常位胎盤早期剥離の症状があった女性について、すぐに胎児心拍数を計測せず、胎児心拍数が大幅に低下していることを確認しても帝王切開を行わなかった医師の過失が認められたものの、後遺障害との因果関係が認められず、後遺障害が軽くなった可能性が認められた事件

判決東京地方裁判所 平成14年5月20日判決

常位胎盤早期剝離とは、子宮の正常な位置にある胎盤が、胎児が娩出されるよりも前に剥がれてしまう疾患です。

胎盤は胎児に酸素などを届けるために重要な役割を果たしているため、まだ出産していないときに胎盤が剥がれてしまうと、胎児が死亡するなどのリスクが生じます。また、母体にも大量出血などのリスクが生じるため、非常に重い疾患とされています。

常位胎盤早期剥離の原因は解明されておらず、発症を事前に予測することはできません。そのため、発症したことを察知して、緊急帝王切開などの処置をなるべく早く行う必要があります。常位胎盤早期剥離は性器出血を伴うケースが多いものの、伴わないケースもあることから、下腹部痛や強度の子宮収縮といった症状があれば疑ってかかるべきだとされています。

以下では、医師が常位胎盤早期剥離を疑うのが遅れたために、生まれた子供が重い後遺障害を負ったことについて、医師の過失を認めて被告に660万円の賠償を命じた事件を紹介します。

事案の概要

女性Aは、5月26日に下腹部の強い痛みや嘔吐などの症状があり、7時頃に被告病院を受診しました。前年に医師免許を取得した医師Bは、医師Cに電話して助言を受けながら女性Aに対応しました。なお、医師Bは常位胎盤早期剥離の症例を扱った経験がありませんでした。

7時10分頃、女性Aの腹部は非常に硬い状態でしたが、医師Bは切迫早産の影響だと考えました。7時20分頃に分娩監視装置を装着しようとしましたが、女性Aが仰向けになれなかったこと等から、超音波検査を行うことにしました。

7時30分頃には、胎児心拍数が毎分80であることを確認し、毎分120~160とされている正常値を大幅に下回る「高度徐脈」であることが判明しました。7時40分になっても胎児心拍数が回復しないことから、医師Bは胎児仮死(胎児機能不全)を疑いました。

7時50分頃、医師Cが到着して女性Aの腹部を触診し、常位胎盤早期剥離を疑うことができる硬さだと判断して処置を行い、8時頃に帝王切開の施行を決断しました。

8時45分に帝王切開が行われましたが、出生した子供Dは心停止状態であり、脳性麻痺などにより重い後遺障害を負っていました。胎盤を検査したところ、常位胎盤早期剥離を発症していたことが確認されました。

原告らは、常位胎盤早期剥離の診断が遅れて帝王切開の実施も遅れたなどと主張して、被告に損害賠償を請求しました。

裁判所の判断

裁判所は、女性Aには強い下腹部痛や嘔吐、腹部が非常に硬い状態であるといった所見があり、常位胎盤早期剥離の初期症状に合致するため、医師Bは7時10分頃には直ちに胎児心拍数を計測する義務があったとしました。また、女性Aは仰向けになれなかったものの、カウントドップラーという計測器を使用すれば胎児心拍数を計測できたと指摘しました。

さらに、7時30分に胎児の心拍数が正常値を大きく下回っているのを確認していることから、それまでの症状と併せて常位胎盤早期剝離を疑い、直ちに帝王切開の施行を決断するべきであったとしました。

以上のことから、医師Bには7時10分頃に胎児心拍数の計測をしなかった過失と、7時30分頃までに帝王切開の施行を決断しなかった過失があると評価しました。

しかし、これらの過失がなかったとしても、子供Dの脳性麻痺などを防げたかは不明であり、医師Bの過失と子供Dの後遺障害との因果関係は認めませんでした。

その上で、後遺障害の程度が少しでも軽い状態で成長する可能性を侵害したことを認めて、慰謝料および弁護士費用として660万円の賠償を命じました。

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