がんの見落とし

代表執行役員 弁護士 金﨑 浩之

監修医学博士 弁護士 金﨑 浩之弁護士法人ALG&Associates 代表執行役員 弁護士

(1)がんの見落としは医療過誤

一般的に、がんの告知をされた時期がすでに手遅れであり、手術をできないということがあります。これまで、健康に過ごしていたにもかかわらず具合が悪くなり、検査を受けたら、進行がんがあると宣告されるということはよくあります。他方で、毎年健康診断を受けていたり、定期的に人間ドッグに通っていたり、かかりつけ医に毎月通院しているものかかわらず、突然がんを宣告されるということもあります。

医療機関で早期の癌の診断ができたにもかかわらず、進行癌になるまで気づけなかったのは医療ミスです。具体的には、➀癌の症状があったにもかかわらず、別の病気による症状と捉え、検査をしない場合、②画像検査は定期的にしているにもかかわらず、異常所見を見落とした、あるいは、画像読影を外注していたため、その結果の報告をし忘れていた、⓷癌を疑うべき症状があり、検査の必要性があったにもかかわらず、検査をしないまま経過したというのが類型的にあります。

(2)がんの見落としはなにが問題なのか?

がんの見落としは早期に発見できていた場合、治療できていれば、死亡することはなかった、進行することはなかった状況下で、そのチャンスを奪っています。

癌の発見が遅れれば遅れるほど、がんは進行してしまい、治療の選択肢が少なくなり、生存率が低下していきます。

現代の医学は日々進歩しており、早期に癌を発見できれば、多くの治療の選択肢があります。それゆえ、手術できた場合と手術できなかった場合の予後、5年生存率には大きな違いがあり、また、がんの進行度にステージが定められていますが、ステージが上がるほど(癌が進行するほど)5年生存率は低下していきます。

(3)がんの見落としはどのようなときに起こるのか?

➀癌の症状があったにもかかわらず、別の病気による症状と捉え、検査をしない場合、②画像検査は定期的にしているにもかかわらず、異常所見を見落とした、あるいは、画像読影を外注していたため、その結果の報告をし忘れていた、⓷癌を疑うべき症状があり、検査の必要性があったにもかかわらず、検査をしないまま経過したというときに、がんの見落としが起きます。

(4)人間ドックや健康診断を受けているのに、なぜがんの見落としが生じるのか

しばしば、後日検査画像を見れば、過去の健康診断、人間ドッグ時に撮影された画像にも異常所見が写っていることはよくあります。では、なぜこのような見落としが起きてしますのでしょうか。

例えば肺癌検診の場合、胸部レントゲン撮影を行い、レントゲン画像を見る、読影するという過程をたどりますが、血痰等の肺がんを疑う所見があり、肺がんの可能性を考えて、レントゲン撮影をした場合と健康診断・人間ドッグで撮影した場合では、前者の場合、がんではないかという視点で読影していますが、後者の場合は、同時に撮影された他の健診者のレントゲンを大量にみているという関係上、時間的な制約と検診の場合には異常なしが類型的に多いことから、問題がないというバイアスがかかっている状況で読影しているからです。

(5)画像診断をしているのに、がんの見落としがなぜ生じるのか

また、レントゲンでは判断できないものが、CTで判断できる場合もあります。レントゲンの場合は他の臓器と癌の陰影が重なってしまうと、がんの陰影が他の臓器でみえなくなりますが、CTでは断面をスライス画像で撮影し、立体的に把握できるため、CT画像で判断できることがあります。

また、撮影目的により、注意深く見ている位置とそうでない位置の違いから、見落としてしまうことがあります。

さらに、健康診断、人間ドックの場合は、健康な人の画像だと想定して、バイアスがかった状態で読影していること、他の健診者の画像と併せて大量に短時間で読影しようとすることから、症状があり撮影した場合に比べて、見落としが生じやすいです。

加えて、報告ミスが生じてしまう理由は、撮影を指示した医師が見ずに、放射線科に丸投げしてしますこと、他の医療機関に撮影・読影を依頼することから、この過程で連係ミスが生じてしまい、報告するのを忘れてしまう、報告結果を確認しないで経過してしまうことで、報告ミスが生じてします。

(6)がんの見落としの際の、医師や病院の責任

がんの見落としが過失と評価でき、仮にそのタイミングで精査・治療を開始していれば、予後が大きく変わり、死亡を避けられたことが認められる場合には、医療機関、医師に対し、損害賠償責任が認められます。

(7)がんの見落としの賠償額の相場はどの程度なのか。

がんの見落としで損害賠償が認められる場合として、大きく分けて2類型あり、死亡との因果関係が認められる場合には、2000万円~数千万円の賠償金が認められます。このように賠償金に幅があるのは、年齢、職業等から算定され、死亡していなければ得られたであろう賃金や収入等が患者毎に異なるからです。

他方で、因果関係が認められるためには、十中八九結果を回避できたことを証明する必要(高度の蓋然性の必要)があり、その証明ができない場合でも、死亡を回避できなかった可能性がある(相当程度の可能性がある)場合には、100万円~数百万円の賠償請求が認められています。このように幅があるのは、相当程度の可能性といっても、10%~80%と幅があるように、見落とした際のがんのステージにより生存率が異なるからです。

(8)がんの見落としで、どのような点が問題になるのか?

がんの見落としでは、過失の有無、因果関係の有無が大きな争点となります。肺癌のように画像所見がある場合はまだその画像を評価することにより、過失の有無をある程度客観的に評価することはできますが、内視鏡検査が主となる胃がんのような場合、医師が異常がないと考えていれば、画像所見を残していないことも多く、見落とし時点でどのような所見であったのか、判断できないこともあります。

また、がんを疑う症状があり検査をする必要があるにもかかわらず、検査すらされていない場合、検査をすべきであった時点で、どのような状態だったのかを立証することが困難なため、がんの見落としと死亡との因果関係の立証に苦慮することもあります。

他方で、画像が残っている場合でも、その後精査(生検)をしていないことから、その時点で、がんを疑える画像があるものの、癌だとは断定できないとして争われることもしばしばあります。また、この時点で転移していたのか否かは、特定の画像だけからは判断できないこともあります。

以下では、発生件数の多いがんの種類別に、がんの見落としで生じやすい問題点を列挙します。

8-1 肺がんで生じる問題

肺がんは、健康診断で胸部レントゲン検査がなされること、罹患率が高いことから、見通しの事案は多いです。また、毎年撮影されるという経過があることからも、どの時点で、がんを疑える所見があったのか、評価しやすいのが特徴です。また、治療方法もステージごとに確立しており、ガイドラインも整備されていること、5年生存率もだされていることから、画像所見からステージを確定できれば、早期に発見できた場合、どのような治療をすることができたかも比較的立証しやすいというもの特徴です。

8-2 大腸がんで生じる問題

大腸癌は、予後(5年生存率)がいいこと、ステージごとの治療方針もガイドライン等で確立していることから、過失を立証できた場合、因果関係が認められやすい傾向にあります。

他方で、大腸癌の検査は、下部内視鏡検査の生検で確定診断をすることから、内視鏡検査の場合、検査をしたという事実は検査報告書にあるものの、異常所見を見落としている場合、その部分を撮影していないことが多く、過失の立証が困難な場合もあります。また、健康診断で便潜血をして、内視鏡検査の必要性がある事案、要精査とされている事案でも、若い患者であれば、下部消化器内視鏡検査に抵抗を感じて拒否気味なケースで、医師が積極的に検査を勧めていないケースもあります。一方で、がんであるにもかかわらず、ただの便秘、下痢と評価され、検査をしないで経過観察をされていたという事案も見かけます。

8-3 胃がんで生じる問題

胃癌で問題となるケースでは、腹痛の主訴に対し、ただの胃腸炎と診断し、検査しないで経過観察、薬の処方をしている事案、胃のレントゲンを撮影して異常所見があるものの慢性萎縮性胃炎と評価して精密検査をしない事案が多々あります。そのような事案で、体重が減少し、腹水が溜まりステージが進行した段階で診断されるというのが多いです。中には、内視鏡検査までして、炎症所見を精査(生検)しないで見逃した事案もあります。

胃癌の場合も、ステージごとの5年生存率があり、ステージごとに治療方針が確立されていることから、早期の発見で、過失を立証できた場合、因果関係が認めらやすい傾向があります。

8-4 肝癌で生じる問題

肝がんで問題となるケースでは、健康診断、一般に行われる血液検査で、肝がんの場合に上昇する数値があがっているにもかかわらず、その後の精密検査がされずに、進行した時点で発見されるという事案があります。このようにことが起きる背景としては、肝がんのときに上昇する肝臓の異常を上昇する数値が、アルコール、薬物等で上昇してしまうことから、異常数値が出ていてもアルコールの影響と思い肝がんでないと考えてしまうことや、超音波検査で肝臓に異常所見が見つかっても、肥満、脂肪肝と評価し、生活指導にとどめ、精査(CT、肝生検)をしない場合があるからです。

肝臓の場合もステージさらには肝がんのサイズごとに治療方針があること、予後がいいことから、早期がんの見落としとして過失の立証ができた場合には、因果関係が認められやすい傾向にあります。

(9)がんの見落としが発覚したとき被害者はどのように動くべきか

定期的に診察、検査をうけているにもかかわらず、発見時にステージ3やステージ4など、癌が進行していた場合、絶望してしまうかもしれませんが、がんの見落としの可能性がある場合には、一度、弁護士に相談してください。

あえて、すぐに診療録の開示をしたりする必要はありません。現に診断された直後に入院中・通院中であるにもかかわらず開示請求をしているケースもありますが、そもそも、病院に通っているのは治療を受けるためです。治療中に開示請求をすると医師との信頼関係も壊れてしまう可能性もあるので、まずは治療に専念すべきであると考えます。ただ、以下のとおり、記録の保存期間やカルテの改ざん等の危険から、弁護士に早い目に相談されることをお勧めします。

 

9-1 診療録や検査記録の保存期間との関係

診療録の保存期間は5年、検査記録の保存期間は3年とされています。記録の廃棄が自動的にされるわけではありませんが、医師や病院に対して責任を問う際に記録が廃棄されてしまっていると、医療過誤の立証が難しくなってしまいます。

治療と証拠取得のバランスを考える必要がありますので、すぐに病院にアクションを起こすか起こさないかを判断するためにも、まずは弁護士に相談するのがよいでしょう。

 

9-2 カルテの保全の必要性との関係

医療過誤の分野において、カルテが改ざんされる可能性は常に気にかける必要があります。

画像所見の見落としの場合には重要な証拠はレントゲン画像等になり客観的に改ざん のおそれはないですが、症状があったにもかかわらず検査をしなかったという事案においては診療録が重要な証拠となります。特に、紙カルテである場合には、任意の開示請求をせずに証拠保全手続きを選択する方がよい場合もあります。

その場合は、自分で動かずに弁護士に相談する方がよいと思います。また検査をしたかどうかも分からない、診療録が紙カルテか電子カルテかも判断がつかないという場合には、診療機関、治療機関、死亡診断書、説明書等を用意して、弁護士に相談して、最善の策を模索するのがよいでしょう。

(10)弁護士によってがんの見落としについて損害賠償額は異なるか

医療過誤分野は、依頼する弁護士の力量により勝敗の結果や損害賠償額が変わることが十分にある分野であり、これはがんの見落としであっても同様です。

前述したように、がんの見落としの事案では、過失の立証においては、診療録上どの時点で検査が必要であったのか等、因果関係においては、早期に発見できた場合に癌の進行度はどの程度であり、どのような治療が選択できたのか、5年生存率はどの程度かを確定させていく必要があります。

医療過誤は、医師の過失だけではなく因果関係の立証についても極めて専門的であり、「画像読影者ががんがあると報告したにもかかわらず、主治医が報告を見落として検査をしなかった」という、医師に対し、極めて明確に過失を問える事件ですら、因果関係の立証には医学的知見が必要となります。

そのため、検査の必要性を判断するには、専門用語、略語で記載されている診療録を弁護士自身が読めること、血液検査の項目、数値がどのような意味を示しているかを理解していることが、不可欠となります。

是非、医療過誤事案については、近くて親切な弁護士を探すのではなく、医療過誤の実績がある弁護士を探してください。

医療過誤を随時取り扱い解決している長年の経験の蓄積、組織として集中して取り組んでいるという体制・環境がある弁護士とない弁護士では、最善の解決ができるか否かに違いがでてくるのは必然です。

(11)まとめ

癌は依然として死因のトップですが、昨今は早期発見ができれば手術や治療により回復(寛解)できる病気になってきました。

それにもかかわらず、がんの見落としにより、回復できるチャンスを逃してしまうということは、ご本人様又はご家族にとっては、悲痛で納得できないものでしょう。

医療行為にミスは許されませんが、医師も人間である以上どうしても医療ミスが生じます。だからといって、「仕方がない」「天命だ」とあきらめるという選択肢がないわけではありませんが、「医療ミス」があったということを病院にしっかり受け止めてもらうことは重要です。

ALG&Associatesでは、東京に医療過誤事業部という、医療事件に専門特化する部門を設置しています。また、各地の弁護士に対し、医学的知見や事件の進め方などを指導・教育をするなど、医療過誤の経験や知識を、組織として蓄積し共有する体制・環境を整えています。

がんの見落としでお悩みの方は、是非ALG&Associatesにご相談下さい。

この記事の執筆弁護士

医療事業部長 弁護士 井内 健雄
弁護士法人ALG&Associates 医療事業部長医学博士 弁護士 井内 健雄
東京弁護士会所属
弁護士法人ALG&Associates 代表執行役員 医学博士 弁護士 金﨑 浩之
監修:医学博士 弁護士 金﨑 浩之弁護士法人ALG&Associates 代表執行役員
保有資格医学博士・弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:29382)
東京弁護士会所属。弁護士法人ALGでは高品質の法的サービスを提供し、顧客満足のみならず、「顧客感動」を目指し、新しい法的サービスの提供に努めています。

医療過誤のご相談受付

まずは専任の受付職員が丁寧にお話を伺います。

0120-090-620
  • 24時間予約受付
  • 年中無休
  • 全国対応

※精神科、歯科、美容外科のご相談は受け付けておりません。 ※法律相談は、受付予約後となりますので、直接弁護士にはお繋ぎできません。