腹部大動脈瘤の患者にステントグラフト内挿術を施行した際に、医師が手技を誤ったことにより血管を破損させて患者が死亡した過失が認められた事件

判決名古屋地方裁判所 平成18年3月30日判決名古屋高等裁判所 平成19年10月25日判決

腹部大動脈瘤とは、心臓から送り出された血液が通る人体の中で最も太い血管に、こぶのような膨らみが出来る病気です。初期は、自覚症状がほとんどありませんが、こぶが大きくなって周りの臓器を圧迫するようになると、腹痛や腰痛、圧迫感などの症状が現れてきます。放置すると破裂に至り、胸やお腹の中で大量に出血し、激しい胸や背中の痛みなどが起こり、ショック状態になります。基本的に血圧を下げる薬を使用して治療をしますが、大きな動脈瘤や拡大しつつある動脈瘤は、ステントを動脈瘤のなかに挿入する処置によって大動脈を修復します。

ステントグラフト内挿術とは、足の付け根の動脈からシース(細い筒)を動脈瘤の中まで挿入して、シースの中に収納されているステントという金属製のバネを取り付けた特殊な人工血管を広げて、大動脈瘤が起こった部分の血管を内側から補強する治療です。メスで切る部分が小さいため、患者さんの負担が少なくて済むというメリットがあります。一方で、カテーテルを使って人工血管を目的部位まで運搬するため、運搬途中に患者さんの血管を傷つけて大量出血を招く恐れなどがあるため慎重かつ適切に行う必要があります。

以下では、ステントグラフト内挿術の際に医師が手技を誤った過失が認められて約5400万円の賠償を命じた事件を紹介します。

事案の概要

男性Aは平成11年7月に、胸部大動脈瘤の診断を受けたため、被告病院を受診して腹部大動脈から総腸骨動脈にかけて、Y型のステントグラフト内挿術を受けました。

平成13年6月に被告病院にて造影CT検査を受けたところ、直径約6㎝の胸部大動脈瘤が認められました。男性Aは被告病院に入院して、ステントグラフト内挿術の開発者であるB医師が開発したB式胸部ステントグラフト内挿術を受けることになりました。

手術当日、医師は右上腕動脈、左上腕動脈、左総頚動脈の3箇所からシース(細い管)を挿入しました。医師は、シースを押していきましたが抵抗を感じたため、いったん挿入を停止しました。しかし医師は、血管内径がシースの外径よりも太いことが判明していたことから、更に押せば通過する可能性があると判断し、力を加えてシースを押していったところ通過することができました。その後、シースを進めていったところ抵抗が強くなりましたが、医師は通過の可能性があると考えて、さらに力をかけて押していきました。しかし、再びシースが進まなくなったため手術を中止し、再手術を行うことにしました。

シースを抜去した直後、男性Aの血圧が低下してショック状態に陥りました。直ちに、点滴を全開にして急速静注を行いましたが、血圧上昇が見られず、左下腹部に膨張が見られ呼吸状態が悪化してきたため、気管内挿管などの応急措置が採られました。そして、造影剤を流したところ、血管破裂を確認したため血管縫合手術が行われました。

その後男性Aは、被告病院にて治療を受けましたが、虚血性多臓器障害、出血性脳梗塞および、敗血症により死亡しました。

原告らは、男性Aが死亡したことについて、被告病院の医師らの手技に過失があるなどとして、被告病院に対して損害賠償を請求しました。

裁判所の判断

【第一審】

裁判所は、ステントグラフト内挿術を実施している医師らの間では、血管を損傷させる恐れがあるという理由から、シースの挿入や引き抜く際には、血管を損傷しないように注意しなければならないと認識されていたものと認めました。そのうえで、被告病院の医師らはシースの挿入の際に、抵抗を感じたとしても力を加えて押し続けることを原則としていることが考えられ、このような姿勢は血管を破損するおそれがあることに対する緊張感と安全性が足りていないと指摘しました。

そして、医師らはステントグラフト内挿術を実施する際に求められている注意義務に違反して、力を入れて押せば通過する可能性があると即断してシースを過度の力で押したために、血管を損傷させたものと判断しました。

結果裁判所は、ステントグラフト内挿術の手技に関する過失を認めて、被告病院に対して約9800万円の賠償を命じました。

【控訴審】

被告病院は、ステントグラフト内挿術の際の手技について、血管壁が脆弱化している部分および程度は術前検査によって明らかにならないのであるから、過去の手技における経験に基づいて判断するほかはなかったと主張して控訴しました。

しかし裁判所は、シースを挿入する際に抵抗を感じたのにも関わらず、血管造影によって血管内を観察するなどして抵抗の原因を調べることなく、経験による自らの手の感触のみを根拠にして安易に通過可能であると判断してシースを挿入したことにより、血管を損傷したのであるから、被告病院の医師らには過失があったと判断しました。また、医師らが抵抗の原因を調べていれば、血管損傷を防ぐことが出来たと認めて、医師らの過失と男性Aの死亡との間に相当因果関係があると判断しました。

結果裁判所は、第一審の判決を維持しましたが逸失利益(男性Aが将来得られたであろう収入の減少分)の算定を訂正して、被告病院に対して約5400万円の賠償を命じました。

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