潰瘍性大腸炎の持病があり、免疫抑制機能を有する薬剤プレドニンの投与を受けていた患者の胸部レントゲン検査の検討が遅れたため、心筋炎などにより死亡したことについて賠償を認めた事件

判決東京地方裁判所 平成10年11月6日

潰瘍性大腸炎は原因不明の難病であり、大腸の粘膜に慢性的な炎症などを生じさせる病気で、10万人に100人程度が発症するといわれています。

潰瘍性大腸炎による炎症を抑えるために、合成副腎皮質ホルモン剤(ステロイド)であるプレドニンという薬剤を投与しますが、プレドニンには免疫抑制機能があるため、感染症を誘発したり、増悪させたりする副作用があります。加えて、感染症の外見的症状が実際の症状より軽減された状態であらわれるマスク作用を有することが知られています。

以下では、プレドニンの投与を受けていた患者が心筋炎等を発症したことについて、医師が胸部レントゲン検査を行ったもののすぐに画像を検討せず、適切な診断ができなかったものとして、医師の過失を認めて病院を経営している被告に約7650万円の賠償を命じた事件を紹介します。

事案の概要

19歳の患者Aは、潰瘍性大腸炎に罹患しており、病院に通院しながらプレドニンの投与を受けていました。ある日、患者Aは頭痛を訴え、食欲の低下や吐き気、発熱、咳をするといった症状もあらわれました。その日の夜には、吐いた痰に血が混じっていました。

4日後の午前中に、患者Aは被告病院を受診しました。被告病院の医師Bは患者Aの胸部や背部を聴診するなどして、急性咽頭気管支炎(いわゆる風邪)と診断し、抗生剤などを処方しました。

加えて、患者Aがプレドニンを投与されていることや血の混じった痰を吐いていたことから、胸部レントゲン検査を行いました。ただし、医師Bはレントゲン写真を当日中に検討する必要はないと判断して、患者Aをそのまま帰宅させました。

翌日、患者Aの容態は一段と悪化して、再び被告病院に行きました。被告病院において医師Bが前日のレントゲン写真を確認したところ、肺の湿潤像、心臓陰影の不明瞭、心臓の拡大像が認められたため、急性心筋炎の疑いがあると診断されました。その後、治療や転院が行われましたが、患者Aは心筋炎を原因とするうっ血性心不全などにより死亡しました。

原告は、患者Aは心筋炎による肺水腫に罹患していたことがレントゲン写真などから明らかであり、診察した医師Bは患者Aがプレドニンを投与されていたことを知っていたのであるから、当日実施した胸部レントゲン等の検査結果を速やかに検討して病因を解明すべき注意義務があったなどと主張して、被告病院に損害賠償を請求しました。

裁判所の判断

裁判所は、医師Bがレントゲン検査を行った当時の患者Aの客観的病状は、急性心筋炎に基づく重症の急性心不全及び肺水腫と診断することができ、さらに腎臓や肝臓にも異常が出ていることから、多臓器不全の状態が生じ始めていたと認定しました。

さらに、医師Bは、潰瘍性大腸炎の治療のために、患者Aが継続的に副腎皮質ステロイド剤であるプレドニンの継続的投与を受けていた事実、プレドニンが免疫抑制機能を有し、外見的症状が実際の症状より軽減された状態であらわれるマスク作用を有するため、患者Aにも当時マスク作用が働いていた可能性があることを認識していたことを認定しました。

そして、胸部レントゲン検査の結果を検討すれば、患者Aが当時心不全、肺水腫に罹患していることは可能であり、その時点で心電図検査を実施すれば、心不全、肺水腫の原因疾患である心筋炎(もしくは心筋炎の疑い)があるとの病因を解明することが可能であった、として医師Bの過失を認定しました。

また、心筋炎による死亡率は各種の統計で10%程度であるものの、胸部レントゲン検査を行った日に、適切な治療が可能な高度機能病院に転院していれば患者Aを救命することができた高度の蓋然性があり、医師Bの過失と患者Aの死亡との間には相当因果関係があったと認めて、被告に約7650万円の賠償を命じました。

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