判決秋田地方裁判所 平成14年3月5日判決 仙台高等裁判所秋田支部 平成15年8月27日判決
卵巣過剰刺激症候群(OHSS)とは、不妊治療の際に使用する排卵誘発剤により卵巣が過剰に刺激を受けて膨れ上がり、腹水が溜まる症状が現れることをいいます。
卵巣過剰刺激症候群は、軽症、中等症、重症の3段階に分けることができます。
軽症の場合は、わずかに腹水が貯まる状態のため基本的に安静と痛み止めの処方で経過を見ます。
中等症では、さらに卵巣が腫れて腹水がへその下まで認められるようになります。妊娠しなければ1週間以内に軽快しますが、重症化して腹水がへその上まで認められるようになると入院が必要となります。
また進行すると、ごく稀に血液が濃縮して血栓症が起きて危険な状態になることがあるため早期に発見して対応することが大切です。
以下では、排卵誘発剤の副作用である卵巣過剰刺激症候群を発症したことについて、医師の説明義務違反が認められて約770万円の賠償を命じた事件を紹介します。
女性Aは、妊娠を望んで被告病院を受診し、排卵誘発剤を使用した体外受精を受けることとなりました。その際に医師は女性Aに対する体外受精の説明について、特にそれほど危険なものではないが、一般的な盲腸炎の手術程度の危険性は認識しておいてほしいと述べた程度でした。
後日、女性Aは媒精によってできた受精卵4個を体内に戻されましたが、6日後に被告病院を訪れ医師の診察を受けたところ、腹満が増加していることが認められ、卵巣過剰刺激症候群と診断されました。女性Aは医師から、水分を多くとって安静にしておくよう指示されて帰宅しました。
3日後から女性Aは胃部に不快感があり、吐き気や冷汗が認められて症状が悪化したため被告病院に電話しましたが、主治医に連絡がつきませんでした。女性Aは翌日に被告病院にて診察の予約をしていたため、安静にして翌日まで様子を見ることとしました。
そして翌日、女性Aは被告病院を受診し同日に入院することになりました。
入院から4日後、女性Aは左片麻痺を発症し、検査の結果、血栓症または塞栓症による両側内頚動脈の閉塞が確認され、被告病院の脳神経外科に転科しました。その後、手術などが施行されましたが、女性Aは脳血栓症を発症して左上肢機能全廃などの後遺症が残存しました。
原告らは、体外受精に関して説明義務違反があるなどと主張をして、被告病院に対して損害賠償を請求しました。
【原審】
裁判所は、不妊治療を行おうとする医師は、患者が不妊治療を受けるべきかどうかを自らの意思で決定できるようにするため、適切な不妊治療の方法や不妊治療を行った場合の危険性などについて十分に患者に説明する義務があることを指摘しました。
しかし被告病院の医師は、卵巣過剰刺激症候群から血液濃縮が起こること、また血液濃縮から血栓症または塞栓症を発症することを認識していたのにもかかわらず、そのことについて女性Aに説明を行わなかったことが認められるため、排卵誘発剤を使用する体外受精を行った場合に血栓症または塞栓症発症の可能性や、その症状について適切に説明すべき義務を怠ったと判断しました。
結果裁判所は、説明義務違反のみを認めて被告病院に対して約330万円の賠償を命じました。
【控訴審】
原告らは、過失が説明義務違反のみという判示に不服があると主張をして控訴しました。
また被告病院らも、説明義務違反について、当時の医療水準に照らせば排卵誘発剤の副作用として血栓症または塞栓症が発症するおそれがあることを医師らが予見することは到底困難であったため、患者に説明すべき義務はなかったと主張をして控訴しました。
裁判所は説明義務違反について、原審判決同様、医師は不妊治療を受けようとする患者に対して、危険性などについて具体的に説明する義務があることを認め、また当時、卵巣過剰刺激症候群による血液濃縮、血液濃縮による血栓症または塞栓症との関係は産婦人科医の中で広まりつつある状況であったことから、盲腸炎の手術程度の危険性と説明しただけでは説明義務が尽くされたとはいえないとして、被告病院の医師らに説明義務違反があったと判断しました。
また、説明義務違反に加えて、女性Aの症状が悪化して被告病院に電話したものの主治医に連絡が取れず、翌日の診察日まで待つことを余儀なくされたことについて、経過観察を怠った過失があると判断しました。
結果裁判所は、体外受精に関する説明義務違反および女性Aの経過観察を怠ったとして、被告病院に対して約770万円の賠償を命じました。
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