消化器内科を専門とする医師が、急性心筋梗塞を含む急性冠症候群を疑わせる所見を見逃したことにより患者が死亡したことについて、過失を認めなかった事件

判決大分地方裁判所中津支部 平成21年10月30日判決 福岡高等裁判所 平成22年11月26日判決

急性冠症候群とは、心臓の筋肉に血液を送っている血管である冠動脈が血栓により閉塞して、心臓の血液が不足した状態をいいます。そして、血栓により冠動脈が完全に塞がると心臓の筋肉が壊死して急性心筋梗塞を発症します。急性心筋梗塞を発症すると、突然死の危険性が高くなります。

急性冠症候群および急性心筋梗塞の主な症状は、20分以上続く胸部痛、呼吸困難、吐き気、動悸などです。

また、急性心筋梗塞を含む急性冠症候群の早期発見の診断は、臨床症状と心電図検査が重要といわれていますが、心電図で特徴的な異常が確認できるのは全体の半数程度です。

そのため、心電図検査のほかに血液検査や心臓カテーテル検査が行われます。血栓が確認された場合は、早急にカテーテルを血管や心臓の中に挿入し血栓を取り除く必要があります。

以下では、患者が急性心筋梗塞を発症して死亡したことについて、原審において過失が認められたものの、控訴審において請求が棄却された事件を紹介します。

事案の概要

男性Aは15時ころ、食道と胃の痛み、胃のむかつき、気分の不快感を覚えたため、同日の17時50分ころに被告病院を受診しました。看護師が男性Aに対して問診した際、「のどから胸にかけて痛みがあり、現在も続いている。」と胸痛症状を訴えたため、カルテにその旨記載して医師に引き継ぎました。

医師が男性Aに対して胸痛の有無や部位、胸痛発症時の体勢などについて質問したところ「特に今は何も感じないので、気のせいだったかもしれない。」「寝ていて同僚に起こされたときに、胸がドキッとして痛みが続いた。」「黄水があがってくるような、何となく胸部に不快感があるような痛み。」などと説明をしました。

医師は問診に続いて胸部の聴診を行いましたが、異常音は確認されませんでした。また、急性心筋梗塞を含む心疾患の有無を鑑別するために心電図検査を実施したところ、軽度のST上昇が認められましたが、心電図自動解析の結果は異常なしでした。

医師は検査の結果などから、心疾患ではなく逆流性食道炎の疑いがあると判断して胃酸分泌物抑制剤を処方し、男性Aを帰宅させました。

しかし、男性Aは帰宅途中に倒れているところを発見され、B病院に搬送されましたが急性心筋梗塞と診断され死亡が確認されました。

原告らは、診療上の過失があるなどとして被告病院に対して損害賠償を請求しました。

裁判所の判断

【原審】

裁判所は、急性心筋梗塞は20分以上持続する胸痛を示すことが多く、これを放置すると生命に対する危険が大きいため慎重に除外診断をする必要があることを指摘しました。

そのうえで、男性Aは受診前に3時間胸痛が持続していることを訴え、心電図検査においても心筋梗塞の所見であるST上昇を示していたのにもかかわらず、医師はそれを見落とし急性冠症候群の可能性を除外して帰宅させた点について過失があると判断しました。

そして、遅くとも心電図検査の結果が明らかになった時点で、急性冠症候群の発症を疑い、カテーテル治療が受けられる病院に転送して適切な検査や治療を受けさせるべき義務があったことを認めました。

また、本件義務を怠っていなければ男性Aは適切な検査や治療を受けることにより、救命できた可能性があることを認めました。

結果裁判所は、心電図の異常所見を見落とし、急性冠症候群の可能性を除外する診断を行い、他の病院に転送して適切な検査や治療を受けさせる義務を怠ったとして、被告病院に対して約5100万円の賠償を命じました。

【控訴審】

被告病院は、男性Aには来院時に急性心筋梗塞の症状とされる呼吸困難、意識障害、動悸などの症状を示すものはなく、担当医が消化器内科を中心とする一般内科の医師であり循環器専門医でなかったことから、心電図に認められた軽度のST上昇のみで急性心筋梗塞を含めた急性冠症候群を疑うことは非常に困難であったと主張して控訴しました。

裁判所は、被告病院の医師が行った処置は、胸痛を訴える患者に対するものとして合理的であったと認めました。

そして、心電図の異常所見に加えて、男性Aに持続していた胸痛を考慮した場合、循環器専門医であれば、急性冠症候群の可能性を考慮して検査を進めた可能性が高かったといえるが、消化器内科を中心とする被告病院の医師に、循環器専門医と同等の判断を要求することについては酷であると判断しました。

結果裁判所は、被告病院が急性冠症候群を疑わせる徴候を見逃したことにかんして過失はないと判断して、原審の判決を破棄しました。

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