未破裂脳動脈瘤の手術について医師には患者に対する説明義務違反があったと認められた事件

判決東京地方裁判所 平成14年7月18日判決東京高等裁判所 平成17年5月25日判決最高裁判所第2小法廷 平成18年10月27日判決東京高等裁判所(差戻審) 平成19年10月18日判決

未破裂悩動脈瘤とは、脳の血管が風船のように膨らみ、破裂する前の状態のことです。風船のように膨らんだ部分を動脈瘤といいます。

未破裂悩動脈瘤は、少ないながらも破裂する可能性があり、もし破裂した場合は、くも膜下出血や脳出血になります。しかし、多くの動脈瘤の破裂率は高くないため、治療を急ぐ必要はありません。

未破裂脳動脈瘤の治療は、①経過観察②開頭手術③コイル塞栓術の3つの方法があります。
①の場合、慎重な経過観察が必要であり、年に一度は動脈瘤の大きさを確認することが推奨されています。
②は、頭蓋骨を開けて行う手術で、脈瘤の頚部をクリップすることで完全に血流を遮断することができるため、再発する可能性が低くなりますが、頭を開くため細菌が手術をしたところに入ってしまうと髄膜炎や脳炎といった重い病気を引き起こすリスクがあります。
③は、頭を開けずにカテーテルを挿入して、動脈瘤の中をコイルで満たし、血液の流れ込む隙間をなくすことで破裂を防ぎます。しかし、正常の動脈が詰まってしまい、脳梗塞を生じて生命に危険が及ぶリスクがあります。
治療方法の選択は、動脈瘤の大きさや形など患者さんの症状に応じて検討する必要があります。

以下では、男性Aがコイル塞栓術後に脳梗塞に陥り死亡したことについて、病院側の過失が認められて880万円の賠償が命じられた事件を紹介します。

事案の概要

男性Aは、意識障害を起こしたことから、B病院にてCT検査を受けた結果、脳の血管の一部が膨らんでいる脳動脈瘤の可能性を指摘されて、被告C病院を紹介されました。

その後、被告C病院において頭部の造影CT検査を受けた結果、未破裂悩動脈瘤が発見されました。医師は、男性Aと相談をして頭蓋骨をドリルなどで穴をあけて、脳を露出して行う開頭手術を実施することを決定していましたが、その後のカンファレンスで脳動脈瘤の形状、部位を考慮してコイル塞栓術に変更するよう提案されました。医師は、男性Aに対して説明を行い同意を得たうえで、コイル塞栓術を施行することに決定しました。

手術当日、コイルの約半分を脳動脈瘤に挿入しましたが、コイルが脳動脈瘤外に逸脱して中大脳動脈および前大脳動脈を塞栓する可能性があると判断されたため、コイル塞栓術の中止とコイルの回収をすることに決めました。医師は、コイルの回収をしようとしましたが、全部を回収することが出来ず、コイルの回収作業を中止しました。コイルは、脳動脈瘤から大動脈にかけて残存して、その先端部分が一部移動したことにより中大動脈の血流が悪化しました。そこで医師は、開頭手術によりコイルの回収を試みましたが、開頭手術によってもコイルを全部除去することは出来ませんでした。

結果、男性Aは残存したコイル及びこれによる血流障害に起因する脳梗塞により死亡しました。

原告らは、男性Aが死亡したことについて、コイル塞栓術に関する説明義務違反と医師らの手技などについて過失があるとして、被告らに損害賠償を請求しました。

裁判所の判断

【第一審】

裁判所は、患者の生死に係わる選択を迫る場合は、手術による死亡の危険性について患者が正確に理解し、手術をうけるかどうかをその正確な理解に基づき決定することが出来るだけの情報を提供しなければならないと指摘しました。

しかし、被告C病院の医師らは男性Aに対して、「十数例実施したが全部成功している」「うまくいなかったときはただちにコイルを回収する」というコイル塞栓術の安全性を強調するように説明を行ったことから、男性Aは心配ないと考えて手術を承諾したことを認めて、医師らはコイル塞栓術を受けることにより死亡に至る危険性を、十分に且つ正確に認識させることが出来ておらず、危険性を理解できる程度の説明を怠ったと判断しました。

そして、医師らがコイル塞栓術に関する説明義務を尽くしていれば、手術を受けなかった可能性が高く、死亡も回避できたと認めて、説明義務違反と男性Aの死亡との間に相当因果関係があると判断しました。

結果裁判所は、被告C病院が説明義務を怠った過失を認めて約6600万円の賠償を命じました。

【控訴審】

裁判所は、被告Cの説明義務について、医師は男性Aに対してコイル塞栓術には術中を含めて脳梗塞などの合併症の危険があり、合併症により死に至る頻度が2~3%とされると説明を行っていたことを認めました。

そして、術中に起こり得る主な合併症の内容および発生頻度、合併症による死亡の可能性を男性Aに説明をしたことを認めて、被告C病院の医師らに説明義務違反は認められないと判断して、第一審で判決された説明義務違反を理由とする損害賠償請求を棄却しました。

【最高裁】

最高裁は、医師が患者に予防的な療法を実施する際に、確立している手術方法が複数存在する場合は、その中の手術を受けるという選択肢と共に、いずれの手術も受けずに経過を見るという選択肢も存在するため、それぞれの手術方法の違いや利害損失を分かりやすく説明することが求められると指摘しました。

そのうえで、被告C病院の医師は、開頭手術とコイル塞栓術のそれぞれの利点と欠点を分かりやすく説明して、どの手術を選択するのか、もしくは手術を受けずに保存的に経過を見ることとするのかを考える機会を改めて与える必要があったことを認めました。

しかし医師は、男性Aに対して手術内容を説明し尽くしておらず、手術について考える機会を改めて与えることもしなかったため、被告C病院に説明義務違反があったと判断しました。

したがって、控訴審での判決は誤っていると指摘して原審へ差し戻しました。

【差戻審】

裁判所は、被告C病院に説明義務違反があったことを認めましたが、説明義務違反と死亡との間に因果関係が認められるためには、説明義務違反がなければ男性Aがコイル塞栓術の実施に同意しなかったという事実および、その同意がなければ男性Aが死亡することもなかったとの事実が認められる必要があると指摘しました。

しかし、男性Aは「コイル塞栓術をした場合、合併症により死に至る頻度が2~3%ある」との一応の説明を受けていたのにもかかわらず、コイル塞栓術の実施に同意した点を考慮すると、医師に説明義務違反が無ければ男性Aがコイル塞栓術の実施に同意しなかったとは認められないため、説明義務違反と男性の死亡との間に因果関係がないと判断しました。

結果裁判所は、被告C病院に対して説明義務違反のみを認めて880万円の賠償を命じました。

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