医師が脳ヘルニアを子癇(しかん)であると誤診したために頭部CT検査を行わず転院が遅れたという過失があったことを認めず、最善の措置によっても妊婦を救命できる可能性は極めて低かったとして、医師らの行為と妊婦の死亡との因果関係も認めなかった事件

判決大阪地方裁判所 平成22年3月1日判決

妊娠中や分娩中の女性が、子宮等から離れた部位の疾患を発症することがあります。

高血圧や糖尿病のような基礎疾患がある場合には、医療従事者はそれらの情報を頭に入れながら処置を行います。例えば、妊娠に伴って高血圧となる「妊娠高血圧症候群」を発症した妊婦は、子癇(しかん)などを発症するリスクが高くなることが知られています。

子癇(しかん)とは、てんかん等の明らかな原因のない妊婦のけいれん発作です。原因は完全には解明されていないものの、高血圧に伴う一時的な脳浮腫が原因だと考えられています。

子癇を発症した妊婦には、気道の確保や降圧剤の投与、帝王切開により早期に分娩させる等の処置が行われます。

ただし、確率は低いものの、妊婦が分娩時のいきみ等によって脳血管障害などを発症するケースもあるため、子癇との鑑別診断などが必要となります。

以下では、妊婦が脳ヘルニアを発症して死亡したことについて、子癇であると誤診したなどとして訴えたものの、原告らの請求が棄却された事件を紹介します。

事案の概要

女性Aは、出産予定日を経過しても分娩が始まらなかったため、8月7日に被告病院に入院しました。このとき、妊娠高血圧症候群などの異常は確認されませんでした。

女性Aは陣痛促進剤を服用しましたが、8日の午前0時頃にこめかみの痛みを訴え、午前0時14分頃に意識を失って応答しなくなりました。

被告病院の医師は、女性Aが意識を失った原因を心因的意識喪失発作だと判断して経過観察をすることにしました。しかし、午前1時37分には女性Aがけいれんを起こしており、子癇ではないかと考えました。そこで、子癇の発作に対する薬の投与を看護師に指示しました。

午前1時50分頃、女性Aの瞳孔の散大等の症状が長時間続いていたため、被告病院の医師は脳に何らかの異常が発生していると考えました。しかし、頭部CT検査には40~50分程度を要する体制であったため、直ちに転院させようとしました。なお、転院先は通常であれば1時間以内に決まっていました。

ところが、転院させられる病院がなかなか決まらず、救急車による女性Aの搬送が開始されたのは午前4時49分でした。

転院した病院で、女性Aには巨大脳内血腫が認められて脳ヘルニアだと診断されたため、脳内血腫除去術と帝王切開術を受けました。子供は無事に出生しましたが、女性Aは手術の8日後に死亡しました。

原告らは、誤診によって速やかに高次医療機関への転院ができなかったことにより女性Aを死亡させた過失があるなどとして、被告らに損害賠償を請求しました。

裁判所の判断

裁判所は、女性Aは8月8日の午前0時頃に脳出血を発症したと認定しました。その上で、病態の進行は急激であって、午前2時頃から数十分以内に開頭手術を行わないと救命は不可能だったと指摘しました。

これを前提として、8日の午前0時14分頃に女性Aが意識を失った時点では全身状態に問題がなかったことから、経過観察をする判断をしたことは不適切でない。また、午前1時37分に被告病院の医師らは女性Aの脳に何らかの異常が生じているおそれがあることを認識したものの、頭部CT検査を行わず高次医療機関に転院させることを優先したのは、検査に時間がかかるため不適切ではないとしました。

以上のことから、被告らに過失はないと裁判所は認定しました。

さらに、裁判所は被告病院の医師らの行為と、女性Aの死亡との間の因果関係を検討しました。

女性Aは8日の午前0時14分頃に意識を失っており、心因的意識喪失であれば意識喪失が30分以上継続することはほとんどないため、午前0時50分に搬送先を探すことが最善の措置であった。

この時点において、直ちに高次医療機関へ転院させることが可能であったと仮定しても、転院や手術には現実にかかったのと同程度の時間がかかったと考えられることから、女性Aの病態の進行は急激であり救命できる可能性は極めて低かったと認定しました。

加えて、女性Aを救命できた時点で転院の依頼をするためには、女性Aが頭痛を訴えるよりも前に行わなければならなかったと考えられるとしました。

以上のことから、裁判所は、医師らの行為と女性Aの死亡との間には因果関係を否定しました。

結論として、被告病院の医師らには過失がなく、医師らの行為と女性Aの死亡との間に因果関係がないため、原告らの請求を棄却しました。

医療過誤のご相談受付

まずは専任の受付職員が丁寧にお話を伺います。

0120-090-620
  • 24時間予約受付
  • 年中無休
  • 全国対応

※精神科、歯科、美容外科のご相談は受け付けておりません。 ※法律相談は、受付予約後となりますので、直接弁護士にはお繋ぎできません。