ニューズレター


2018.May vol.77

時間外労働割増賃金を年俸に含める合意の有効性~最高裁平成29年7月7日判決~


2018.5.vol.77掲載

Ⅰ 事案の概要

1 本件は、医療法人Yに年俸制で雇用されていた医師Xが、Yに解雇されたことに対し、解雇の無効等を主張して争うとともに、解雇前の時間外労働に対する割増賃金等の支払いを求めた事案です。

2 Xは、Yとの間で、平成24年4月、以下の条件で雇用契約(以下、「本件契約」といいます。)を締結しました。

①年俸1700万円(月額本給86万円、諸手当34万円余り、賞与を含む)、②所定勤務時間を平日の午前8時30分~午後5時30分を基本とするが、業務上の必要がある場合は、時間外でも勤務しなければならない。③時間外勤務については、時間外規定(以下、「本件規定」といいます。)に従う。本件規定には、時間外勤務の対象時間は勤務日の午後9時から翌日午前8時30分の間及び休日に発生する緊急業務に要した時間とされ、通常業務の延長とみなされる時間外業務は時間外手当の対象とならないこと等が規定されていました。

また、本件契約では、本件規定に基づき支払われるもの以外の時間外労働等に対する割増賃金については、年俸1700万円に含まれることが合意されていました(いわゆる固定残業代制)が、年俸のうち割増賃金に当たる部分は明らかにされていませんでした。

3 Xは、平成24年4月から勤務を開始しましたが、Yは、Xの勤務に問題があるとして、平成24年9月30日付でXを解雇しました。そのため、Xは解雇の有効性を争い、未払割増賃金の支払いを求め訴訟提起しました。なお、解雇の有効性については、1審、原審ともに解雇を有効と認めたので、本判決では争点となっていません。

4 原判決(東京高裁H27.4.23判決)は、XのYに対する割増賃金の請求について、XとYとの割増賃金を年俸に含める合意は、Xの医師としての職務の特殊性に照らして合理性が認められること、Xが自らの労務提供についての裁量を認められていたこと、Xの給与が相当高額であったこと等から労働者の保護に欠けるところはないとして、Xの給与のうち割増賃金に当たる部分が判別できなくても不都合はないと判断し、Xの請求を認めませんでした。

Ⅱ  判決のポイント

本判決は、労働基準法37条は、割増賃金として通常の労働時間の賃金の1.25倍以上の額を支払うことを定めるのみで、あらかじめ基本給等に割増賃金を含めることを許容していると指摘し、いわゆる固定残業代制を法は許容しているという判断を示しました。その上で、使用者が適切な割増賃金を支払ったか否かを判断するには通常の労働時間の賃金と割増賃金を区別できることが必要であるとして、本件では、Xの年俸のうち、割増賃金に当たる部分が判別できないので、Xに割増賃金が支払われたとはいえないとしました。

Ⅲ 本事例から見る実務における留意事項

1 従来の判例

判例は、従来から、通常の労働時間の賃金に当たる部分と、割増賃金に当たる部分とを判別できないときは、労働基準法37条の定める割増賃金が支払われたといえないとして、いわゆる明確区分性の有無によって判断しており(高知観光事件 最高裁H6.6.13判決)、近時の最高裁判例でも同様の判断がなされたところです(テックジャパン事件最高裁H24.3.8判決、国際自動車事件 最高裁H29.2.28判決等)。

2 判例と異なる見解

もっとも、これまでの下級審判決のなかには、最高裁の判例と異なる結論を取るものもありました。

すなわち、年収2200万円以上の高給をもらっていて、給与も労働時間よりも成果に対応して決められており、自分の勤務内容をある程度自由に決定できる立場にあった労働者について、基本給の中に時間外手当が含まれる合意があった場合、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外労働に当たる部分とが明確に区分されていなくても労働者の保護に欠けることはなく、この合意が有効であるという考えを示すものです(モルガン・スタンレー・ジャパン事件 東京地裁H17.10.19判決)。本判決の1審及び原審は、Xが高給をもらう医師であったことから、この事件の解釈に類似したものであるといえます。

たしかに、高給を得ている医師においても、薄給に苦しむ労働者と同様の基準で割増賃金が支払われなければならないとの結論は、感情論からいえば疑問が出るかもしれません。

3 判例が厳格に明確区分性を要求する理由

判例が、常に通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分との明確区分性を要求する理由としては、上記テックジャパン事件判決において、労働省出身の桜井龍子判事が補足意見で述べた見解が非常に参考になります。すなわち、労働基準法37条は、使用者が労働者に時間外労働をさせた場合に、割増賃金を支払わなければ罰則を適用される場合があること(労働基準法119条1号)から、使用者が割増賃金を支払ったか否かは罰則が適用されるか否かを判断するための根拠となるため、時間外労働の時間及び残業手当の額が明確に示されていることを要求している、というものです。刑罰適用の可否の根拠となるから、という理由は、明確区分性を要求する根拠として非常に強いものであるといえるでしょう。また、労働基準法37条の趣旨である、時間外労働の抑制・労働時間に関する規制の遵守、労働者への補償は、高収入の労働者にもあてはまります。だからこそ、明確区分性は、給与の額の多少とは無関係に要求されるのです。

4 本判決の意義

本判決は、Xの賃金が年収で1700万円と高額であることにはまったく関心を示していません。本判決の意義は、いわゆる固定残業代制をとることは許されるが、通常の労働時間に対する賃金と割増賃金とが判別しうることが不可欠であって、それは歩合給で働く労働者であっても、医師のような大幅な裁量を有する専門職労働者であっても同じであるという点を指摘したことにあるといえます。

5 最後に

本判決により、たとえ給与の高い専門職労働者であっても、割増賃金を支払ったといえるためには、通常の労働者と同様に、通常の労働時間に対する賃金と割増賃金が明確に区別されていることが必要となることが明らかになりました。そして、そのような明確な区別がない場合は、使用者と労働者の間で固定残業代制をとる合意があったとしても割増賃金が支払われているとは認められないおそれがあるので、十分な注意が必要といえるでしょう。

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