発作性夜間ヘモグロビン尿症の患者が出産後にソリリスの投与を受けたところ、髄膜炎菌感染症を発症したが乳腺炎を疑われ、入院後も経過観察とされて死亡した事件

判決京都地方裁判所 令和3年2月17日判決

女性は出産後に発熱することがあり、感染症を原因とするものを産褥感染症といいます。

産褥感染症として、子宮からの感染や尿路感染、乳房の感染等が挙げられます。これらは、出産によってできた子宮の内面の傷や尿道が圧迫されること等、出産が感染症のきっかけとなります。

また、感染を伴わない乳腺炎も発熱の原因となります。乳腺炎は、母乳が乳腺に溜まってしまうことが主な原因として挙げられており、予防のために母乳を十分に出すことや休息を取ること等が必要です。

しかし、発熱が出産とは関係していないケースもあるため、特に免疫力が低下する持病等がある場合には、なるべく早く鑑別診断を受ける必要があります。

以下では、感染症を引き起こすおそれのある薬を投与されていた女性に対して抗菌薬を投与しなかった過失等を認めて、被告に約1億3516万円の賠償を命じた事件を紹介します。

事案の概要

女性Aは、就寝中などに赤血球が破壊されてしまう病気である「発作性夜間ヘモグロビン尿症」を患っており、症状を抑制するために「ソリリス」という薬の投与を受けていました。ソリリスを投与した患者は、髄膜炎菌感染症などを発症するケースがあることが知られていました。

8月6日まで出産のために被告病院へ入院していた女性Aは、8月22日の午前中にソリリスの投与を受けましたが、昼すぎから悪寒や頭痛があり発熱しました。

同日の午後4時55分頃、女性Aは被告病院に電話をして、高熱があることや午前中にソリリスの投与を受けたことを伝えました。被告病院の助産師Bは、乳腺炎と考えられるためしっかりと授乳すること等を指示しました。

その後も高熱が続いたため、女性Aの母親が同日の午後9時頃に被告病院へ電話して救急外来へ来院するように指示され、女性Aは午後9時55分頃に被告病院を受診しました。被告病院の医師Cは、乳腺炎ではないと考えて髄膜炎菌感染症を疑い、女性Aを血液内科に引継ぎました。

引継ぎを受けた医師Dは、女性Aを入院経過観察として血液培養検査の指示を行いましたが、翌日である8月23日の午前4時25分頃には女性Aの全身に紫斑が出現する等したため、細菌感染の疑いが強いと考えて抗菌薬を投与しました。

しかし、女性Aは急速に症状が悪化して死亡しました。その後、女性Aから髄膜炎菌が検出されました。

原告らは、被告病院の医師らには抗菌薬を投与する義務があったなどとして、被告らに損害賠償を請求しました。

裁判所の判断

裁判所は、原告らが主張した過失のうち、次の過失があったことを認めています。

①助産師Bが患者からの症状の説明等を医師に伝えて、指示に基づいて対応する注意義務に違反した過失

助産師は「保健師助産師看護師法」において、妊婦や産婦等に異常があると認めたときには医師の診療を求めさせる必要があり、自ら処置をしてはならない旨が定められているため、医師の指示を受けずに自ら指示をしたことは助産師の業務の範囲を逸脱しているため過失にあたると指摘されました。

②医師Dが、診察した時点か、遅くとも血液培養検査を指示した時点において抗菌薬を投与するべき注意義務に違反した過失

医師Dは女性Aを入院させており、髄膜炎菌感染症を疑っていたものの、強い疑いがなければ抗菌薬を投与する必要はないと考えていたと推察できるが、その考えはソリリスの添付文書の趣旨とは異なると指摘されました。

また、仮に医師Dが細菌感染をほとんど疑っていなかったとしても、女性Aに髄膜炎菌感染症のリスクを1400倍~1万倍にするソリリスが投与されていたことから、その考えには合理性があったとはいえないと指摘されました。

なお、過失との因果関係については、
過失①について、助産師Bが医師の指示を受けていたとしても、「8月22日の午後9時頃までにおける病状の推移」が分からない午後5時頃の段階では、医師がすぐに受診させることを指示したと推測するのは困難だと裁判所は判示し、因果関係を否定しました。

過失②について、髄膜炎菌感染症は抗菌薬の効果が高い疾患とされており、女性Aの全身状態が悪化したのは8月23日の午前4時25分頃であったと認められるので、8月22日に血液培養検査の指示を行った時点までに抗菌薬を投与すれば女性Aを救命できた高度の蓋然性があったとして、因果関係が認められました。

以上のことから、裁判所は医師Dの過失と女性Aの死亡との相当因果関係を認めて、被告に対して約1億3516万円の賠償を命じました。

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