監修医学博士 弁護士 金﨑 浩之弁護士法人ALG&Associates 代表執行役員 弁護士
出生していない胎児は、民法上、「人」としてみなされず、権利を主張する能力はないとされています。そのため、胎児が死亡した場合は、胎児固有の損害賠償を請求することができません。
そのため、分娩事故のような医療過誤において、胎児が死亡した場合は、妊婦自身の慰謝料や胎児の父親についての慰謝料を、どのように評価し算定するのかが問題となります。
目次
民法上、胎児に権利能力はないとされています(民法3条1項)。 権利能力とは権利・義務の主体となることができる法律上の資格をいい、胎児は、社会生活において、まだ契約等の主体・主役になれないことを意味しています。
このように、胎児に権利能力が認められないことから、医療過誤のような不法行為を受け、出生前に死亡してしまった胎児については、胎児固有の損害賠償権も認められないことになります。
その場合、例え医療過誤が認められても、胎児固有の損害自体が発生していないため、胎児の遺族についても、胎児の損害賠償権を相続することはできません。
では、胎児が医療過誤によって死亡した場合、医師・医療機関側へ何の賠償も請求できないのでしょうか。
この点、次のような理由により、両親の固有の慰謝料として損害賠償請求が認められています。
胎児に対する医療過誤のような不法行為は、同時に妊婦である母親への不法行為と捉えられます。何故なら、出生前の胎児は「人」として扱わず、妊婦の身体の一部として考えられるからです。
そのため、同一の不法行為に対して、胎児の母親は、母親固有の損害賠償権が認められ、精神的損害を加害者側へ請求することができます。
胎児の母親については、胎児が妊婦の身体の一部をなしている観点から、母親固有の損害賠償権が認められました。では、胎児の父親についてはどうでしょうか。
基本的には、民法711条の規定を類推適用し、近親者固有の慰謝料が認められる裁判例が多くあります。
しかしながら、父親の慰謝料は、母親と比べて低く抑えられる傾向にあります。前出の東京地方裁判所八王子支部 平成8年2月19日判決によると「妊婦である原告(母親)には、妊娠、分娩における苦労や苦痛があったことが通常であると考えられることに鑑みれば、その被った精神的苦痛は、父親の原告のそれよりも大きいと考えることができる。」として、母親に対する慰謝料の2分の1の額を、父親の慰謝料として認めています。
このように、父親の損害賠償請求権も認められるものの、母親に比べると低額になっています。
いざ、慰謝料額を算定するとなると、どの程度増額するのかが問題となります。しかし、実際の裁判で認められた慰謝料額は事案によって様々です。
一般的には、数百万円程度が認められる事例が多く、例えば交通事故で胎児死亡になった場合の慰謝料として、150万~800万円が認められているといった裁判例が蓄積されています※1。
※1:「胎児死亡等」(民事交通訴訟・損害賠償額算定基準2021、p199・日弁連交通事故相談センター東京支部編集)
医療過誤によって胎児死亡となった事案に関する最高裁の裁判例はありません。もっとも、下級審において、次のような、交通事故の胎児死亡よりも高額な賠償額が認定されている裁判例があります。
上記からもわかるとおり、出産予定日が近づくに連れて高額になる傾向にあります。
また、③の裁判例では、「一般的な生存率がおよそ95%である妊娠31週の本件胎児」ということも理由とされており、妊娠31週の胎児の生存率は95%であることも考慮されています。
また、初産の場合や、長年不妊治療を継続していて、ようやく妊娠できたという事案などの場合は慰謝料を増額できる可能性があります。いずれにせよ、事案の個別具体的事情を考慮し、集積された裁判例を基に判断が求められます。
このように、胎児死亡の場合でも、胎児固有の損害賠償請求権は認められないものの、両親の固有の損害として、損害賠償請求権が認められます。
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