監修医学博士 弁護士 金﨑 浩之弁護士法人ALG&Associates 代表執行役員 弁護士
妊娠高血圧症候群は、妊娠している女性の血圧が高くなっている疾患であり、母体だけでなく、お腹の中にいる赤ちゃんにも影響を及ぼします。
そのため、妊娠する前に高血圧や糖尿病等について注意するのはもちろんのこと、妊娠中に血圧が高くなったら早めに適切な対応をしなければなりません。
この記事では、妊娠高血圧症候群の原因や症状、重症化した場合のリスク等について解説します。
目次
妊娠高血圧症候群とは、妊娠中に高血圧である疾患です。たとえ妊娠前から高血圧であったとしても、妊娠高血圧症候群に含まれます。
この疾患は、かつて「妊娠中毒症」と呼ばれていましたが、妊娠中毒症の症状のなかで高血圧が特に母体や胎児へ悪影響を及ぼすことが分かったため、病名が変更されています。
妊娠高血圧症候群は、妊娠した女性の約20人に1人の割合で発症します。収縮期血圧が140mmHg以上、または拡張期圧が90mmHg以上の場合は高血圧と診断されます。
また、収縮期血圧が160mmHg以上、または拡張期圧が110mmHg以上となれば重症と診断されます。
妊娠高血圧症候群は、表にまとめた4種類の疾患に分類されます。大きく分けると、妊娠をきっかけとして高血圧になる疾患と、妊娠前からの高血圧等が妊娠後も治らない、あるいは悪化する疾患に分類できます。
| 妊娠高血圧腎症 | 妊娠20週以降に初めて高血圧を発症し、かつ蛋白尿を伴うもので、分娩12週までに正常に復する疾患です。ただし、蛋白尿を認めなくても肝機能障害や腎障害等を伴う場合には妊娠高血圧腎症と診断します。 |
|---|---|
| 加重型妊娠高血圧腎症 | 以下のいずれかに該当する疾患です。
|
| 妊娠高血圧症 | 妊娠20週以降に初めて高血圧を発症し、分娩12週までに正常に復する場合で、かつ妊娠高血圧腎症の定義には当てはまらない疾患です。 |
| 高血圧合併妊娠 | 高血圧が妊娠前あるいは妊娠20週までに存在し、加重型妊娠高血圧腎症を発症しない疾患です。 |
妊娠高血圧症候群の原因は明らかになっていません。妊娠前から高血圧であった場合には、塩分の取りすぎや肥満、ストレスなどの生活習慣による要因、内分泌疾患や腎疾患などの病気、遺伝等が原因となっているケースがあります。
妊娠後に高血圧になった場合には、胎盤の血管の形成異常などが原因になるのではないかと考えられています。
胎盤の血管に異常があると、お腹の中の赤ちゃんへ栄養や酸素を十分に送れなくなってしまうため、母親の血圧を上げて赤ちゃんに栄養や酸素を送り届けようとするのではないか、といった説があります。
また、それに伴って胎盤で様々な物質が生み出され、母親の全身に影響を及ぼすと考えられています。
妊娠高血圧症候群になりやすいのは、主に以下のような人だと考えられています。
妊娠前のリスク因子
妊娠関連のリスク因子
妊娠高血圧症候群は、自覚症状がほとんどないことが珍しくないため、妊婦検診で血圧を計ったとき等に発見される場合が多いです。しかし、まれに以下のような自覚症状があることがあります。
これらのうち、お腹の上部が痛み吐き気や嘔吐がある場合には、「HELLP症候群」という深刻な病気のおそれがあるので注意しましょう。
妊娠高血圧症候群が重症化すると、母親に様々な合併症を引き起こすリスクがあります。特に、妊娠34週未満で発症すると重症化することが多いです。状況によっては、すぐに帝王切開する必要があります。主な合併症として、以下のようなものが挙げられます。
子癇
子癇とは、妊娠20週以降に起こるけいれんと意識消失発作です。子癇が治まらない場合には、すぐに出産させる必要があるため、帝王切開が行われることもあります。
常位胎盤早期剝離
常位胎盤早期剝離とは、胎盤が出産前に剥がれてしまう疾患です。発症すると、お腹の中の赤ちゃんが危険な状態となるため、早急な処置が必要となります。
HELLP症候群
HELLP症候群とは、溶血・肝酵素の上昇、血小板の減少という3つの症状を引き起こす疾患です。発症する人は妊娠高血圧症候群を合併しているケースが大半で、進行が急激な場合があるため、自覚症状によっては血液検査で発症していないかを確かめる必要があります。
妊娠高血圧症候群が重症化すると、お腹の中の赤ちゃんにも影響を及ぼします。
胎児発育不全
子宮や胎盤の血流が悪いために、赤ちゃんに酸素や栄養が十分に届かず、発育が悪くなる。
低出生体重児
体重が2500g未満で生まれる。
胎児機能不全
酸素不足等によって赤ちゃんの心拍に異常が起こり、状態が悪くなる。
子宮内胎児死亡
お腹の中で赤ちゃんが亡くなってしまう。
また、低出生体重児などは生活習慣病にかかりやすいという報告もある等、妊娠高血圧症候群は将来にも影響するリスクがあります。
妊娠高血圧症候群を完治させるためには、出産するのが一番確実です。しかし、妊娠34週未満は早産期であり、なるべく出産を遅らせるのが望ましいと言えます。
そこで、母親はなるべく安静にする等、出産をなるべく遅らせる努力が必要となります。妊娠37週までは帝王切開による出産となる場合が多いですが、妊娠37週以降では経腟分娩を目指します。
出産の時期は、母親の身体の状態や、お腹の中にいる赤ちゃんの状態を確認しながら、どのタイミングで出産させるべきかを医師が慎重に判断しなければなりません。
出産する以外に、妊娠高血圧症候群の影響を抑えるための方法として、以下のようなものが挙げられます。
なるべく安静にする
可能であれば、身体を横にして寝ると、お腹の中の赤ちゃんへの血流が良くなります。
食事療法を行う
極端な食事制限や塩分の制限にはリスクがあります。しかし、食べ過ぎている妊婦が食事量を抑えることには効果が期待できる場合もあります。
降圧剤を使用する
近年では、いくつかの降圧剤が妊婦にも使用できることが分かってきています。降圧剤を使った方が、母子ともに予後が良好であるという報告もあります。
出産すると、母親の高血圧等の症状は急速に改善することが多いです。しかし、妊娠中に腎臓が悪影響を受けた場合などでは、出産後も高血圧が続く等の症状が残ってしまう場合があります。出産後も高血圧が続く場合、降圧剤が処方される等の治療が行われます。
また、妊娠高血圧症候群を発症した女性は、次回以降の妊娠のときにも妊娠高血圧症候群になるリスクが高まってしまいます。そのため、運動や食事、ストレスを溜めないこと等に注意しながら、次の妊娠に備える必要があります。
【事件番号 平19(ワ)2969号、名古屋地方裁判所 平成21年12月16日判決】
本件は、妊娠高血圧症候群を発症した母親が、帝王切開による出産の2日後にHELLP症候群や子癇を発症して、その後死亡した事案です。
裁判所は、出産前の降圧剤の投与時期や、帝王切開を行った時期が遅れた等の過失があることは認めませんでした。しかし、以下の過失があったことを認めました。
出産の翌日に血液検査を行わなかった過失
出産の翌日に降圧剤を投与しなかった過失
そして、出産後の適切なタイミングで血液検査や降圧剤の投与を行わなかった過失がなければ、母親が死亡しなかった高度の蓋然性があるとして、過失と死亡の間に因果関係を認めました。
なお、過失がなかったとしても、母親に腎疾患等の障害が残ったことは十分に考えられるため、損害額について考慮するとしています。
そして、障害について考慮した上で逸失利益の9割にあたるおよそ4957万円、亡くなった母親本人の慰謝料2300万円等、合計約8400万円の請求を認容しました。

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