乳癌の患者に対して、当時未確立であった乳房温存療法が選択可能手術であったのにもかかわらず、医師の知る範囲で説明すべき義務を怠り、乳房を全摘する手術を行った過失が認められた事件

判決大阪地方裁判所 平成8年5月29日判決大阪高等裁判所 平成9年9月19日判決最高裁判所 平成13年11月27日判決大阪高等裁判所(差戻審) 平成14年9月26日判決

乳房温存療法とは、乳房を部分的に切除して、術後に再発防止のため放射線法を行う治療方法です。これまでの乳癌手術は乳房を全摘する方法が一般的に行われていましたが、近年早期の乳癌であれば、乳房温存療法が行われるようになりました。乳房温存療法は、切除する範囲が小さいので乳房の変形が少なくてすみ、乳房の大部分を残すことができるので美容的に満足できる手術方法です。しかし、誰もが適応であるわけではなく、癌が複数発生していたり、癌の大きさによっては適応外になることがあります。したがって術前に画像検査で正確に診断をして、患者さんにとって最適な治療法を判断することが重要となります。

以下では、医師が乳癌の患者に対して乳房を残す乳房温存療法について十分な説明をせずに乳房を切除する手術を行ったことについて、最高裁まで争われましたが原審の裁判所に差し戻されて120万円の賠償を命じた事件を紹介します。

事案の概要

女性Aは、右乳房右上部分の腕の付け根に近いところに、小さなしこりがあることを発見して、被告病院で診察を受けました。被告病院の診療科目は、外科、整形外科、胃腸科、内科、医学療法科でしたが、乳癌の専門医であったことから、乳腺特殊外来を併記して乳癌の手術を手掛けており乳房温存療法を1例実施した経験がありました。

検査の結果、女性Aは乳癌であると診断されました。被告病院は、乳房を全摘する乳房切除術が適応と判断して、女性Aに対して入院をして乳房を全摘しなければならないこと、また乳房を残す方法もあるが放射線で黒くなる可能性があり、再発したら再手術が必要なことを説明しました。

後日、女性Aは新聞で最近の乳癌治療は可能な限り乳房を残す方向に変わってきているとの記事を読んだことから、可能であるならば乳房を残して欲しい旨の内容を書いた手紙を医師に渡しました。しかし医師は再度女性Aの意向を聞くことなく、乳房切除術を行って乳房を切除しました。

原告は、医師が女性Aに対して乳房を残す乳房温存療法について十分な説明をせずに乳房を全摘する手術を行った過失があるなどとして、被告病院に対して損害賠償を請求しました。

裁判所の判断

【第一審】

裁判所は、被告病院の医師は乳癌の専門医として乳房温存療法の経験があり、施術内容についても理解をしていたことから、女性Aより乳房を残して欲しい旨の手紙を受け取り意向を知った以上、再度女性Aに対して乳房温存療法について説明をして、希望するならば乳房温存療法を行う医療機関へ転院をすることが可能であることを説明する義務があったと認めました。

しかし、被告病院は乳房切除手術の施行により、女性Aの癌の増殖・転移による生命に対する危険性を排除したことから、診療の不法行為については認めないとしました。また、女性Aが可能であるならば乳房を残して欲しい旨の手紙を医師に渡したのは、既に医師から乳房を全摘するとの説明を受けて、これに応じて入院した後であり、手紙の内容も全摘する手術を明確に拒絶する趣旨のものでないと判断しました。

結果、裁判所は説明義務違反のみを認めて相当な慰謝料として250万円の賠償を命じました。

【控訴審】

裁判所は、医師が乳癌手術を行う場合は、患者の意思を尊重して診療契約に基づき、乳癌の進行程度、性質、手術内容、ほかに選択可能な治療方法と利害得失、予後について説明するべきとして、ほかの治療方法の選択可能性の説明に関しては、乳房が女性の象徴するものであり、手術によって乳房を喪失することは女性Aにおいて精神、心理面へ影響を及ぼすものであると考慮すると、医師が知っている治療方法も説明義務の対象となると認めました。

以上のことを踏まえて、被告病院は女性Aに対して乳房を残す方法があること、しかしその方法で施行すると放射線で乳房が黒くなることがあり、再度乳房を切らなければならないリスクがあることを伝えているため、ほかに選択可能な治療方法、利害得失、予後について言及していると判断をしました。

また、当時の乳房温存療法について安全性が確認されつつあったが、国内での実施割合は低く安全性が確立された手術ではなかったことから、危険を犯してまで乳房温存療法を受けてみてはどうかとの確認をする状況には至っていないと認めるのが相当だと判断されました。したがって、乳房温存療法の説明として不十分なところはなかったと判断しました。

結果、裁判所は第一審で判決された被告病院の説明義務違反の認定を取り消しました。

【最高裁】

裁判所は、乳房温存療法について説明義務があったか否か、説明義務があるとすればどの程度まで必要となるか検討しました。結果、患者に対して、医師の知っている範囲で乳房温存療法の内容、適応可能性や、手術を受けた際の利害得失、乳房温存療法を実施している医療機関について説明すべき義務があると判断しました。また、乳癌手術は女性を象徴する乳房に対する手術であり、手術によって乳房を失うことは精神面、心理面へ影響を及ぼすため、通常の手術と比べて一層説明義務があると認めました。

そして、医師が女性Aに対して行った乳房温存療法の説明は、終始消極的な説明であり十分な説明ではなかったとして、女性Aから手紙を受け取った際に、乳房温存療法の適応の可能性や手術を実施している医療機関の詳細を説明する義務があったとしました。

したがって、控訴審での判断は説明義務違反についての解釈を誤って判決に影響を及ぼしているため、原審へ差し戻しされました。

【差戻審】

裁判所は、被告病院に説明義務があったことを認めましたが、説明義務を尽くしたとしても、女性Aが乳房温存療法を選択したかは定かでないと判断して、被告病院に対して120万円の賠償を命じました。

医療過誤のご相談受付

まずは専任の受付職員が丁寧にお話を伺います。

0120-090-620
  • 24時間予約受付
  • 年中無休
  • 全国対応

※精神科、歯科、美容外科のご相談は受け付けておりません。 ※法律相談は、受付予約後となりますので、直接弁護士にはお繋ぎできません。