによって患者の自己決定権が侵害されることが問題となりました。現在ではインフォームドコンセントという言葉が浸透してきましたが、未だに十分な説明がなされず、患者の自己決定権が侵害されるケースが散見されます。
医師の裁量権について、どこまでが医療水準であり、患者の自己決定権のためにどこまで説明をしなければならないのかといったことは、極めて難しい問題です。問題となる当該治療行為が診療の当時の医療水準に合致したものといえるか、複数の治療の選択肢がある場合に医師がどのような範囲の選択肢まで説明しなければならないのかについては、個別具体的な事情に照らして判断しなければなりません。
ここで、実際の裁判例をご紹介します。
裁判では、診療当時医療水準として確立していなかった乳房温存療法について、医師が説明を行わずに胸筋温存乳房切除術を実施したことが問題となりました。
裁判所は、乳房温存療法が医療水準として未確立の術式であっても、少なからぬ医療機関において相当数の実施例があり、これを実施した医師の間で積極的な評価がされていて、患者が強い関心を抱いている等の事情がある場合には、医師の知っている範囲で当該術式の内容等について説明するべき義務があったと認め、患者に対して、胸筋温存乳房切除術を受けるか、あるいは乳房温存療法を実施している他の医療機関において同療法を受ける可能性を探るか、そのいずれの道を選ぶかについて熟慮し判断する機会を与えるべき義務があったと判断しました(最高裁 平成13年11月27日第3小法廷判決)。
この記事の執筆弁護士
医療過誤のご相談受付
まずは専任の受付職員が丁寧にお話を伺います。
※精神科、歯科、美容外科のご相談は受け付けておりません。 ※法律相談は、受付予約後となりますので、直接弁護士にはお繋ぎできません。