呼吸不全により呼吸回数が減少していた患者に対して、人工呼吸器を取りつけるのが遅れた過失等が認められた事件

判決東京地方裁判所 平成15年5月26日判決

人工呼吸器とは、感染症などの影響によって呼吸が難しくなっている患者の呼吸を助けるための装置です。患者の全身に酸素を送りながら、二酸化炭素を吐き出させる等することができます。

人工呼吸器は、患者の呼吸を難しくしている原因を治療することはできませんが、原因となっている疾患が治るまでの時間を稼ぐこと等が可能です。ただし、患者の肺に空気を人工的に送り込むため、肺に負荷がかかり損傷するリスク等があることから、患者に取り付けるタイミングを見極める必要があります。

患者に人工呼吸器を取りつける判断をするための基準の1つとして動脈血二酸化炭素分圧(PaCO2)が挙げられます。PaCO2の正常値は35mmHg以上45mmHg以下とされています。PaCO2が45mmHgを超えたときには、換気が十分でないために、患者の身体にCO2が溜まっている状態だと判断できます。

以下では、人工呼吸器を取りつけるべき時点で取りつけなかった過失等が認められて、およそ1億6466万円の賠償を命じられた事件を紹介します。

事案の概要

女性Aは5月の初め頃から咳や痰が出るようになりました。5月9日には39℃台の発熱があり、医療機関で抗菌薬の投与を受けましたが症状は改善せず、5月12日に被告病院を受診して肺炎と診断され緊急入院しました。入院時の女性Aは身長156cmで体重38kgであり、入院前の2週間で体重は4kg減少していましたが、PaCO2は37.6mmHgであり正常値でした。

5月13日、女性AのPaCO2は44.8mmHgでした。

5月14日、女性Aに心電図モニターが装着され、家族に対して痰が詰まること等への注意が促されました。同日午後8時30分頃の女性AのPaCO2は54.2mmHgでした。

なお、同日の女性Aの呼吸回数は、午後4時30分時点や午後6時時点では毎分40回程度でしたが、午後9時頃には毎分22回、午後11時頃には毎分25回と減少していました。

5月15日の午前中、女性AのPaCO2は61.3mmHgでした。同日午後4時頃のPaCO2は60.0mmHgでした。

同日、女性Aの主治医は他の病院で勤務しており、女性Aを診察した他の医師から電話で検査結果等を聞いて経過観察としました。

5月16日午前8時42分、女性Aの脈拍が蝕知できず、血圧を測定することができない状態となり、呼吸停止・心停止状態となっていることが確認されました。心臓マッサージ等が行われて女性Aの心拍は回復しましたが、翌日まで自発呼吸が確認されませんでした。

自発呼吸が確認されて、10日程度経ってから人工呼吸器から離脱しましたが、女性Aは無言無動状態(いわゆる植物状態)になりました。

原告らは、被告病院の医師には呼吸管理上の過失があるなどとして、被告に損害賠償を請求しました。

裁判所の判断

裁判所は、人工呼吸を開始する基準には様々な見解があるため、患者の疾患や経過等を総合的に判断するべきであるとしました。また、5月14日の女性AのPaCO2は54.2mmHgという高値であったのに呼吸回数が減少しており、呼吸筋の疲労蓄積等により換気能力が低下したためだと推認しました。

その上で、5月15日には女性AのPaCO2がさらに上昇しており、呼吸回数は毎分20回前後で推移していたこと等から、酸素投与のみを続ければ呼吸停止に至ることが予測された状態であり、人工呼吸が必要であった。主治医は、女性Aが呼吸停止に至った場合には直ちに発見して呼吸回復のための措置を行うことができるような体制をとっておく必要があり、そのような体制をとらないのであれば、遅くとも5月15日中には人工呼吸を開始するべきであったと認定しました。

以上のことから、裁判所は被告らの損害賠償責任を認めて、およそ1億6466万円の請求を認容しました。

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