胎児が危険な状態であると認められた際に帝王切開術の準備を着手すべき義務を怠ったことにより、児が仮死状態で出生して重度の後遺症が残存した過失が認められた事件

判決横浜地方裁判所 平成19年2月28日判決

分娩監視装置とは、妊婦のお腹にベルトを巻き、胎児の心拍数と子宮の収縮状態を管理する装置で、子宮内の胎児の状態を把握する重要な装置です。

胎児の心拍数と子宮の収縮圧を時間経過とともに記録をしたものを胎児心拍数陣痛図(CTG)といいます。

胎児心拍数陣痛図から胎児の状態を診断する際は、①胎児心拍数基線②胎児心拍数一過性変動③胎児心拍数基線変動の3つの項目を判読する必要があります。

胎児心拍数一過性変動には、一過性頻脈、早発一過性徐脈、遅発一過性徐脈、変動一過性徐脈、遷延一過性徐脈の種類があります。

その中でも、遅発一過性徐脈は胎児の低酸素状態を示しており、母体血圧改善のために側臥位にするなどの体位変換、体循環血液量の増加のための輸血、子宮収縮剤の中止、急速逐娩術(帝王切開術)などを行い早急な対応が求められます。

以下では、児に重度の後遺症が残存したことについて、遅発一過性徐脈の出現時に帝王切開術の準備に着手すべき義務を怠った過失が認められて約1億4000万円の賠償を命じた事件を紹介します。

事案の概要

女性Aは、破水感を感じたため被告病院の外来を受診し、医師が内診したところ破水の可能性が疑われたため入院して経過観察をすることになりました。

同日、女性Aの陣痛の間隔が5分となったため、分娩監視装置が装着されました。

午後8時2分ころ、胎児心拍数が2回にわたり急激に低下しました。その後、胎児心拍数はすぐに回復しましたが、数分間にわたり基線細変動が5bpmに減少した後、一旦20bpmに回復しましたが、午後8時15分ころから約10分間にわたり5bpm以下に減少しました。

午後8時35分ころ、胎児心拍数図に一過性徐脈が出現しました。助産師から報告を受けた医師は、これを早発一過性徐脈と判断し特段問題ないと考えました。

午後9時ころ、胎児心拍数が約2分間にわたり一過性徐脈が出現したため、助産師は側臥位に体位を変換させるとともに、医師に徐脈の出現を報告しました。

医師は、先ほど出現した徐脈とは明らかに異なる徐脈であると判断して、遅発一過性徐脈が発現した可能性があるため、急速遂娩が必要になるときは帝王切開術になることを考慮して、禁飲食とブドウ糖の点滴を行うよう指示しました。なお、医師は帝王切開術に備えて麻酔開始や手術室看護師に連絡して連携することはありませんでした。

そして午後9時40分ころ、胎児心拍数が低下して一過性徐脈が出現しました。報告を受けた医師はこれまでに出現した一過性徐脈を踏まえて、今回は高度遅発性一過性徐脈であると判断して胎児仮死を疑い午後9時45分ころに緊急帝王切開術を行うことを決定しました。

午後11時1分ころに、児Bが娩出されましたが仮死状態で、低酸素性虚血性脳症による痙性四肢麻痺のため身体のコントロール不能、発達遅滞、てんかんの傷害が残存しました。

原告らは、早期に帝王切開を行わなかったこと、帝王切開の準備に着手すべき義務を怠ったなどとして被告病院に対して損害賠償を請求しました。

裁判所の判断

裁判所は、午後9時ころに出現した一過性徐脈は遅発性一過性徐脈であった可能性が高く、それまでの経過を考慮すると児Bの状態は重症である可能性があるため予断を許さない状況であったことを認めました。

そして、被告病院では夜間に帝王切開術を行う場合、帝王切開術の決定から児の娩出まで約1時間20分を要することを医師は把握していたことが認められるため、午後9時ころの段階で女性Aに対して緊急帝王切開術を行う可能性を予測して、早期にその準備に着手する義務があると判断しました。

しかし医師は、禁飲食とブドウ糖の点滴を行うように指示したのみで、麻酔開始や手術看護師に連絡して招集を準備しなかったのであるから、早期に帝王切開術を行えるよう、その準備に着手する義務を怠ったと判断しました。

また、速やかに帝王切開術に着手できるよう準備が行われていれば、早期に児Bを娩出することができ、重篤な後遺症が残存しなかった可能性は十分に高かったことを認めました。

結果裁判所は、適切な時期に帝王切開術の準備すべき義務を怠ったとして被告病院に対して約1億4000万円の賠償を命じました。

医療過誤のご相談受付

まずは専任の受付職員が丁寧にお話を伺います。

0120-090-620
  • 24時間予約受付
  • 年中無休
  • 全国対応

※精神科、歯科、美容外科のご相談は受け付けておりません。 ※法律相談は、受付予約後となりますので、直接弁護士にはお繋ぎできません。