紛争解決の方法や種類

代表執行役員 弁護士 金﨑 浩之

監修医学博士 弁護士 金﨑 浩之弁護士法人ALG&Associates 代表執行役員 弁護士

医療過誤事件の紛争解決の方法は、大きく分けて

  • 1.調査と証拠保全
  • 2.交渉と示談交渉
  • 3.調停
  • 4.医療ADR
  • 5.訴訟(裁判)

の5つになります。この章ではこれら紛争処理の方法を解説していきたいと思います。

調査・証拠保全

医療事件では、医療ミスが窺われる事情があったとしても、直ちに医療機関や医師に対する責任追及をするということはありません。医師側の過失の立証責任は患者側にありますので、まずは過失責任追及の前提として、医師らに医療ミスに当たる行為(あるいは不作為)があったのか、また、それがあったとして、そのミスが法的にも過失として評価できるかを「調査」しなければなりません。その判断資料として医療機関の保有する医療記録は不可欠です。そして患者側がその医療記録を確保する手段として、「証拠保全」の制度が重要な役割を果たしています。

「証拠保全」とは、あらかじめ証拠調べをしておかなければ後日その証拠を使用することが困難となる場合に、裁判所を介しその証拠調べの結果を保全しておく手続をいいます。これによって、患者側にも医療記録が開示されることになります。

この医療記録を入手するには、任意の方法と強制の方法があります。任意の方法としては主に患者自身が医療機関にカルテ開示を請求する方法と弁護士照会による方法があります。証拠保全は、後者の強制的な方法に当たります。

医療機関側から任意の開示が期待できる場合は、前者の方法によると費用の節約にもなりますが、提供されたカルテ等が改ざんされている可能性があるというリスクは拭えません。

そこで、改ざんの防止の観点からはやはり証拠保全が有効な手段となります。特に、小規模医療機関では開示が拒否されたり改ざんの危険が比較的高いために、証拠保全によるべきといわれています。

交渉と示談交渉

ここでご説明する「交渉」とは、医療過誤の疑いがあると事件の当事者やその遺族が思った場合に、弁護士などの第三者を介さずに医師や病院側と直接する交渉のことです。この交渉では、当事者双方の交渉姿勢次第では迅速に紛争を処理でき、かつ費用も低廉です。

しかし、迅速に解決できるかどうかは当事者の交渉姿勢にかかっているため、話し合いが平行線をたどった場合、交渉決裂で終わることも珍しくありません。つまり、紛争が解決しないということです。

中には自責の念に駆られ、正直に過失を認め謝罪する医師もいるかもしれませんが、多くの場合、医師や病院側は過失を認めようとはしませんので、この交渉だけでは紛争の解決は難しいことが予想されます。

次に「示談交渉」ですが、これは調査や証拠保全をした上で、医師に明らからな医療過誤やミスがあった場合に有効な手段となります。明らかな医療事故の場合は、医師や病院側も事件を公にされるのを嫌がりますので、示談交渉で過失を認め、被害者や遺族に対し損害賠償を支払うケースもしばしばみられます。

しかしそれでも訴訟までいってしまうケースもありますが、裁判になれば被害者側は、経済的、時間的、精神的負担を増大させることにもなりますので、「医療事故の疑いがある=裁判」ではなく、まずは示談交渉を行うのが賢明です。示談交渉の方法は、内容証明、電話交渉、直接面談などです。最終的に依頼主が納得できる範囲内で示談がまとまれば交渉成立です。

調停

「調停」とは、裁判所を中立的な第三者として関与してもらいお互いに話し合う場です。裁判所が関与していても法的強制力のある判決をくだすわけではなく、あくまでも基本は話し合いです。なので、本質的には交渉と同じなのですが、単なる交渉と違うのは、裁判所という公的機関が関与してくれるので話し合いがまとまりやすいことや、合意に達した場合に判決と同じ効力が付与されているので、合意に法的強制力がある点です(具体的には、相手方が合意の内容を履行しない場合、強制執行が可能となります)。

ただ、当事者間の合意が得られなければ紛争の解決にならないという意味においては交渉と同様の限界があり、また、裁判所という公的機関を利用するので一般的に長期化する傾向にあります(調停の期日は月に1回程度しか開かれません)。

医療ADR

紛争解決機関として、いわゆるADRが期待されるようになり、医療紛争の分野でもADRが立ち上がるようになりました。東京三弁護士会の医療ADRはそのひとつです。あくまでもADRなので、裁判所のように強制力のある判決を出せるわけではないのですが、裁判所のような国家機関ではないため柔軟性があり、また、その分野の専門家が中立的な立場で関与することになっているため、医療など専門性が高い紛争にはADRは向いていると言えます。

東京三弁護士会の医療ADRの場合、医療紛争を得意とする医療機関側・患者側の弁護士がこの手続きに双方関与して中立観を出しているようです(ちなみに、東京三弁護士会とは、東京弁護士会・第一東京弁護士会、第二東京弁護士会のことを指します)。

さて、この医療ADRは、2007年9月に発足しましたが、その利用状況と実績はどうでしょうか。今、私の手元に2007年9月から2009年4月までの約1年7ヶ月間の資料がありますが、それを見ると、この期間に申し立てられた件数は72件。この件数を多いと見るか少ないと見るかは意見の分かれるところですが、知名度の高い制度ではないので、申立件数をあまり問題にしても意味はないと思います。

問題はその中身ですが、申立件数のうち、患者側の申立が69件だったのに対し、医療機関側からはわずか3件でした。したがって、医療機関からはあまり信用されていない制度だと言えます。そして、この72件のその後の展開が興味深いのですが、何と、25件が不応諾。

つまり、ADRの交渉テーブルにすらついていない、拒否されているんですね。調停で言えば不出頭です。申立件数の実に約3分の1がADRの活用を拒否しているという数字です。申立のほとんどが患者側からなされていることに照らせば、ADRの活用を拒否しているのは医療機関側だと思われます。

東京三弁護士会の医療ADRの現状が前述のとおりだとすると、患者が死亡した事案や重度の後遺障害が残った場合などでは解決に適さないと思います。このような深刻な事案では、損害賠償の額も高額になり、かつ患者側の被害者感情も痛切なものがありますので、申し立てたとしても医療機関がこれをまもとに受け止めて紛争が解決に向かうとは思えません。

では、どのような場合に利用価値があるのかと言うと、私見ですが歯科医療や美容整形などで活用してみるのはよいのではないかと考えています。もちろん、歯科医療や美容整形が深刻ではないと言っているのではなく、むしろ深刻な被害が発生しているような場合は、ADRは不向きでしょう。

しかし、これらの医療紛争の中には、仮に医療機関の過失が認められても、せいぜい100万円程度、ケースによっては数十万円程度の損害賠償しか請求できない事案がけっこうあります。私のところにも、歯科や美容整形の相談がたくさん寄せられますが、費用と時間との関係で私どもが受任できないものもけっこうあるんですね。

そういったものが、この医療ADRを通じて少しでも多く解決できれば、弁護士会も本望なのではないかと思います。いずれにせよ、紛争解決機関としては大きな限界を有しており、今後の課題だと思われます。

訴訟(裁判)

訴訟は裁判所が強制力のある判決を出してくれるので、紛争を終局的に解決する能力という点では最も優れています。ただ、当然ですが、当事者間の対決姿勢も最も強く、また、判決内容に対する敗訴者側の納得感がなく、最も長期化する紛争処理手続きであると言えます。また、訴訟では、法的主張を展開する必要があることから、通常は弁護士などの専門家の協力が必要で、それにかかる費用も高額なものになります。

ちなみに医療裁判でかかる費用は、弁護士への着手金や報酬の他に、調査・証拠保全費用、協力医のコメント料及び鑑定意見書代や裁判所に収める申し立て費用などですが、この他にも交通費や出張費もかかる場合があります。

訴訟はこのように費用もかかり、経済的、及び精神的な負担も多いため、当センターでは医師や病院側に医療ミスの疑いがあっても、即訴訟にはせず、まずは示談交渉から行っております。

弁護士法人ALG&Associates 代表執行役員 医学博士 弁護士 金﨑 浩之
監修:医学博士 弁護士 金﨑 浩之弁護士法人ALG&Associates 代表執行役員
保有資格医学博士・弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:29382)
東京弁護士会所属。弁護士法人ALGでは高品質の法的サービスを提供し、顧客満足のみならず、「顧客感動」を目指し、新しい法的サービスの提供に努めています。

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