監修医学博士 弁護士 金﨑 浩之弁護士法人ALG&Associates 代表執行役員 弁護士
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病院で手術を受けた後、予期せぬ状況に陥ってしまった。医師の診察を受けたにもかかわらず、適切な検査が行われず、重篤な症状が生じた等、医療ミスによりご自身もしくは身内の方が不幸な結果になってしまったという法律相談は後を絶ちません。
ただ、「医療訴訟は難しいのだろう」という先入観や、「医師や病院を訴えるなんて」といった心理的抵抗があり、弁護士に相談せず不安・疑問・怒り等が混在する中で悩み続けられている方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。
そこで、今回は医療訴訟がどのようなものか、裁判の流れや、その特殊性について解説します。
医療過誤事件であっても、訴訟提起をする際には、管轄の地方裁判所に作成した訴状を提出することにより訴訟提起します。この点は、まったく一般の裁判と変わりません。
また、医療過誤事件で必要となる法律のほとんどは、大学の法学部生であればみんな知っている、民法709条の不法行為であり、これは、交通事故事件や傷害・暴行事件と同じですので、実は法律的な観点だけからすると、さほど複雑なものではありません。
では、何が他の一般的な事件と異なるのでしょうか?医療過誤訴訟が難しいとされている理由として、以下のものがしばしば言われます。
<医療事件の難しさ>
・勝訴率が20%と低い?!
・医療裁判を行うには、医学という非常に高い専門性が必要
・医師・病院の過失の特定が必要
・医師・病院の過失と重篤な結果との間の因果関係の立証が必要
・病院側が証拠を持っているため、隠されてしまうと立証が困難
一般の民事事件の勝訴率は、内容に争いのない相手方欠席事件を含むと、だいたい80%~90%(欠席事件を除くと、原告側勝訴率は約70%程度)で推移していますが、医療過誤事件の患者側の勝訴率は20%~25%程度で推移しています。
これだけ見ると、医療過誤事件は勝てない、難しいと感じますよね。
ただ、この数字だけが独り歩きして患者側が正しい声を上げにくくなっているとすれば、非常に重大な問題だと思います。
なぜなら、勝訴率20%程度というのは、病院側が患者側に解決金を支払い和解した事件が除かれているからです。
医療訴訟で和解によって終わるのではなく、判決になるのは、
① 患者側の勝ち目がほとんどなく、訴訟提起自体に疑問があるもの
② 患者側に勝ち目があり、裁判所から和
解の提案を受けているが、患者側が判決にこだわり、患者側が和解を拒絶したもののいずれかが圧倒的に多いです。
すなわち、医療裁判で病院側が患者側に解決金を支払って事件が終了するのは、
・裁判上の和解
・判決による支払い
のいずれかになりますが、患者側に有利な事件や勝ち筋の事件は、多くの事件で和解による解決がされます。
なぜなら、判決は公開されるため、病院側が医療過誤事件で敗訴判決を受けると、敗訴判決の報道がされたり、名前に傷がついたりと、不利益が大きいので病院側は判決での解決を望みません。また、ほとんどの医師・病院は医療過誤用の保険(医師賠償責任保険)に加入しており、支払いは保険からされるので、医師側には支払い額に特段の興味がないからです。
そのため、患者側が勝っている事件の多くが和解で終わっているため、勝訴率の計算に、和解件数を除いてしまうと、患者側の勝訴率が下がって見えるのは当然です。
なお、令和3年度の司法統計を見ると、年間の医療過誤事件の終局件数は820件ですが、その内、判決により終了したのは273件(患者側認容55件、棄却216件)となっています。一方、和解で終了したものが、442件もあります。
和解の詳しい内容までは分かりませんが、和解の際は、基本的には病院側が譲歩し一定の金銭の支払いが見込まれます。そうすると、認容判決55件に442件の和解を加えると、患者側が何らかの金銭等を勝ち取った件数は497件となり、全終局件数のうち60%を超えます。これは、和解の内容にもよるため、少し乱暴な数字かもしれませんが、医療裁判について、勝訴率を理由に尻込みしている方は、勇気を持っていただければと思います。
医療裁判を行うには、専門的な医学的知識が必要です。医学的知識を弁護士自身が持たずに医療過誤事件の依頼を受けると、事件の途中でつまずいてしまいがちです。
確かに、最近は、医療裁判に協力してくれる医師(協力医)も増えてきており、以前よりも助言を得られるようになってきました。そのため、医療裁判を提起する場合、協力医にカルテ等を見てもらい、病院の「有責・無責」や事件の見立て等について一定の回答を得られます。
しかし、協力医の回答だけを頼りに、医療裁判を進めてもうまく進めることができず痛い目を見ます。その理由は以下のとおりです。
① 医師は治療に関する知識を持つ専門家であるが、医師が「意見書」を作成してくれたとしても、それはあくまでも一つの「意見」でしかなく、その「意見」を裏付けるには、弁護士が文献や論文に基づいて立証していく必要がある。
② 医療裁判は、こちらの主張と相手方の反論を繰り返すが、相手方の反論について理解して対応するには、弁護士がその分野の医学的知見を深めなければ、再反論できない。
③ 医療裁判では、鑑定や証人尋問で医師への質問等が行われることが多いが、こちらの協力医は立ち会うことができず、弁護士がその場で対応する必要がある。
④ 裁判官は医学に関して専門家ではなく、裁判官が理解し勝訴判決を書けるレベルまで説得的な立証活動が必要となる。特に因果間関係が問題になったときには、解剖学や生理学の知識は不可欠である。
つまり、協力医がいると言っても、裁判で相手方から出てくる資料を毎回見たうえで、反論するための意見や立証のための資料を提供してくれるわけではありません。医師の「意見書」の内容を裏付け、その意見を法律的に論じるのは、あくまでも弁護士の仕事です。
また、医療裁判での説得の相手方は、あくまでも裁判官です。裁判官は基本的には深い医学的知見は持っていません(中には非常に造詣が深い裁判官もいますが、原告が選ぶことはできません。)。そのため、医師が感覚的・経験的に論じるところについても、弁護士は、証拠資料をもとに、主張・立証していくことが必要となってきます。その結果、弁護士は、事件を通して、その分野については、協力医よりも医学的知見を深めなければならないことすらあるのです。
実は、医療裁判で立証しなければならないことは、以下のとおり、わずか3つしかありません。
① 医師・病院側の過失
② 過失と結果との因果関係
③ 損害額
ただ、この①過失と②因果関係を立証することが難しいのですが、まず過失の特定について解説します。
例えば、体に不調があり病院に行ったところ、「よくある手術なので安心してくださいね」と言われ手術をしたところ、「半身不随になってしまった」という事案を思い浮かべて下さい。
手術前まで元気だったのに、手術により半身不随になってしまったのだから、手術にミスがあったはずだと感覚的には思いますよね。このまま、「半身不随にならないように適切な手術をしなければならなかったのにもかかわらず、その義務を怠った。」と訴状を書いて裁判所に提出すると、「過失を特定してください」「できないなら訴訟を取り下げて下さい」と注意されてしまいます。何がいけないのでしょうか?
医療行為には、基本的に一切リスクを伴わないものはありません。そのため、医師・病院は結果責任を負うものではなく、医療行為の各具体的な作為・不作為について、医師らに具体的な義務があり、その義務に反しているかが過失になります。
つまり、仮に上記のように「半身不随にしないように適切な手術をしなければならなかったにもかかわらず、その義務を怠った。」ということを過失にしてしまうと、医師に結果責任を問うているのと同義となってしまいます。
そのため、例えば、「手術時に○○を行う必要があるにもかかわらず、行わなかった過失」「術後管理として○○しなければならなかったのに、それを怠った過失」「血液検査の結果から、緊急で○○等の検査を行い、緊急開腹手術を行う義務があるにもかかわらず怠った過失」など、過失の内容を具体的にしなければなりません。
そのため、医療裁判では、原告から医師・病院側の過失を複数挙げなければならないことも多く、中には10を超える過失を主張していくこともあります。
さらに、その過失の内容は、原告が立証できるものであり、過失と結果との間に因果関係があるかについても吟味が必要となります。
医療裁判では、医師や病院側にミスがあり、過失が認められるだけでは損害賠償請求が認められるわけではありません。医療ミスにより患者に生じた重篤な結果が生じたというには、過失と結果との間に因果関係が必要となります。
何故なら、医療事件の患者は既に何らかの怪我や病気を患っている方であり、医師らの過失が仮になかったとしても、同じ結果が生じているという場合があるからです。このような場合には、医師らにたとえ過失が有ったとしても損害賠償責任を負わせることはできません。
因果関係は、高度に科学的であり客観的なものである一方、医学や人体には解明されていない点も多くあります。
そのため、医療裁判では、他の一般の事件に比べて、因果関係を立証するためのハードルが非常に高いものとなります。くわえて、因果関係を立証するためには、法律的な観点に加え、生理学や解剖学等の医学的な知識を総動員する必要があります。
医療過誤は病院で起きるため、ほとんどの資料は医療ミスをした病院にあることが大半です。最近ではカルテが電子化されていますが、まだまだ紙カルテを使用している病院もあり、病院側がカルテを書き換えるということもなくはありません。
また、電子カルテであれば改ざんされないというわけではなく、電子カルテの場合でも修正が可能なシステムもあるので、書き換えが不可能ではありません。また、病院側が何らかの医療ミスに気付いたときには、カルテの記載を上席の決裁がなければできないという、ルールを作り、医療ミスに気付かれないように対策をしている病院もあります。
医療訴訟にするには、このような障壁を乗り越える必要があるため、必ずとは言わないまでも、裁判所を介した証拠保全手続きを行い、カルテの書き換えや証拠の廃棄をされないように資料を収集する場合があります。
最後に、医療過誤事件で、他の一般の事件と異なる大きな違いの一つが、医療訴訟を提起する前に、原則として医療調査を行わなければならないということです。
弁護士法人ALGには様々な相談者が来られるのですが、医療裁判をするための高額な着手金をとった後に、医療調査をしたところ、協力医から医師らに責任がないという結果が出たので、その時点であきらめたり、医療裁判で戦えない状況で訴訟提起し負けてしまったりということを耳にします。
医療裁判は一つの訴状作成をするだけでも100時間以上かかることも珍しくないため、どうしても費用高くなりがちなのですが、事前に十分な医療調査を行い、見通しを立てる必要があります。
そのため、基本的には医療調査と医療訴訟の費用を分け、医療調査の結果を踏まえて医療訴訟をするか否かを判断します。
以上の通り、医療裁判は他の一般の事件と様々な違いがあります。実は本記事では依頼者にはあまり関係のないことなので、述べていませんが、訴訟提起後の証拠等の提出方法や医療裁判開始後の手続きの流れなど、様々な点で異なります。
ただ、初めに述べている通り、医療裁判は勝訴率20%という数字はあまり信用しないでください。医療過誤事件は医学的専門知識が必要ですので、弁護士としては難しい事案ですが、本当に医療過誤があるのであれば、一概に勝てないというものではなく、和解も入れると半分以上は患者側の事情も汲んだ解決になっています。
医療過誤事件は、確かに弁護士にとって正義感がわきやすいため、医療過誤事件の経験や医学的知見が乏しいにもかかわらず、熱意と意気込みで事件を受任してしまう弁護士が一定数います。ただ、当然ながら専門的知識が求められる分野ですので、一筋縄ではいきません。
弁護士法人ALGでは、医学博士の資格を持つ弁護士が複数名在籍し、弁護士が高い医学的知見の専門性を磨くとともに、高い熱意をもって、医療過誤事件に挑んでいます。医療過誤で悩まれている方、一歩踏み出すためにも、弊所までご相談ください。

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