悪性腫瘍である滑膜肉腫を発症した患者に対して、医師が抗がん剤を誤って過剰投与して死亡させた過失と、遺族に対する医療過誤の告知が遅れた過失が認められた事件

判決さいたま地方裁判所 平成16年3月24日判決東京高等裁判所 平成17年1月27日判決

滑膜肉腫とは、皮膚及び皮下組織、血管、末梢神経に生じる比較的まれな悪性腫瘍で、若年層を中心に発症し転移を伴う予後の悪い疾患です。

主な症状は、しこりや腫れで、痛みを伴わないことが多いです。レントゲン検査やCT検査、病理診断によって確定診断が行われ、再発率が高いので、治療は外科的完全切除が第一選択になります。

手術後に、再発や転移を予防するために、化学療法や放射線療法が行われることもあります。

滑膜肉腫は、まれな悪性腫瘍であるとともに、診断や治療には高度の専門性が求められる疾患です。しこりや腫れが認められた場合は、早期に医療機関を受診して適切な治療を行うことが重要となります。

以下では、滑膜肉腫の治療を行う際に、抗がん剤を誤って過剰投与したことにより患者が死亡した過失が認められて、約8300万円の賠償を命じた事件を紹介します。

事案の概要

女性Aは、右顎下部にしこりがあると訴えたことから、被告病院において腫瘍の摘出手術が行われました。

摘出された腫瘍を病理検査に出した結果、腫瘍は滑膜肉腫であることが判明しました。被告病院の医師らは三種類の抗がん剤を組み合わせて用いるVAC療法を行うこととしました。

しかし、医師は女性Aに対する投与計画を作成するにあたり、VAC療法の文献に記載されている薬剤投与頻度が週単位であるにもかかわらず、これを日単位で記載されているものと誤解して計画を立てました。そして、女性Aに対し連日の薬剤投与が開始されました。

女性Aは連日投与開始の翌日から食欲低下、顎や顔の痛みなどの不調を訴え始め、さらに日を追うごとに、発熱、吐き気、全身の倦怠感、歩行困難などの症状が出現しました。

そして連日投与開始から1週間後、女性Aは呼吸困難に陥り死亡しました。

医師らは、女性Aが死亡した前日に、投与計画において週単位を日単位と誤っていることを発見しました。

女性Aの死亡後、医師らが女性Aの遺族に対して死因に対する説明会が行われましたが、その際に医師らは、「転移していた癌が抗がん剤によって全身にまわった可能性がある」などと説明をして、抗がん剤の過剰投与の具体的説明や経緯については明らかにしませんでした。

その後、医師らは改めて女性Aの遺族の自宅に訪問して、週単位と日単位の読み間違いから、女性Aに対して抗がん剤を通常の7倍の量を投与したと具体的に説明を行いました。

原告らは、抗がん剤を過剰に投与した過失と、医療過誤である事実を隠蔽しようとした過失があるなどとして、被告病院に対して損害賠償を請求しました。

裁判所の判断

【第一審】

裁判所は、抗がん剤の過量投与によって女性Aが死亡したことは明らかであることを認めました。

また、医療過誤である事実の隠蔽については、医療機関は治療後に患者が死亡した場合、その遺族らから死亡した経緯、理由について説明を求められたときは、説明をする義務を原則として負うものであると認めました。

その上で、女性Aの遺族に対して説明会を行った際に不適切な説明をしたものの、医師らはミスのあまりの大きさに相当動揺していることから冷静な判断力を失っていたものであり、積極的に医療過誤を隠蔽する意図に基づいて行ったものではないと判断しました。

また、医師らは1回目の遺族に対する不適切な説明を他の医師に注意されて、直ちに遺族らの自宅に出向いて医療事故の内容を具体的に説明したことが認められるため、被告病院の医師らは死因の説明義務を怠ったとまではいえないと判断しました。

結果裁判所は、抗がん剤の過剰投与についての過失を認めて、被告病院に対して約7600万円の賠償を命じました。

【控訴審】

原告は、第一審の敗訴部分を不服として控訴しました。

裁判所は第一審の判決の大部分を引用して、女性Aの死亡に関する説明義務違反は認めないと判断しましたが、1回目の遺族に対する説明会を行った際に、医師は女性Aの症状の異常が抗がん剤の過剰投与であった事実を認識していたのにもかかわらず、遺族らに対して直ちにその事実を告げず「転移していた癌が抗がん剤によって全身にまわった可能性がある」などと説明をして、事実を率直に告げる行為を行わなかったことを指摘しました。

結果裁判所は、遺族に対する医療過誤の告知の遅れを認めて、被告病院に対して約8300万円の賠償を命じました。

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