判決岡山地方裁判所 平成29年1月25日判決広島高等裁判所岡山支部 平成30年7月26日判決
胎児心拍数は胎児の状態を確認するための指標とされており、分娩監視装置などによって調べることができます。正常とされる胎児心拍数は1分あたり110~160回であり、160回よりも多ければ頻脈、110回よりも少なければ徐脈と判断されます。さらに、1分あたり80回を下回ると高度の除脈だとされています。
除脈が長時間続けば帝王切開の施行等を検討することになりますが、子宮の収縮等の影響で一時的に除脈になる場合もあります。胎児に異常があると子宮の収縮等の影響を強く受けてしまい、除脈となるケースもあるため注意しなければなりません。
除脈の一種である遷延一過性徐脈は、胎児の異常を疑わせる除脈とされています。遷延一過性徐脈とは、2分以上10分未満の除脈です。遷延一過性徐脈の中でも、最も低いときの胎児心拍数が1分あたり80回未満となるものを高度遷延一過性徐脈といいます。
以下では、2回の高度遷延一過性徐脈が確認される等した状況で帝王切開などを行わなかった過失が認められ、被控訴人におよそ1億3086万円の賠償を命じた事件を紹介します。
女性Aは、陣痛が始まったため午後6時45分頃に被告病院へ入院しました。
女性Aには入院中、分娩監視装置が装着され、胎児心拍数は1分あたり160回程度で推移しましたが、一時的に除脈が生じることもありました。
午後7時54分頃から胎児心拍数が低下して、午後7時56分頃から1分あたり70回台に低下しました。被告病院の助産師が女性Aの身体の向きを変えると、胎児心拍数は1分あたり160回前後に戻りました。
午後8時30分頃、女性Aがトイレに行くために分娩監視装置は取り外されました。その後、女性Aが再びトイレに行きたがったこと等から、午後9時25分までの間は分娩監視装置がほとんど取り外されていました。
午後9時28分頃から3分程度の間、胎児心拍数は1分あたり60~80回程度となりました。
午後9時50分頃から胎児心拍数が低下し、午後9時55分頃には1分あたり60~70回になり、身体の向きを変えても回復しませんでした。
午後10時2分頃、被告病院の医師は帝王切開をすることを決めて、午後10時23分頃に手術を開始し、10時25分に子供Bが生まれました。
子供Bは生まれた直後から自発呼吸や心拍のない状態で、バッグ&マスク人工呼吸などによる蘇生措置が講じられ、午後10時38分頃には気管内挿管が実施されました。その後、子供Bの血中酸素飽和度は改善しましたが、脳性麻痺により常時介護が必要となる状況になりました。
なお、子供Bが胎児のときに低酸素状態となったのは、臍帯巻絡(へその緒が身体に巻きつくこと)が原因と推定されています。
原告らは、被告病院の医師らには蘇生措置を適切に行わなかった過失や、帝王切開を実行する判断が遅れた過失等があるとして、被告に損害賠償を請求しました。
【原審】
裁判所は、被告病院の医師はバッグ&マスク人工呼吸の効果が十分でない状況で、遅くとも午後10時30分頃に気管内挿管を実施するべき義務があったと指摘しました。
しかし、午後10時30分頃までに気管内挿管を実施していたとしても、子供Bの低酸素状態がどの程度まで改善されたかは明らかでなく、後遺障害の発生の回避や軽減ができた高度の蓋然性は認められないと認定しています。
その上で、気管内挿管によって血中酸素飽和度が急激に改善したことから、午後10時30分頃までに気管内挿管を実施していれば子供Bに重大な後遺障害が残らなかった相当程度の可能性があると認めました。
以上のことから、被告らの過失によって、子供Bに重大な後遺障害が残らなかった相当程度の可能性を侵害したことについて300万円の慰謝料が認められたものの、産科医療補償制度によって1200万円の補償金が支払われており損害は全額補填されていることから、原告らの請求を棄却しました。
【控訴審】
裁判所は、午後7時54分頃からの除脈を高度遷延一過性徐脈だと認定しました。また、午後9時28分頃からの除脈も高度遷延一過性徐脈だと認定しました。
その上で、午後7時54分よりも前にも除脈が生じていたことから、このときの高度遷延一過性徐脈によって少なくとも医師への報告や監視の強化、除脈の原因の検索といった対応や処置が求められていたのに、身体の向きを変えただけであり、その後には約55分間も分娩監視装置を装着していなかった時間を生じさせたと指摘しました。
こうした事情を踏まえれば、午後9時28分頃から生じた高度遷延一過性徐脈により帝王切開等を行うことは医師らの義務となっており、午後9時30分頃に帝王切開の実行を決めていれば子供Bの後遺障害が残らなかった高度の蓋然性が認められるため、医師らの過失と子供Bの後遺障害との間には因果関係が認められるとしました。
なお、子供Bは出生時には後遺障害を負うことが避けられない状況だったので、期間内挿管等によって後遺障害が残らなかった高度の蓋然性も相当程度の可能性も認められないと判示しています。
以上のことから、裁判所は被控訴人の過失と子供Bの後遺障害との因果関係を認めて、およそ1億3086万円の請求を認容しました。
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