急性心筋梗塞の疑いがある患者について、医師が最善の治療体制のある医療機関への転送要請が遅れて患者が死亡した過失が認められた事件

判決神戸地方裁判所 平成19年4月10日判決

急性心筋梗塞とは、心臓に酸素や栄養を送る冠動脈の血管が詰まってしまうことで、心臓の筋肉が壊死して、心臓の機能が急激に損なわれてしまうことです。

日本人の死因原因第二位にあげられている病気で、60代の男性に発症しやすいといわれています。

急性心筋梗塞の症状として最も特徴的なのは、激しい胸の痛みです。胸痛は30分間以上続き、冷汗、嘔吐、呼吸困難などが伴う場合もあります。

また、急性心筋梗塞は詰まっている血管に対し、いかに早く冠動脈カテーテル治療(PCI)を行い、再開通させるかが重要となります。発症から再開通までの時間が短いほど良く、90分以内に再開通することが生命予後を改善させるひとつの目安となっています。

以下では、急性心筋梗塞の疑いがあった患者に対して、他院への転送措置が遅れたことにより死亡した過失が認められて約3900万円の賠償を命じた事件を紹介します。

事案の概要

男性Aは、自宅で胸に手を当てて息苦しそうにし、冷汗をかき、嘔吐の症状を示していたところを男性Aの妻に発見されました。

その様子を見て、男性Aの妻が被告病院に電話をし、症状を伝えたところ「心筋梗塞と思われるので、すぐに病院へ来るように」と指示されたため、被告病院に向かいました。

医師は男性Aを診察し、心電図を見て急性心筋梗塞を強く疑いましたが、他院へ転送することなく、血液検査を指示し点滴を開始しました。

そして、心筋梗塞が疑われる際に行うトロポニン検査を実施したところ、結果は心筋梗塞陰性でした。また、指示していた血液検査結果も心筋梗塞陰性でした。

その後、心筋梗塞の症状が軽減しなかったため、PCIが可能な病院に転送することにしました。しかし、男性Aを救急車のストレッチャーに移す直前に呼吸が不安定となり、全身の硬直がみられました。

医師は男性Aの容態をみて、脳梗塞を合併したと疑い男性AをCT室に運びましたが、自発呼吸まで消失してしまい男性Aは死亡しました。なお、死亡までの間、除細動器による電気的除細動は一度も行われていませんでした。

原告らは、心筋梗塞を専門的に治療することが可能な病院へ転送すべき義務を怠った過失があるなどとして、被告病院に対して損害賠償を請求しました。

裁判所の判断

裁判所は、被告病院の医師は男性Aの診察および心電図により、急性心筋梗塞に典型的な所見や症状が見られることを把握しており、またその所見や症状は臨床医療上、ほぼ間違いなく急性心筋梗塞であると診断するに足る程度のものであったと認めました。

その上で、急性心筋梗塞は突然死に至る危険性がある疾患で、PCIを行うことが最善の治療法とされており、それを早期に行うほど救命可能性が高いといわれているため、患者が急性心筋梗塞を発症していると診断した場合、直ちにPCIの実施が可能な医療機関へ転送しなければならないことを指摘しました。

しかし、被告病院は転送を行うまで70分間も時間を要しており、医師が診察および心電図により急性心筋梗塞であると強く疑った時点で、男性Aを専門病院へ転送させるべきであったと判断しました。

また、早期に転送されていれば、男性AはPCIを受けることができ、90%の確率で生存していたことが認められるため被告病院の過失と男性Aの死亡との間に因果関係があると判断しました。

結果裁判所は、男性Aの転送措置の開始が遅れた過失を認めて、被告病院に対して約3900万円の賠償を命じました。

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