監修医学博士 弁護士 金﨑 浩之弁護士法人ALG&Associates 代表執行役員 弁護士
患者側が医療過誤を強く疑った、あるいは、確信したからといって、素人考えでいきなり医療側に法的請求(端的には、損害賠償請求)をするのは、多くの場合、賢明ではありません。
「本来、勝てたはずなのに、準備不足で負けてしまった。」
「医療側から反論されて、決定的な誤解に気づいた。誤解がなければ、そもそも医療側を責めることはせず、経済的負担や心理的負担を避けられた。」
こうしたことがなるべくないようにするため、つまり、法的請求の可否(勝算の有無・程度)をなるべく明らかにするため、私たちは、法的請求(示談交渉、調停、ADR、訴訟)を行う前に、調査を行うことを推奨しています。
調査は、事実の調査、医学の調査、これらを踏まえた法的な検討の3つから成ります。
目次
医療者でない人は、自ら診療を受けたとしても、いま何をしてもらっているのか、自分の身体に何が起きているのかを正確に理解していないのが通常でしょう。また、これを理解している人であっても、医療行為の内容や結果(例えば、画像の所見や検査値)をすべて正確に記憶しておくことなどは限りなく不可能に近いです。自分ではなく他人が受けた診療(患者が死亡している場合)となれば、なおさらでしょう。
法的請求の可否(勝算の有無・程度)を明らかにするには、まず、こうした事実を知り、その証拠を入手する必要があるのです。このプロセスを私たちは「事実の調査(事実調査)」と呼んでいます。
そして、事実を知るうえで、良くも悪くも重要なのが、カルテその他の医療記録です。 医療記録には、例えば、次のようなものがあります。
一般に、カルテその他の医療記録は、診療の都度(経時的に)、(基本的には)恣意を介在させずに作成することとされています。詳細は割愛しますが、一定期間の保存が法律上義務付けられているものも少なくありません。そのため、医療記録の記載・入力内容は、裁判においても、事実と認められやすいのです。
もちろん、患者や家族が見聞したこと(記憶)が真実であり、カルテ等の医療記録に残されたことが虚偽である場合もあります。しかし、裁判では、移ろいやすい人間の記憶よりも経時的な記録が重視されます。
患者側としては、医療記録上、自らに有利な記載・入力があれば、当然、援用することになるでしょう。他方、不利な記載・入力があれば、それが真実なのか、真実でないものについては覆すことができるのか、あらかじめよく検討しておかなければなりません。
というわけで、事実調査の対象は、主として、カルテその他の医療記録になります。そのほか、録音、録画、当時のメールなどにも、重要な事実が残されている場合がありますので、軽視できません。
医療記録の多くは医療機関が保有していますので、これをどのように入手するかが問題となります。
入手する手段は、主として、任意開示と証拠保全の2つです。
任意開示とは、医療機関が、患者側(患者自身、患者の遺族、それらの代理人)の請求に応じて任意に開示をすることです。なお、一定以上の規模の医療機関には、開示窓口や開示担当者が置かれています。医療機関により区々ですが、請求から開示までに1ヶ月以上を要することは少なくありません。また、任意開示を得るために、弁護士会照会という手段(弁護士法第23条の2)を用いることもあります。
証拠保全とは、裁判所が、患者側の申立てを受け、必要性があると判断した場合に、医療機関に赴いて、あるがままを保全(検証、記録化)することです。証拠保全が執行されることは執行開始直前まで医療機関に知らされませんので、密行性があるといえます。
法律上保存が義務付けられているものを電子保存する場合(いわゆる「電子カルテ」など)については、変更修正履歴を残すことが要求されています(厚生労働省「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」参照)。そのため、患者側は、この履歴を含めて一切を開示するよう求めること(任意開示請求)によって、通常は、遺漏なく入手することができると期待されます(例外もあります。)。
他方、①法律上保存が義務付けられていないもの(しばしば問題になるのは手術動画)、②法律上保存が義務付けられているが保存期間が経過したもの(例えば、5年前の健康診断の胸部レントゲン検査画像)、③法律上保存が義務付けられているが電子保存されていないもの(いわゆる「紙カルテ」)などについては、任意開示請求よりも時間や費用が掛かりますが、証拠保全を行うことが推奨されることが多いでしょう。
当該事案でいかなる手段を用いるかは、弁護士の助言を得て判断するのが無難です。医療事件に精通した、経験豊富な弁護士であれば、当該事案において重要な証拠は何か、それを入手するのにどのような手段を用いるべきか、してはいけないことは何か、などを的確に判断することができます。この判断は、勝敗を左右しかねない重要な点ですので、ご自身で開示請求を行うとしても、事前に弁護士の助言を得ることをお勧めします。患者側の不用意な開示請求を受けて医療側が破棄、消去するといった事態はぜひとも避けたいところです。
一通りの医療記録を入手できたところで、精査を行います。
複数の医療機関の診療を受けている場合、入院期間が長い場合などには、医療記録の分量が膨大になりがちです。また、弁護士は同時に多数の事件を抱えています。そのため、精査に数ヶ月の時間を要することは少なくありません。
医療記録を精査しながら、医学の調査(医学調査)を行います。
医学の調査とは、まずは、医学文献(ガイドライン、成書、論文等)を調べることです。
それに加え、なるべくは、当該領域を専門とする医師から意見を得ることもします。専門家の指導、教示によって重大な気付きを得られることが多いからです。複数の診療科目にまたがる事案などでは、複数の医師に意見を求めることもあります。これには相応の費用(謝礼金、面談を行う場合の日当・旅費等)が必要になります。
事実の調査と医学の調査を踏まえ、法的な検討(法的検討)を行います。
法的請求(損害賠償請求)が認められるためには、①過失(注意義務違反)、②損害、③因果関係の3要件が欠かせません。3つのうち1つでも欠ければ、請求は認められません(医師等は法的責任を負いません。)。そして、これら3要件を立証する責任を負うのは、原則として、患者側です。裁判所の心証が真偽不明となった場合には、患者側の「負け」となります。
医療事件において、熾烈な争点になりやすいのは、過失(注意義務違反)と因果関係です。
過失に関して、例えば、担当医が患者や遺族の面前で謝罪したとしても、過失がある(過失を認めた)とは限りません。また、患者が手術直後に死亡した場合であっても、過失があるとは限りません。逆に、医療側が今回の後遺症は合併症であり、医療側に非はないと説明したとしても、過失がないとは限りません(合併とは、ある事象に合併、随伴するという意味でしかありません。その合併症が、しかるべき注意を払わずして生じたのであれば、過失が認められることもあります。)。
次に、因果関係に関してですが、例えば、癌の見落としにつき過失が明白でも、その後の死亡が癌やそれに続発する疾患によるものでなければ、因果関係は認められません。また、医学的機序が不明であれば、因果関係は認められません。
弁護士は、実際には、事実の調査と医学の調査を行ったり来たりしながら、法的な検討を行っています(例えば、「この事実を前提にする場合には、過失を主張、立証するのにこのような医学的知見が必要であるから、医学的知見を明記した文献を探してみよう。」といった具合です。)。
この法的検討は、「職人技」のようなところが多分にあります。もちろん、「勝つ」か「負ける」かは、実際に法的請求を行ってみないことには分かりませんが、見極め、見立ての精度は、弁護士の医療事件経験数に相関するに違いありません。
以上を通じ、弁護士は、法的請求の可否(勝算の有無・程度)、可の場合に推奨される手段等について意見をまとめ、最後にそれを依頼者に提供します。
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