弓部および胸腹部大動脈瘤の治療のため人工血管置換術を受けた患者が死亡したことについて、医師が手術のリスクと脳保護法に関する説明を怠った過失が認められた事件

判決東京地方裁判所 平成19年12月17日判決東京高等裁判所 平成21年6月25日判決

胸部大動脈瘤とは、身体の中で一番太い血管である胸の中の大動脈が何らかの原因で瘤(こぶ)のように拡大する状態のことです。

発生部位によって、「上行大動脈瘤」「弓部大動脈瘤」「下行大動脈瘤」の3つに分類されます。

胸部大動脈瘤は放置すると破裂して死に至る危険性があるため、瘤の大きさによっては動脈瘤を人工血管に置き換える手術が必要になる場合があります。

特に、上行大動脈瘤と弓部大動脈瘤の手術は脳に行く血管の入り口に近いため、脳を保護したうえで(脳保護法)手術を行う必要があります(脳保護法)。

以下では、人工血管置換手術を受けた患者が死亡したことについて、原審において請求が棄却されたものの、控訴審において医師が手術におけるリスクと脳保護法に係わる説明義務を怠った過失が認められて約550万円の賠償を命じた事件を紹介します。

事案の概要

男性Aは、腹部大動脈瘤の既往歴があり定期検査のために被告病院においてCT検査を受けたところ、直径6㎝の腹部大動脈瘤があることを指摘されました。

男性Aは、腹部大動脈瘤手術の検査目的で被告病院に入院し、検査を受けた結果、腹部大動脈瘤および弓部大動脈瘤の人工血管置換手術を同時に施行されることとなりました。

なお、手術のリスクについて、10%の確率で脳梗塞、縫合部からの出血、細菌感染などが考えられると医師から説明がありました。

手術当日、脳障害の保護のために超低体温循環停止法(HCA)が行われ、77分間血液の循環が停止されました。

手術から約1週間後、男性Aは胸部レントゲン上、左肺に胸水貯留が認められ、胸水を培養したところMRSAが検出されたため細菌を殺菌する薬が投与されました。そして約1か月後、男性Aは敗血症ショックに陥り死亡しました。

原告らは、術式選択やリスクの説明を怠ったなどとして、被告病院に対して損害賠償を請求しました。

裁判所の判断

【原審】

裁判所は、被告病院の医師は手術前に男性Aおよびその家族らに対して、本件手術のリスクが10%と説明したことが認められ、リスクについての説明義務を果たしたもの認めることができると判示しました。

また、手術の際の脳保護法に関する説明義務についても、医師は脳障害の保護のためにHCAを採用することおよびその原理について説明しており、脳保護法(低体温循環停止法、脳分離体外循環法、逆行性脳潅流法)それぞれの優劣については定まった議論が存在せず、その選択は医療機関によって様々であることから、医師が男性Aらに対してそれぞれの術式、利害得失、予後について説明すべき義務は認められないと判断しました。

結果裁判所は、原告らの請求を棄却しました。

【控訴審】

原告らは、被告病院の手術リスクの説明は不十分であったこと、脳保護法においてHCAの循環停止時間が60分という制限時間を超過する可能性を説明されていないなどと主張し原審の判断を不服として控訴しました。

裁判所は、手術を受ける患者にとって死亡リスクがどの程度かは重要な事項であり、医師はこれを明確に説明すべき義務があることを認めました。

その上で、被告病院の医師の説明は手術リスクとして一括して説明したのみで、10%にはどのようなリスクを含むのか明確にしていない点において不適切であると判断しました。

また脳保護法について、HCA以外に選択可能な方法があれば、その内容と利害得失を明確に説明し、男性Aらがそのいずれを選択するかについて熟考する機会を与えるべきであることを認めました。

しかし、医師はHCAを実施することおよびその内容について説明したのみで、他に選択が可能である脳保護法について説明することなく、さらに目安とする60分の制限時間を超えて循環停止があり得ることのリスク説明を行っていなかったのであるから、医師には説明義務違反があると判断しました。

結果、裁判所は、説明義務違反を認めて被告病院に対して約550万円の賠償を命じました。

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