末期癌である患者の家族に対して、医師が適否を検討せずに病状などの告知をしなかった過失が認められた事件

判決秋田地方裁判所 平成8年3月22日判決仙台高等裁判所秋田支部 平成10年3月9日判決最高裁判所第3小法廷 平成14年9月24日判決

末期癌とは、ステージ4の段階で治療方法がほとんど残されておらず、回復の見込みがない状態のことです。死が近づくのは患者本人や、その家族らにとっても非常につらいことであり、病気とどのように向き合い、最期の時間をどのように過ごしたいかなどは、その人の生き方や価値観によって様々です。

以下では、末期癌の患者の家族に対して病状などを告知しなかったことについて、病院側に過失があると認められて120万円の賠償を命じた事件を紹介します。

事案の概要

男性Aは、昭和60年11月から心臓病の治療を受けるために、1~2週間に1度の割合で被告病院へ通院していました。

平成2年10月26日、心臓病の治療効果を確認するために胸部X線の撮影をしたところ、コイン状陰影が発見されて多発性の転移癌、あるいは転移性の病変と診断されました。

同年11月17日、腫瘍マーカーに関する検査結果などから重複癌ではないかと推測して、いずれにしろ転移性、多発性の腫瘍があることは間違いなく、治療的な手術は不可能で化学療法も有用ではないと診断しました。また、男性Aの余命は長くて1年程度と予測をしてカルテに末期癌であろうと記載をしました。

その後、医師は男性Aに対して入院を勧めましたが、病身の妻と2人暮らしであることを理由に断り、また家族と同行して通院するように1度依頼しましたが、1人での通院を続け、医師も男性Aが妻と2人暮らしであるという以上に家族関係に関する事情を聴取しませんでした。

平成3年1月19日、男性Aが医師に自身の病気の状態について質問をしたのに対して、医師は本人に末期癌であることを告知するのは不適切だと考えて「前からある胸部の病気が進行している」とだけ伝えました。医師は、男性Aの家族に病状の説明をする必要があると考えていたものの、男性Aの担当から外れる見込みがあったため、カルテに「転移病変につき男性Aの家族に何らかの説明が必要である」と記載しました。しかし、後任の医師から男性Aや家族らに末期癌である説明をすることはありませんでした。

同年3月5日、男性Aが胸の痛みを訴えたため家族らが付き添ってB病院を受診した際に、家族らは男性Aが末期癌であると初めて医師から告げられました。そして、男性Aは末期癌に罹患していた事実を知ることなく、同年10月4日に死亡しました。

原告らは、医師が男性Aやその家族らに病状などを告知しなかった過失があるとして、被告病院に対して損害賠償を請求しました。

裁判所の判断

【第一審】

裁判所は、当時の医療関係者間において、末期癌の告知に関しての基準が確立されていないため、末期癌の告知を行うべきか否か、行うとしても誰に対して行うかについては、本人の余命期間、告知を望んでいるか、生活状況などの諸要素を検討したうえで医師の判断に委ねられる医療行為であり、担当医師には広範な裁量権があると認めました。

しかし、医師は男性Aに対して入院をすすめたのにもかかわらず断られ、いつも1人で通院をしていたことなどの事実から見れば、男性Aやその家族に末期癌であることを告知しなかったのは裁量権を逸脱するものではないと判断しました。

結果裁判所は、被告病院に過失はなかったと判断して原告らの請求を棄却しました。

【控訴審】

裁判所は、末期癌の告知について医師の全面的な裁量に委ねられているのではなく、医師は合理的な根拠がない限り、患者やその家族に対しての告知を免れることはできないため、末期癌の告知をすべきでないと判断した場合は、積極的に患者の家族関係などの情報収集を行い、可能であれば家族に接触して、家族に対する告知の適否を検討する義務があると指摘しました。

しかし、被告病院の医師は男性Aの家族に連絡を取ることが出来たのにもかかわらず接触する努力を怠り、癌告知の適否を検討する義務を尽くしていなかったと判断しました。

結果裁判所は、被告病院が末期癌である男性Aの家族に対して告知するための情報収集や検討を怠ったことを認めて、120万円の賠償を命じました。

【最高裁】

最高裁では控訴審の判断を支持して、末期癌の患者に対して告知をすべきでないと判断した場合は、可能な限りその家族に接触して、告知すべきか検討し、告知することが適当であると判断した場合は説明する義務を負うと判断しました。

結果、被告病院の医師らの癌告知に対する対応は不十分なものであったから、末期癌を告知する義務を怠ったことを認めて、120万円の損害賠償を認容した控訴審の判決を維持しました。

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