ニューズレター


2017.Apr Vol.64

同業他社に転職したことを理由とした退職加算金返還請求~東京地裁平成28年3月31日判決~


2017.4.vol.64掲載

Ⅰ 事案の概要

(1) 有価証券の売買およびその媒介等の金融商品取引業を営む原告会社(以下「X社」といいます。)は、平成22年4月1日、従業員の休職及び退職に関する制度としてセカンドライフサポートプランを導入しました。同制度は、セカンドライフ支援休職制度とセカンドライフ支援退職制度によって構成されているものであり、そのうちセカンドライフ支援退職制度(以下「本件制度」といいます。)とは、X社が本件制度の利用を承認することを条件として、50歳以上59歳未満で自己都合退職をする特定の職種の従業員に対し、通常の退職金に加えて退職加算金を支給することが内容とされています。

(2) また、X社は、社内向けの人事ポータルサイトに掲載した本件制度の説明資料において、X社が本件制度の利用を承認しない場合の例として、「同業他社に転職する場合」と記載したうえ、「退職後に同業他社に転職したことが判明した場合には、退職加算金を返還していただくことになります」とも記載していました。

(3) Yは、平成24年7月2日当時、X社の本店営業部に勤務していましたが、同日、X社に対し、本件制度の利用を申請しました。そこで、X社は、Yからのヒアリングを実施し、その結果、同業他社に就職する予定ではないと判断したため、本件制度の利用を承認する旨を決定しました。その後、Yは、X社に対し、退職日を同月24日とする退職届を提出するとともに、同業他社に転職したことを理由としてX社から退職加算金の返還請求をされた場合には返還に応じる旨(以下「本件返還合意」といいます。)の記載された誓約書を提出しました。そして、同月24日をもってX社を退職し、退職加算金1008万円を受領しました。

(4) ところが、Yは、ホームセンターを経営する会社において約1年8ヶ月間の勤務をした後、平成26年4月1日付けでX社と同業であるA社に就職してしまいました。そこで、X社は、平成26年4月14日、Yに対し、誓約書に基づいて退職加算金1008万円の返還を求める内容の請求書を送付しました。これに対し、Yが返還を拒否したため、X社は、Yに対し、退職加算金の返還を求める本訴訟を提起するに至りました。

Ⅱ  争点 -本件返還合意が公序良俗に違反して無効であるか否か-

(1) 本訴訟において、Yは、本件返還合意はYの職業選択の自由を制約するものであるから、本件返還合意の有効性は、過去の裁判例(後述)と同様に、競業禁止の目的がX社の正当な利益の保護に向けられたものであること、競業行為の禁止の内容が必要最小限度にとどまり、かつ、十分な代償措置がとられているか否かを考慮して判断すべきであるところ、本件返還合意は上記の各要件を満たしていないため、Yの職業選択の自由を不当に害するものであり、公序良俗に違反して無効であるなどと主張しました。

これに対し、X社は、本件制度を利用するか否かは、従業員本人の判断に任されており、Yが競業避止義務を負いたくないと考えたのであれば、制度の利用をしなければ良いだけの話であって、競業避止義務だけが無効であると主張するのは不合理であり、本件返還合意は有効であるなどと反論しました。

(2) 以上により、競業避止義務を定めた本件返還合意が公序良俗に違反して無効であるか否かが本訴訟における主たる争点となりました。

なお、Yは、A社が同業他社には該当しないとの主張、及び、本件請求が権利の濫用に該当するとの主張をしておりますが、いずれについても裁判所は認めませんでした。

Ⅲ 争点に対する裁判所の判断

結論

裁判所は、「本件返還合意が公序良俗に違反するとは認められない」と判示しました。

判決の要旨

本件制度を「利用するか否かは、従業員の自由な判断に委ねられているものと解される」ため、原告を退職する従業員は、本件返還合意をすることを望まないのであれば、「本件制度を利用しなければよいのである」。また、「本件返還合意は、従業員に対して同業他社に転職しない旨の義務を負わせるものではなく、従業員が同業他社に転職した場合の返還義務を定めるものにとどまるもの」であり、原告を退職する従業員は、「ひとまず本件返還合意をして退職加算金を受け取っておき、将来同業他社に就職する機会が生じたときに退職加算金を返還して就職するか否かを考えることで何ら問題ない」のであるから、「本件制度を利用して退職することが、これを利用せずに退職する場合よりも従業員に不利となる事態を想定することはできない」。

そのため、「本件制度のうち本件返還合意だけを取り上げて、これが退職後の職業選択の自由を制約する競業禁止の合意であると評価することはでき」ず、「その有効性について競業禁止の目的、内容、代償措置の有無等を検討して判断すべきである旨の被告の主張は、その前提において失当であり、採用することができない」。

そして、本件制度を利用することが「従業員に不利となる事態は想定できないことからすれば、本件返還合意において、転職が禁止される期間や同業他社の地域等に限定が付されていないことを考慮しても、本件返還合意が公序良俗に違反するとは認められない」。

Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項

X社は、競業避止義務の有効性に関し、「使用者が確保しようとする利益に照らし、競業行為の禁止の内容が必要最小限度にとどまっており、かつ、十分な代償措置を執っていることを要する」旨を判示した裁判例(東京リーガルマインド事件・東京地決平成7年10月16日を引用していますが、同様の判断枠組みは多くの裁判例において採用されています。

本判決は、上記のような判断枠組みを採用することなく、本件返還合意は通常の退職より有利な選択肢を提供するものであるから、退職後の職業選択の自由を制約するものであるとは評価できない旨を判示したことに特徴があります。この点、通常よりも有利な選択肢を与える制度の有効性は他の裁判例でも緩やかに判断されていますので(富士通 [ 退職金特別加算金 ] 事件・東京地裁平成17年10月3日)、本件についても、退職する従業員に対して一律に競業避止義務を課したうえで退職金等の返還義務を負わせていた訳ではなく、有利な選択肢を提供したうえで退職加算金の返還義務を課していた事案であった点が重要なポイントになったと考えられます。

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