解雇
#有給休暇
#解雇
監修 | 弁護士 家永 勲 弁護士法人ALG&Associates 執行役員
懲戒解雇は、社員に科される最も重いペナルティです。
そのため、せめて有給休暇ぐらいは消化して辞めたいとして、有給の取得を希望する社員が現れることが想定されます。
懲戒解雇が決まっている社員から、「有給休暇を取りたい」と申請を受けた場合、会社としてどのように対応すれば良いのでしょうか?
また、会社側が有給休暇を買い取らなければならないのでしょうか?
有給休暇に関するルールは法律で定められており、違反すると違法行為となるため、慎重に手続きを進める必要があります。
本ページでは、企業担当者の方に向けて、懲戒解雇の場合の有給休暇の取り扱いや、買い取り義務について解説していきますので、ぜひ参考になさってください。
目次
懲戒解雇時の有給休暇の取り扱いはどうなる?
懲戒解雇時の有給休暇の取り扱いは、懲戒解雇が即日解雇か予告解雇かどうかで変わります。
【即日解雇(即時解雇)の場合】
即日解雇とは、基本的に30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)を支払い、解雇言い渡し日に解雇することです。
即日解雇の場合、解雇が通知された瞬間に有給休暇を取得する権利が消滅し、解雇日以降、社員は有給を取得できず、有給を買い取る義務もありません。
【予告解雇の場合】
予告解雇とは30日前までに事前に予告して解雇することです。
予告解雇の場合は、予告期間中に社員から有給をとりたいと申請されたならば、有給の取得を認める必要があります。
【予告解雇】有給休暇の申請は認める義務がある
懲戒解雇された社員から、30日間の解雇予告期間中に「有給休暇をとりたい」と申請された場合は、会社として有給休暇の取得を認めなければなりません。
これは、以下の2つの理由によるものです。
- 原則として、有給休暇は会社の承認は不要
- 時季変更権の行使も通常認められない
以下で詳しく見てみましょう。
原則、有給休暇は会社の承認は不要
有給休暇をとるには、会社の承認が必要であると誤解している方がいらっしゃるかもしれません。
しかし、社員が有給休暇をとることは労基法上の権利であり、就業規則の定めなどにかかわらず、当然に発生するものです。
そのため、有給休暇をとるには会社の承認は不要であり、原則として、社員が「いつからいつまでに有給休暇をとります」と具体的に休む時期を会社に申し出た時点で、有給休暇が成立することになります。
判例でも、社員が年次有給休暇の権利日数の範囲内で、具体的な休暇の始期と終期を特定して有給の届出をしたときは、使用者が時季変更権を適法に行使しないかぎり、年次有給休暇が成立し、指定日に働くべき義務が消滅するのであって、年次有給休暇の成立要件として、社員による休暇の請求や、使用者の承諾は観念できないと判示されています(最高裁判所第二小法廷 昭和48年3月2日判決 林野庁白石営林署事件)。
時季変更権の行使も通常認められない
会社からすれば、多忙な時期に有給休暇をとられたのでは困る場合があるでしょう。
そこで、労基法は、社員が請求した時期に有給を与えると、事業の正常な運営を妨げる場合は、会社側は取得日の変更を求めることができると定めています。
これを「時季変更権」といいます。
事業の正常な運営を妨げる場合とは、事業の規模・内容、対象社員の担当する作業の内容、作業の繁忙、代行者の配置の難易度など、さまざまな状況を考慮して総合的に判断されます。
もっとも、会社の時季変更権の行使は、他の日に有給を与えられることを前提とするものです。
懲戒解雇が決まっている社員から有給の取得を申請された場合に、有給の取得日を変更できる日が無いようであれば、会社が引き継ぎ等を理由に、時季変更権を行使することは通常認めらないと考えられます。
この場合は、労使間の話し合いにより、解雇日を後ろ倒しにするか、会社が未消化分の有給を買いとることで調整するかといった方法を検討すべきでしょう。
【即日解雇】有給休暇を取得させる義務はない
懲戒解雇が即日解雇である場合は、社員は解雇された日以降、年次有給休暇を取得することはできません。
有給休暇は雇用契約に伴い発生する権利であり、解雇日(雇用契約が終了する日)に、有給休暇を取得する権利が消滅するからです。どんなに未消化分の年次有給休暇が残っていようと、解雇とともに消えてしまいます。
ただし、懲戒解雇を不服とした社員が、懲戒解雇が不当として、会社に対して裁判を起こす可能性があります。
仮に、裁判によって、懲戒解雇が無効との判決が出た場合は、解雇ははじめからなかったことになります。
会社と社員の雇用契約は今でも継続していることになるため、社員が復職後に、懲戒解雇によって取得できなかった有給休暇の取得を申請した場合は、会社はこれを認めなければなりません。
懲戒解雇時の有給休暇は会社に買い取る義務はある?
懲戒解雇が即日解雇のケースでは、裁判などで解雇が無効とされない限り、有給休暇を取得する権利は解雇日に消滅します。
ただし、即時解雇された社員から、「有給休暇をとれないなら、未消化分を買い取って欲しい」と言われることも想定されます。しかし、会社には有給休暇を買い取るべき法律上の義務はありません。
労働契約が終わる際に会社が有給休暇を買い取ることは可能とされていますが、あくまで会社の自由な判断に委ねられます。
一方、懲戒解雇が予告解雇のケースで、社員が「退職時点で使い切っていない日数分」について有給の買い取りを希望した場合に、就業規則等に基づき、会社が有給の買い取りを行うことは適法と考えられています。
有給の目的は、労働者を休ませることにあり、その必要性がなくなった退職時の有給を買い取ったとしても、社員の権利は侵害されないからです。
懲戒解雇と年次有給休暇に関する裁判例
ここで、懲戒解雇と年次有給休暇に関する判例をご紹介します。
【最高裁判所第一小法廷 平成25年6月6日判決 八千代交通事件】
(事案の内容)
タクシー会社が、同社の社員であるタクシー運転手を解雇したところ、運転手が解雇は無効であると主張し、会社側を提訴しました。約2年にわたる裁判を経て、解雇は無効との判決が確定し、運転手は職場に復帰し、仕事を再開しました。
職場に復帰した後、運転手は5日間の年次有給休暇を請求して、会社を休みました。すると、会社側が請求の前年度は裁判によって勤務していないのであるから、年次有給休暇の成立要件を満たさないとして、運転手が休んだ5日間を欠勤として取り扱い、5日分の賃金を支払いませんでした。
これに対し、運転手は年次有給休暇の請求権があると主張して、未払い賃金の支払いを求めて会社を訴えた事案です。
(裁判所の判断)
裁判所は、以下の理由から、運転手は年次有給休暇の請求権の発生要件を満たしているため、会社に未払い賃金を支払うよう命じました。
- 労働基準法39条2項の「前年度の出勤率が8割以上」という年次有給休暇権の発生要件は、自己都合による欠勤が多い社員を適用外とする趣旨で定められたものである。
- この趣旨からすれば、会社から正当な理由なく、勤務を拒否されたために働けなかった日は、労働者の都合によるものではない不就労日であるため、年次有給休暇の請求権の発生要件としての全労働日に含めた上で、出勤日数にも算入するのが相当である。
- 運転手は無効な解雇によって働けなかったのであるから、解雇中の期間は年次有給休暇における出勤率を算定する際は、全労働日に含めた上で、出勤日数にも算入するべきであり、その上で、出勤率が8割以上という要件を満たしている。
(判例のポイント)
年次有給休暇権の発生要件を満たしているかどうかが争点となった判例です。
裁判により解雇が無効と確定した場合は、解雇で争っていた期間も社員との雇用契約が存続していたことになるため、この期間中に到来していた基準日に、有給休暇が与えられるかどうかが問題となります。
この点、本件判例では、解雇で争っていた期間については、社員は出勤していないものの、解雇が無効と判断されたならば、全労働日に含めた上で、そのすべてを出勤日数に算入すべきと示し、その上で「前年度の出勤率が8割以上」の要件を満たすならば、有給休暇を与えなければならないと判断しています。
懲戒解雇時の有給休暇については、トラブルになる前に労務分野に特化した弁護士にご相談下さい。
懲戒解雇時の有給休暇については、即日解雇か予告解雇かによって取り扱いが異なるため、慎重に対応しなければなりません。
また、有給休暇のルールは労基法で定められているため、法律どおりに有給休暇を与えなければ違法行為となるため注意が必要です。
さらに、裁判で懲戒解雇が無効と判断された場合、社員が復職後に懲戒解雇によって取得できなかった有給休暇の取得を申請したならば、認めなければならなりません。
裁判で負けた場合に会社が受けるダメージは大きいため、正当な懲戒解雇といえるのか、法律や裁判例に照らして慎重に検討することも必要です。
弁護士法人ALGには企業側の労働問題に精通する弁護士が多く在籍しており、有給休暇や解雇を含め労務管理に関する相談に随時対応しています。ぜひご相談ください。
この記事の監修
弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 執行役員
- 保有資格
- 弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
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