手術前にMRSAに感染していた患者に対して手術を行ったこと、および術後管理を怠ったことにより患者が死亡した過失が原審において認められたものの、控訴審で原審の判決が逆転して医師の過失を否定した事件

判決大阪地方裁判所 平成10年4月24日判決大阪高等裁判所 平成13年8月30日判決

MRSAとは、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌という、ヒトや動物の消化器官内に存在する細菌のことです。健康な人が保菌していても無害な菌ですが、高齢者や抵抗力が低下している人が感染すると敗血症や肺炎など重症感染症が起こり、最悪の場合は死に至ります。

また、MRSAは数々の抗菌薬に耐性があるため、MRSA感染症の治療にはMRSAに有効な抗菌薬を投与しなければ効果がありません。

以下では、MRSAに感染していた患者に対して手術を施行したこと、および術後の管理について病院側に過失があったことが原審において認められましたが、控訴審で原審の判決を取り消した事件を紹介します。

事案の概要

男性Aは2月6日、胸の痛みがあったためB病院を受診したところ、狭心症の疑いがあると診断され被告C病院の受診を勧められました。3月4日から6日まで、精密検査のために被告C病院に入院した結果、冠状動脈疾患、左心室瘤などの診断を受けました。男性Aは治療および手術のために再度入院することになり、6月12日に手術が行われました。

手術に先立つ6月8日から男性Aは咳、痰および喉が痛いと訴えたため担当医が細菌培養検査を行ったところMRSAが検出されました。しかし細菌培養検査を実施したこと、および検査の結果を執刀医に通知したのは手術後の同月13日でした。

手術後の6月13日、男性Aは38.7度の発熱があり、3日経っても熱は下がらず悪寒も認められました。さらに同月15日、一時的な低酸素による突然の心停止をきたしましたが、心臓マッサージを行ったところ回復しました。執刀医は、術後からMRSAの感染症を疑わなかったため6月13日から15日まで感染予防のための薬剤を投与していました。しかし、15日になっても体温が下がらず、症状が悪化したため初めてMRSAの感染症を疑いそれに伴い投与する薬剤を変更しました。しかし、男性Aは同月18日、腎不全により死亡しました。

原告らは、男性AがMRSAに感染していたのにもかかわらず手術を施行したこと、および術後の管理について過失があるとして被告C病院に対して損害賠償の請求を求めました。

裁判所の判断

【原審】

裁判所は、①被告C病院ではMRSA対策を実施しており、軽度でも感染症の所見があれば、検査などでMRSA感染の有無を確認して、感染が判明すれば治療したうえでないと本件のような身体に対する負担が大きい手術は行わないという原則が確立していたこと。②本件手術は、緊急性の高いものではなく、検査の結果を見たうえで実施することが可能であった手術であったこと。③男性Aは手術の実施前に、MRSA感染症を疑うべき症状が発症していたこと。以上の①~③の事実を認めて、執刀医が男性Aの術前の症状や検査結果を確認してMRSA感染が判明していれば、これを治療したうえで手術を実施すること。また、術後はMRSA感染を予見して速やかに抗生剤を投与しなければならない注意義務を怠ったことで男性Aは術後にMRSA感染を起こして敗血症となり、腎不全を直接の原因として死亡したと判断しました。

結果裁判所は、被告C病院に過失があるとして約1億5300万円の賠償を命じました。

【控訴審】

原審の判断に対し、病院側は、病院のMRSA対策の指針について、裁判所の理解に誤りがあること、また、原審の判断には、MRSAが検査で検出され保菌していることと感染症の発症を混同していること等を理由として、控訴しました。

裁判所は、MRSAは常在菌であるから手術前に菌が発見されたのみでMRSA感染症に罹患していたとはいえず、手術前の男性Aの症状についても喉に炎症があったほかに異常はなく、少なくとも手術当日には症状が消失していたことを認めてMRSA感染症が生じていたとは到底言えないと指摘しました。また、敗血症は症状が認められるだけでなく、それが感染症によるものでなければならないと定義されることを踏まえて、男性Aの術後の症状からすると敗血症に罹患していたと認めがたく、本件は心臓手術という身体的状況悪化の大きな要因が存在する以上、感染によって症状が出たとは断定できないため、敗血症が原因で死亡したとは言えないと判断されました。

さらに、手術前にMRSAが存在していると分かったとしても明確な感染徴候がない場合には、手術を回避する必要はないというのが当時の医療水準であったと認めました。

以上のことから、被告C病院に過失はないとして、第一審で判示された請求を取り消しとしました。

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