大動脈解離を発症していることを見落とし、手術が可能な医療機関に転医させなかった医師の注意義務違反が認められた事件

判決名古屋地方裁判所 平成16年6月25日判決

大動脈解離とは、大動脈の内側にある膜が破れ、血管の膜の間に血液が流れ込んで裂けてしまう疾患です。

大動脈とは、心臓から送り出される血液が最初に通る血管であり、血液の通り道である内側から主に内膜・中膜・外膜という3層の膜で形成されています。大動脈解離が生じると、異常がない状態よりも大動脈が薄くなってしまうため破裂するリスクが高まります。大動脈が破裂すると、大量に出血して死亡してしまうおそれがあります。

心臓に近い部分である「上行大動脈」で解離が発生した場合には死亡するリスクが特に高いため、一刻も早い手術等の処置が必要とされます。大動脈解離が発生すると、生じた部位によって胸や背中等に突き刺すような激しい痛みや手足の痺れなどを感じることがあるため、これらの異常があったら大動脈解離を疑うことができます。

以下では、大動脈解離によって生じる典型的な症状を見逃して転医させなかった過失が認められて、およそ4739万円の賠償を命じられた事件を紹介します。

事案の概要

男性Aは、10月11日に喉や顎等にちくちくとした痛みを感じ、次第に息苦しさや胸の痛みも生じるようになったため被告病院の救急外来を受診しました。被告病院の医師Bは、胸部単純CT検査や胸部腹部超音波検査などを指示して、さらに胸部造影CT検査を指示しました。

CT検査の結果、医師Bは男性Aの大動脈解離に気づかず、その可能性は低いと判断しました。

10月15日、男性Aは退院して、通院しながら経過観察をされることになりました。

10月17日の午後3時15分頃、被告病院に通院した男性Aは、自動車を運転して帰宅するときに事故を起こし、事故の相手方と話していたときに激しい旨の痛みや右下肢痛が生じたため、同日の午後5時頃に病院に戻り、午後9時30分頃に再入院しました。

10月18日の朝、被告病院の非常勤の放射線科医師が、10月11日に男性Aに対して行われたCT検査の画像を確認して大動脈解離である旨の指摘をしました。しかし、医師Bは男性Aが大動脈解離だと診断することは困難だと判断しました。

同日の午前10時頃、男性Aは胸が締め付けられるような感じを訴えました。看護師からその報告を受けた医師Bは経過観察を指示しました。

同日の午後1時50分、男性Aは白目をむくなど容態が急変し、午後6時45分に男性Aは死亡しました。

原告らは、被告病院の医師には大動脈解離の鑑別診断を怠って転医させなかった過失があるなどとして、被告に損害賠償を請求しました。

裁判所の判断

裁判所は、10月11日に行われた検査によって男性Aが大動脈解離だと診断できたのに医師Bが見逃したという原告側の主張について、CT検査の画像は典型的な大動脈解離のものではなく、心臓血管の専門家でない医師Bが見逃す確率は高かったことから、医師としての注意義務違反はないとしました。

また、10月11日に男性Aが訴えた自覚症状からは心筋梗塞や狭心症などの疾患も疑われるため、10月15日に退院するまでに大動脈解離の手術が可能な医療機関に転送する義務があったとは認めませんでした。

一方で、男性Aが10月17日の午後5時頃に再受診したときには激しい胸の痛み等の典型的な症状があったため、遅くとも17日のうちに、大動脈解離の手術が可能である医療機関に転送するべき注意義務があったと指摘しました。被告側は、男性Aに交通事故の影響があったと考えられた旨の反論をしましたが、男性Aが訴えた症状は大動脈解離が拡大したときの典型的なものであり、17日から18日にかけての症状の変化があっても疑わなかったのは初歩的なミスと言われても仕方ないという鑑定結果により退けられました。

大動脈解離は致命的な症状が出現する前であれば救命率は80%以上であったとの見解があるため、医師Bの診療上の過失と男性Aの死亡との間の相当因果関係も認められています。

以上のことから、裁判所は被告らの損害賠償責任を認めて、およそ4739万円の請求を認容しました。

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