重症熱傷の患者に対して、アミノ配糖体系抗生物質を長期にわたり外用投与させ副作用が発症していたにもかかわらず、代替薬剤へ切替を行うなどの対応を怠ったことにより患者の両耳の聴力が喪失した過失が認められた事件

判決福岡地方裁判所久留米支部 昭和61年12月3日判決福岡高等裁判所 平成2年6月29日判決

アミノ配糖体系抗生物質とは、細菌による感染症を治療する抗生物質です。代表的なものとしてストレプトマイシンなどが挙げられます。使用上の注意として効き目を確認しながら最小限の投与にとどめ、腎障害、難聴があらわれることがあるので長期間連用しないことなどがあげられます。また、異常が認められた場合は投与を中止するなど適切な処置を行う必要があります。

以下では、長期間にわたりアミノ配糖体系抗生物質を外用投与させた患者の両耳の聴力が喪失したことについて、原審において過失が認められたものの、控訴審において再度病院側の過失が認められるも賠償額が減額された事件を紹介します。

事案の概要

男性Aは1月24日、自宅の火事で全身に80%の熱傷を負いB病院に入院して応急処置を受けました。約1ヶ月後に、皮膚移植手術を受けるために被告C病院へ転院しました。そこで男性Aは、全身の76%の皮膚が深部まで炎症を起こしており、皮膚の表面には緑膿菌の感染が認められたため、敗血症の防止のために複数のアミノ配糖体系抗生物質を長期間継続して塗布されました。男性Aは6月頃から耳に違和感を感じたため医師に症状を訴えましたが、直ぐに検査や処置を施されることはなく、8月に入ってから聴力検査が実施されて難聴と診断されました。直ちに抗生物質系薬剤の使用を全て中止しましたが、その後も軽快することはなく男性Aは両耳の聴力を喪失しました。

原告は、医師がアミノ配糖体系抗生物質の投与に関する注意義務を怠った過失があることを理由に、被告病院に対して損害賠償を請求しました。

裁判所の判断

【原審】

裁判所は、男性Aの聴力喪失は、投与量や時期から考えて継続的に投与されたアミノ配糖体系抗生物質の副作用であると認めました。また、アミノ配糖体系抗生物質の能書に「難聴、腎障害があらわれる可能性があるため、長期連用を避けること」と記載されていること、また緑膿菌の対策として有効な薬剤がほかにも存在することが各医学雑誌で紹介されていることから、被告C病院がこれらの情報を知り得る立場にあったと判断しました。したがって、男性Aの聴覚異常を認識した時点で、医師は聴力障害を予見して聴力検査を行い、直ちに代替薬剤の投与に切り替えるなどの対応をするべき注意義務があり、注意を払えば男性Aの聴力障害は回避できたとして被告C病院に過失があったと認められました。

結果、裁判所は被告C病院に対して、約3800万円の賠償を命じました。

【控訴審】

被告C病院は、本件当時は、熱傷の患者に対して外用塗布投与をする際に副作用として難聴が発症するとの認識が一般医師にはなかったため、聴力検査を事前・定期的に実施したり、本人や看護師らに注意するような注意義務はなかったことや、代替薬剤が医薬品に登録されたのは本件以降であったこと。また、医師らが男性Aの難聴を発見して直ちに検査や処置を行わなかったのは、男性Aが小児であり、皮膚移植手術後で体力的にも条件が整っておらず、緑膿菌対策を優先させるのが当時の医療水準であったからとの理由で控訴しました。

しかし、裁判所は①重症熱傷の患者は、当時は敗血症での死亡が主な原因であったことから、熱傷の最終的な治療である皮膚移植手術の完了まで緑膿菌対策を継続することが一般の医療水準であり、またアミノ配糖体系抗生物質の投与は緑膿菌対策に有用であったため使用方法に過失はないこと。②アミノ配糖体系抗生物質の能書に「難聴、腎障害があらわれる可能性があるため、長期連用を避けること」との記載があり、緑膿菌対策として、各大学、病院において各種の治療法が使用されており有効な薬剤がアミノ配糖体系抗生物質以外にも存在していたこと。③重篤な難聴の副作用を持つアミノ配糖体系抗生物質を広範囲の熱傷患者に対して連用するには、能書の注意事項を念頭に置き、男性Aの付添人である父母等に観察指示を促し早期発見に努めて、また聴力検査異常を発見した際は、早急に可能な限りの処置を行い聴力障害への進行を阻止すべき義務があること。以上の3つの点を認めて、被告C病院は緑膿菌対策のために代替薬剤を検討するべきであり、また男性Aの聴力に少しでも異常があれば聴力検査を行う義務があったと判断しました。

高等裁判所は、原審の3800万円の賠償額を修正し、控訴人に対して約3200万円の賠償を命じました。

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