医師が患者に説明を行わずに比較研究の被験者にしたことについて、説明義務を怠った過失が認められた事件

判決金沢地方裁判所 平成15年2月17日判決

卵巣がんとは、卵巣にできる悪性腫瘍です。がんの初期段階では、ほとんど自覚症状がありませんが、進行するにつれて食欲不振、お腹の張り、下腹部のしこりなどの症状が現れます。卵巣がんの治療は、主に手術療法によってがんを取り除きますが、多くの場合手術後に化学療法が必要となります。

以下では、卵巣がんに罹患している患者に対して説明を行わずに被験者にしたことについて、説明義務を怠った過失があると認めて165万円の賠償を命じた事件を紹介します。

事案の概要

女性Aは、平成9年5月にB病院にて子宮筋腫の病名で、子宮全体を切除する手術を受けましたが、術後に食欲不振、体重の減少などの症状が現れたため、同年11月頃にC病院を受診しました。診断の結果、尿の通り道や腎臓の中に尿がたまって拡張しており、左尿管下端付近に腫瘍があるなどの指摘を受けました。

同月26日、女性Aは被告D病院を受診して再度診察を受けました。その結果、子宮頚部断端癌と診断されたため、被告D病院へ入院して腫瘍を摘出するために開腹手術を施行することになりました。

同月18日、開腹手術が施行されましたが、右卵巣腫瘍のほかに膣断端部にも腫瘍が認められました。前者は摘出されたものの、後者は膀胱および周囲の組織と強固に癒着していて摘出が不可能と判断されたため、右卵巣腫瘍のみ摘出を行い閉腹しました。

平成10年1月、被告D病院の医師は女性Aに対して手術後の治療について説明を受けて、化学療法(抗がん剤治療)を開始することに同意しました。女性Aは化学療法としてCP療法、続いてタキソール療法を受けましたが、膣断端部の腫瘍に変化が見られず、むしろ増大傾向にあったことから放射線治療に変更することとして、6月に女性Aの希望により一時退院しましたが、その後女性Aは被告D病院を受診することはありませんでした。

女性Aは、7月から別病院であるE病院に入通院して治療を受けましたが、半年後に死亡しました。

女性AがCP療法を受けていた当時、被告D病院の医師を中心とする研究会で、卵巣がんに対する最適な化学療法を確認するために、卵巣がんに対する標準的な化学療法と考えられていたCP療法とCAP療法を無作為で比較する試験ないし調査を実施していました(以下、本件クリニカルトライアル)。被告D病院の医師は、女性Aに対して、CP療法について説明を行い、その同意を得ましたが、本件クリニカルトライアルについては何も説明を行いませんでした。

原告らは、本件クリニカルトライアルは比較臨床試験であり、それを行うにあたり被験者になることの同意を得ずに治療を行ったことについて説明義務違反があるとして、被告D病院に損害賠償を請求しました。

裁判所の判断

裁判所は、女性Aは本件クリニカルトライアルの被験者であったことを認めました。

そして、医師は本来の目的以外に他事目的を有している医療行為を行おうとする場合、患者に対して、他事目的を有していること、医療行為の内容及び治療内容に与える影響について説明し、同意を得る義務があると指摘しました。

そのうえで、被告D病院の医師は、女性Aに対して療法の選択を無作為に割り付けして、研究会独自の投薬方法を行ったことは、女性Aのために最善を尽くすという本来の目的以外に、本件クリニカルトライアルを成功させて、卵巣がんの治療法の確立に貢献するという多事目的が考慮されていることになるため、女性Aが被験者になることについて説明し、その同意を得る義務があったと判断しました。

結果裁判所は、女性Aを比較研究の被験者にしたことについて説明義務違反があったと認めて、被告D病院に対して165万円の賠償を命じました。

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