絞扼性イレウスと疑うべき根拠があったのにもかかわらず、確定診断を怠り単純性イレウスと誤診をして患者を死亡させた過失が認められた事件

判決金沢地方裁判所 平成18年9月4日判決名古屋高等裁判所金沢支部 平成19年10月17日判決

イレウス(腸閉塞)とは、何らかの原因で腸の一部が詰まって、食べたものやガスが通らなくなっている状態をいいます。腸が詰まってしまうと消化途中の食べ物だけでなく、消化液も再吸収されずに貯まってしまい、腸が膨れてきます。そのため、腹痛、嘔吐、お腹が張るなどの症状が出ます。

イレウスは、①単純性イレウスと②絞扼性イレウスの2つに分類されます。

①単純性イレウスは、腸の閉塞のみで血行障害は伴っていないものをいいます。最も多い原因は、腹部手術後に生じた癒着です。主な症状は、周期的に生じる激しい痛みです。痛みは少しずつ強まり、徐々に腹部が膨らんでいき激しい嘔吐も見られます。しかし、単純性イレウスの8割は手術を行わない保存的治療で治ります。

②絞扼性イレウスは、腸管の閉塞とともに、腸の血流が障害され、腸管が壊死を起こす重篤な状態です。激しい腹痛を訴え、全身状態が急速に悪化する事があるため緊急手術が必要です。したがって、イレウスの診療においては、早期に単純性イレウスと扼性イレウスを鑑別し、絞扼性イレウスについては死に至ることも少なくない疾患のため、注意が必要であるとされています。

以下では、医師が絞扼性イレウスを単純イレウスと誤診をして、確定診断を怠った過失が認められて約7100万円の賠償を命じた事件を紹介します。

事案の概要

男性Aは、9月30日に腹痛を訴えて、嘔吐を繰り返したため被告病院を受診しました。被告病院でのレントゲン撮影の結果、単純性イレウスに罹患しているとの診断を受けて入院することになりました。入院時の男性Aの白血球数は1万2900/μl、体温は36.7度でした。

入院後、医師Bは腹痛を緩和させようとブスコパンを注射したところ、間もなくして男性Aより「少し落ち着いた」との発言がありました。しかし、翌朝までに複数回にわたり強い腹痛が現れたため、その都度に注射や座薬が投与されました。

10月1日の朝、医師Cは医師Bより、男性Aがイレウスにより入院した旨の引き継ぎを受け、腹部エコーを実施しましたが、イレウスは認められたものの絞扼性イレウスとは判別できませんでした。

その後、男性Aに腹痛、腹満、苦痛顔貌および顔色不良が認められたことから、ブスコパンが注射されました。しかし、その後も腹痛は変わらず男性Aは顔面蒼白で冷汗も認められたため、午後0時ころ医師Bは午後にイレウス管を挿入する旨告げました。その際に、医師Bは男性Aに対して概括的な様子を聞いただけで、詳細な問診や触診は行いませんでした。

午後1時20分ころ、男性Aはナースコールをして再び腹痛を訴えたため医師Bが診察したところ腹満であることが明らかで、苦痛表情があり、顔面はやや蒼白でした。医師Bはイレウス管の挿入を行いましたが、挿入前の男性Aの血圧は低くショック状態に陥っていました。イレウス管の挿入が完了した後、男性Aは「息苦しい」などと訴え、顔色は不良であり、唇にチアノーゼも認められ、意識は朦朧とし、眼球の拳上も認められたため集中治療室に搬送されました。

その後、男性Aは胸部レントゲン写真によって重症の呼吸器不全と判断されて、播種性血管内凝固症候群(DIC)、多臓器不全が発症して死亡しました。

原告らは、適切な医療処置を行わなかった過失があったなどとして、被告病院に対して損害賠償を請求しました。

裁判所の判断

【第一審】

裁判所は、男性Aがショック状態に陥った数時間前である10月1日の午後0時前後ころには単純性イレウスが絞扼性イレウスに進展していたものと指摘しました。

そのうえで、男性Aの白血球の数、強い腹痛の持続、冷汗や顔面蒼白などの所見に照らすと、絞扼性イレウスを疑い確定診断を下すためにCT検査を実施すべき注意義務があったと判断しました。また、CT検査を実施して絞扼性イレウスと診断し、男性Aがショック状態に陥るまでに開腹手術を開始してれば、男性Aの死亡は回避することができたと認めました。

結果裁判所は、絞扼性イレウスを単純性イレウスと誤診して男性Aを死亡させた過失を認めて、被告病院に対して約7100万円の賠償を命じました。

【控訴審】

被告病院は、10月1日の午後0時頃の男性Aの腹痛は軽減しており、絞扼性イレウスに進展していたとする理由はなく、白血球数が絞扼性イレウスの診断の目安とはいえないなどと主張をして控訴しました。

しかし裁判所は、当初から白血球数増多という絞扼性イレウス発症を疑う所見があったほか、鎮痛剤が効かないほどの強い腹痛が持続するなどの所見も認められたのであるから、これらの所見を総合判断すれば、遅くとも10月1日午後1時20分の男性Aがナースコールをした時点で、絞扼性イレウスの発症を疑うべき根拠があったことを認めて、直ちに開腹手術を決定すべき義務があったと判断しました。また、開腹手術を実施していれば男性Aの救命可能性は高かったものと認めました。

結果、裁判所は第一審の判決を維持して被告病院対して約7100万円の賠償を命じました。

医療過誤のご相談受付

まずは専任の受付職員が丁寧にお話を伺います。

0120-090-620
  • 24時間予約受付
  • 年中無休
  • 全国対応

※精神科、歯科、美容外科のご相談は受け付けておりません。 ※法律相談は、受付予約後となりますので、直接弁護士にはお繋ぎできません。