監修医学博士 弁護士 金﨑 浩之弁護士法人ALG&Associates 代表執行役員 弁護士
出血性ショックとは、血管や臓器の損傷や消化管出血(潰瘍等)によって抹消組織への有効な血流量が減少することにより臓器・組織の生理機能が障害されることです。収縮期血圧が90mmHg以下になることがショックの指標とされることが多いです。医療過誤訴訟との関係では、手術後の出血に対する対応が遅滞して紛争に至るケースが多いです。
臨床上は、心拍数を収縮期血圧で除して求めたショック指数によって出血量を推測することがあります。出血すると血圧が低下しますが、血流量を維持しようとする働きにより心拍数が増加します。したがって、出血量が増えるとショック指数が増加することになります。ショック指数が0.5以上になっていると出血の疑いが生じ、ショック指数が1.0を超えると軽度のショックである疑いがあると考えられています。
また、ヘモグロビンの減少によって出血量を推定する場合もあります。概ね体重の13分の1が血液の量であるとされますが、出血前の血液量に対してヘモグロビンの減少した割合を乗じると出血した量が推定できると考えられています。
出血性ショックに関して、ラジオ波焼灼術後の出血に対する対応の遅滞について不法行為の成立が認められた近時の裁判例を紹介します(金沢地判令和2年3月20日)。
本件は、横隔膜に近接した肝癌に対するラジオ波焼灼術では類型的に血胸が生じる危険があるところ、術後に酸素化が悪化して血圧低下、疼痛等の症状が生じていたにもかかわらず鎮痛剤を投与するのみで出血源の検索や止血処置が行われないまま患者が死亡したという事案でした。夜間帯に出血の対応が後手後手になっているケースは珍しいものではないですが、本件はHbが大幅に低下している事実が明らかになったあとも輸血をオーダーしただけであり、当職としても異常な印象を受けます。
裁判所は、主に以下の事実から平成27年11月10日22時(以下、特に指定がない日付は平成27年11月を示すものとします。)の時点で横隔膜からの出血の可能性及び患者が出血性ショックに至り、最悪の場合死亡する可能性があることを認識することができたため、血液検査、胸部レントゲン、超音波検査を行うべき義務の違反(過失)を認めました。
① ラジオ波焼灼術の後には組織の穿刺による出血、血胸等の有害事象が起きる危険があり機器の添付文書にもその趣旨の記載があること
② 当直医も術後管理として肝臓からの出血に注意すべきことや施術後に嘔気を訴える患者が多いこと及び胸腔穿刺の際に血胸が生じることがあることを一般的知識として知っていたこと
③ 執刀医は本件の肝細胞癌の腫瘍が横隔膜に近接した肝臓の天頂部にあるため合併症としての横隔膜からの出血が発生する可能性が高かったと証言していること
④ 血圧及び酸素飽和度の低下等の出血性ショックの徴候が複数生じていたこと
⑤ 執刀医は嘔気や放散痛が横隔膜に対する刺激から生じたものであると説明したこと
⑥ 当直医も10日21時30分頃にショック指数が1程度で出血量が約1Lであると推測していたこと
本件では、腫瘍が横隔膜に近い場所にあったため特に血胸の合併症の危険があり、酸素飽和度低下やショック指数1.0を超える所見があったため、裁判所は過失を認めました。ショックに関する判断の時期が争われる場合には、血圧低下が認められたとしても、日本救急医学会が示すショックの診断基準に基づいて、①心拍数100回/min以上②微弱な脈拍③爪先の毛細血管のrefilling遅延(圧迫解除後2秒以上)④意識障害(JCS2桁以上またはGCS10点以下、または不穏•興奮状態)⑤乏尿•無尿(0.5mL/kg•hr以下)⑥皮膚蒼白と冷や汗、または39℃以上の発熱(感染性ショックの場合) のうち3項目を満たすか否かが問題となる場合があります。しかし、本件ではそのような議論は行われておらず、ショック指数が1を超えていること等の主要な事実によって過失を認めています。診断基準を厳密に満たしていなくても出血に関する予見可能性がある場合も存在すると考えられるため、妥当な判断であると考えます。また、実際に上記の①~⑥の所見が経時的に記録されていることは考えにくいため、ショックの診断基準を満たすことを厳密に要求すると裁判所で妥当な判断をすることは困難になります。
裁判所は、①手術から出血性ショックレベル4に至るまでの時間が11時間あり緩徐に出血が進行したと思われることや、②出血減の検索とドレナージと輸液・輸血により開胸手術を開始することができたと考えられること等を理由として、医師が注意義務を尽くして診療行為を行っていれば患者は「その死亡の時点である11日午前7時10分においてなお生存していたであろうことを是認しうる高度の蓋然性があると認められる」と判示し、因果関係を認めました。
上記の判断は、特定の時点の死亡が左右されていれば生存期間に関わりなく因果関係を認めるという最高裁判例(最判平成11年2月25日民集53巻2号235頁。以下「肝癌見落とし事件」といいます。)を前提としたものであると考えられます。肝癌見落とし事件では、癌の性質上、余命に関する統計情報が存在し、ある程度長い期間の余命の有無が議論の対象となっていました。しかし、本件は、開胸手術が可能であったとしても、実際にどのような経過になったかは全く分からず、延命できた時間は短時間であった可能性も否定できない事案でした。したがって、少なくとも金沢地裁は肝癌見落とし事件の射程を広く解釈し、延命できたと考えられる時間が短いかもしれない場合でも、死亡の時期が左右されていると考えられるのであれば因果関係を認めるという判断をしていると考えられます。当職としても、死に瀕した方を殺害した場合に刑法の殺人罪が成立することは当然である以上、民事事件においても死亡の時点が若干でも左右されたことが十分説明できるのであれば因果関係を認めるべきであると考えており、金沢地裁の考え方に賛成です。
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