判決東京地方裁判所 平成16年5月27日判決
肺塞栓症とは、なんからの物質によって肺の血管が詰まってしまう疾患です。肺塞栓症を引き起こすことの多いものとして血栓が挙げられます。
血栓による肺塞栓症を引き起こす原因として、飛行機の狭い座席で座り続けることが有名であり、これによって発症した肺塞栓症のことを「エコノミークラス症候群」と呼ばれています。
肺塞栓症の原因には、他にも自動車の運転などで長時間に渡って座っていること等が挙げられますが、医療機関では、特に外科手術の後など、安静にしているときに発症するリスクが高まります。
医療機関では、肺塞栓症を発症しないように、ヘパリンやワーファリンといった血が固まることを防止するための薬を投与する等の対応が行われます。
以下では、帝王切開と子宮筋腫核出術を受けた女性が肺塞栓症によって死亡したことについて、病院に過失が認められ、慰謝料として200万円の賠償を命じた事件を紹介します。
妊娠していた女性Aは子宮筋腫を合併していました。帝王切開による出産をすることになり、女性Aは同時に子宮筋腫を切除してもらうことを希望していました。被告病院の医師は、出血が増える等のリスクがあるため慎重な姿勢でしたが、帝王切開後の子宮収縮がやや不良であったため、2個の子宮筋腫を核出しました。
この手術の後で、被告病院の医師は肺塞栓症などを懸念しましたが、女性Aのリスクは高くないと判断してヘパリン等を投与しませんでした。
手術の翌日には、女性Aから胸がドキドキするという訴えがありましたが、肺塞栓症とは診断しませんでした。
手術の2日後の10時50分には、女性Aの血圧が低下して意識がやや不明確になり、顔面が蒼白で唇にはチアノーゼが認められたため肺塞栓症が疑われました。やがて呼吸困難になり、意識レベルが低下したため、その日の午後0時5分から人工呼吸器が装着されました。
処置を続けて女性Aに浅い自発呼吸が認められるようになったため、午後1時39分に人工呼吸器の設定を変更しましたが、酸素飽和度が低下したため、午後4時30分には人工呼吸器の設定を再び変更しました。
しかし、意識が回復することはなく、女性Aはおよそ1ヶ月後に死亡しました。
女性Aの母親である原告は、女性Aの死亡は被告病院の医師の過失によるものだとして、被告病院を開設している大学である被告に対して損害賠償を請求しました。
裁判所は、原告が主張した次の5つの過失について検討しました。
①について、子宮筋腫が子宮の収縮を妨げているおそれがあるため核出したのであり、女性Aも核出を希望していたため過失ではないとしました。
②について、女性Aが血栓のリスクが顕著に高まるような肥満ではなかったことや、出血のリスクもあったこと等から過失ではないとしました。
③について、帝王切開の後には傷の痛みや子宮の収縮等によって息苦しさや動悸を感じることがある等により過失ではないとしました。
④について、10時50分には肺塞栓症だと診断して抗凝固療法を実施するべきであったため、診断や治療に遅れがあったことは明らかだとしましたが、心停止は短時間で回復していること等から死亡との間に相当因果関係がないとしました。
⑤について、人工呼吸器の設定を変更した場合には20分程度様子を見てから検査をして、設定が誤っていないかを確認しなければならないところ、被告病院の医師は2時間以上も検査していなかったと指摘しました。さらに、女性Aに多臓器不全を生じさせたのは検査の遅れによりアシドーシスや低酸素状態が継続したためだと評価して、被告は被告病院の医師らの使用者として、Aの死亡について不法行為責任を負うとしました。
ただし、原告は女性Aの母親で、相続人ではないため、原告の精神的慰謝料を除く損害について、裁判所は具体的に算定せず、原告の慰謝料として200万円のみが認められました。
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