
コラム
タイ労務サポート
更新日: 2026年7月24日
タイの労災保険制度を詳しく解説!労務担当者が知っておくべき基礎知識
監修弁護士 川村 励 弁護士法人ALG&Associates バンコクオフィス 所長タイにおける労働災害の発生件数は、年間10万件前後で推移しており、製造業や建設業を中心として高い水準にあります。
タイにも業務上の負傷や疾病に対する労災保険制度が存在しますが、認定基準や給付上限など日本と大きく異なる点もあり、正しい理解が求められます。
予期せぬ労災事故が発生した際、企業の対応が適切であったかどうかが、その後の法的リスクに影響を及ぼす可能性もあります。
本稿では、タイの労災保険の仕組みから給付内容、対象範囲まで詳しく解説します。
タイの労災保険制度
タイの労災保険とは、業務上の負傷や疾病・障害・死亡に対する補償を行うための公的な保険制度です。
「労働者補償法B.E.2537」によって給付内容などが定められており、従業員を1人でも雇用する事業主には、労災保険への加入と保険料の納付が義務付けられています。
また、従業員は雇用初日から労災保険の対象となります。タイの労災保険制度には日本の労災保険制度と異なる点がありますので、タイ特有のルールを正しく理解しておきましょう。
タイの労災保険料
タイでは、労災補償基金への拠出金は使用者が全額負担すると定められているため、従業員に負担させることはできません。
年間の拠出金は「全従業員の賃金の年間総額 × 労働省告示により設定された拠出率」で算出します。
拠出率は、業種によって異なり0.2%〜1.0%の範囲で定められています。拠出率は労災事故のリスクに応じた設定となっており、事務職中心の企業は低く、事故の可能性が見込まれる建設業などでは高く設定される仕組みです。
労災保険料の申告・納付
タイの労災補償基金への拠出金は、社会保障事務所から前年度(1月1日から12月31日)の賃金(初年度の場合は登録時に申告した見込賃金)をベースに計算された拠出額の通知に基づき、1月31日までに納付します。
その後、前年度の実際賃金額を社会保障事務所に報告し、不足額がある場合は、3月末までに追加納付を行う義務があります。なお、会社が支払った拠出金は、全額を会社の経費として控除できます。
タイにおける労災の認定要件
タイの労災認定においても、労災補償の対象となるのは業務に関連した事故に限定されます。具体的には、業務中や使用者の命令・指示による行為中に発生した負傷や疾病などが挙げられます。
日本の労災との最大の違いは「通勤災害」の扱いです。日本では合理的な経路であれば通勤中の事故も労災(通勤災害)として認定されますが、タイでは原則として通常の通勤は労災補償の対象外となります。
ただし、使用者の指示による直行直帰や訪問中の移動であれば、業務関連性が認められ労災として認定される可能性があります。
タイの労災保険の給付内容
タイの労災保険における主な給付は、以下の4点です。
- 医療・療養補償
- 障害補償
- 死亡補償
- リハビリ費用補償
日本の労災にも同様の給付がありますが、その補償範囲や内容は異なります。それぞれの給付内容を正しく理解しておきましょう。
療養補償
療養補償は、業務上の負傷や疾病の治療にかかる医療費実費に対する補償です。
ただし、補償額の上限は、労災補償法に基づく労働大臣の省令(以下、労働省令といいます)により設定されています。
- 軽傷の場合:50,000バーツまで
- 重傷の場合:300,000バーツまで
- 複数の傷病がある場合など:合計で1,000,000バーツまで
- 病室代・食費・医療サービス費用等の経費実費:1日あたり1,300バーツまで
高額な治療や個室を利用した場合などは、労働省令で定められた上限額を超えることも考えられます。
上限額を超えた分については自己負担とするのか否かについてトラブルが発生する可能性があるため、事前に確認しておくべきでしょう。
障害補償
障害補償は、業務上の事故や疾病により、身体機能の一部または全部を喪失するなど障害が残った従業員に対して支払われる給付です。給付額は一律で月額給与の70%とされています。
ただし、給付額には労働省告示による上限があり、実際の支給額は、2026年6月現在、最大で月額14,000バーツとなっています。
給付期間は、同告示により、2026年6月現在、障害の程度に応じて以下の3段階に分かれています。
- 軽度の障害の場合:最長1年間
- 重度の障害:最長10年間
- 今後の就労が不可能な場合(より重度の障害):15年以上
特に重度の場合には、労災保険からの給付では補償が不足する可能性が考えられるため、企業としての対応についても考慮しておく必要があるでしょう。
死亡補償
タイの死亡補償は、業務上の負傷や疾病が原因で従業員が亡くなった、もしくは行方不明となった場合に、その遺族の生活を支えるために支給されるものです。
主な給付内容は以下の2種類です。
- 死亡補償:月額給与の70%(但し、労働省告示により、2026年6月現在、上限14,000バーツ/月)、最長10年間
- 葬儀費用(一時金)補償:労働省令により金額が定められています。
葬儀費用は葬儀を執り行う者に対して支払われます。企業は、これらの公的補償の範囲を理解した上で、遺族への対応を適切に行うことが大切です。
リハビリ費用
リハビリ費用は、被災した従業員の身体機能の回復や職場復帰を支援するための給付です。
給付の対象は、現在の労働省令によれば、医療機関でのリハビリ費用だけでなく、社会保障事務所による復職プログラムも含まれており、非常に幅広い補償がされています。
その他の補償
タイの労災補償にはその他の補償として、「休業補償」や「身体損失補償」があります。
休業補償とは、業務上の負傷や疾病が原因で休業を余儀なくされた期間の賃金を補填する制度です。
原則として、月額賃金の70%(労働省告示により2026年6月現在では上限14,000バーツ/月)が支給されます。申請には診断書の提出が必要とされており、支給期間は、1日以上1年以下になります。
身体損失保障とは、業務上の傷病や疾病により、恒久的に身体の一部に喪失が生じた場合に支払われる給付です。
給付額は月額賃金の70%(労働省告示により上限14,000バーツ/月)です。支給期間は損失した部位や程度によって異なり、最長で10年間の支給となります。
タイの労災保険の対象範囲
タイの労災保険は日本と同じく、業務との関連性の有無が重要視されます。ただし、労災保険の対象となる範囲は日本と異なる点もあり、主な相違点として以下の事例が挙げられます。
例①通勤途中の労働災害
通勤途中の事故は日本では労災として扱われることが一般的ですが、タイでは原則として労災保険の対象外です。ただし、業務上の客先訪問や上司の指示による移動中の事故であれば、業務に関連ありとして認定される可能性もあります。
例②就業時間中の会社敷地外での交通事故
業務命令による外出中の交通事故は業務と関連があるため、会社の敷地外であっても労災保険の対象となります。
例③休憩時間中の会社敷地内での怪我
会社の敷地内であっても、同僚とのスポーツや個人的な活動による怪我は私傷病扱いとなり、労災保険の対象外になります。しかし、「工場の機械が破損していた」など、会社の施設が原因で怪我をしたような場合には、労災として認められる可能性もあるでしょう。
そのほか、日本と同じく、最近の労働省告示によれば、長時間労働による精神疾患も労災保障の対象となっています。
タイで労災が発生した際の申請手続き
タイで労災が発生した際、会社が行う手続きは主に以下の3点となります。
- 病院へ報告書を提出する
会社は労災事故による通院・治療にかかる報告書を作成し、被災した従業員が受診した医療機関へ提出します。 - 社会保障事務所へ必要書類を提出する
会社は労災事故発生から15日以内に、労災による傷病報告や医師の診断書、病院への報告書控えを社会保障事務所へ届け出なければなりません。 - 労働福祉局へ必要書類を提出する
社会保障事務所への報告から7日以内に、上記①、②の書類のコピーを管轄の労働福祉局安全監督官へ提出します。
これらの書類を提出し、労災として認定されれば、労災保険の対象として受給が可能となります。
労災発生時における企業の損害賠償責任
タイの労働安全衛生環境法では、労働災害を防止するために、使用者は安全で衛生的な労働環境を提供し、維持する義務が明示されています。つまり、タイにおいても使用者は労働者に対する安全配慮義務を負っているのです。
もし、会社の設備メンテナンスの不足などによって労災が発生した場合、会社は従業員やその遺族から損害賠償を請求される可能性があります。労災補償からの給付には上限があるため、実際の損害額との乖離分を会社に負担するよう求めるケースもあります。
トラブルが肥大化し裁判に発展すれば多大な時間とコストを要してしまいます。事案発生後、会社は速やかに本人や家族と協議を行い、合意に基づいた補償額を決定するべきでしょう。日頃の安全管理だけでなく、万が一のトラブル対応まで想定しておくことが大切です。
タイ出向者の労災保険と特別加入制度
日本からタイの現地法人へ出向する場合には、日本の労災保険が対象外となるため、原則として現地の労災保険が適用されます。
しかし、タイの労災補償の給付額には上限があるなど、日本の労災保険の水準と比べると不十分といえるでしょう。この場合、日本の労災保険における海外赴任者向けの「特別加入制度」を活用することで、海外に出向中の労災事故であっても日本の労災保険から給付を受けることができます。
特別加入の対象者は、主に以下の2つのパターンに分類されます。
- 海外派遣労働者:日本国内の事業主から、海外の事業に使用される労働者として派遣される者。
- 海外派遣事業主等:日本国内の事業主から、海外にある中小規模の事業に事業主(代表や役員など)として派遣される者。
なお、「中小規模の事業」とは、常時使用する労働者数が300人以下(金融・保険・不動産・小売業は50人以下、卸売・サービス業は100人以下)の規模を指します。
タイの労務管理に関するご相談は、現地の法律に詳しい弁護士にお任せ下さい。
万が一タイで労災事故が発生した場合、会社へ高額な損害賠償を請求するなどの深刻な労使トラブルが生じてしまうおそれがあります。
労災事故を防止するには、現地の法制度を正確に把握し、適切に労務管理を行う必要があります。しかし、頻繁な法改正や現地の慣習を踏まえて対応するにはタイの法律に詳しい弁護士のサポートが不可欠です。
弁護士法人ALGには、日本の労働法だけでなく、タイ現地の法制度や実務に精通した弁護士が在籍しております。貴社の状況を踏まえた上で、就業規則整備などの予防法務はもちろん、トラブル発生時の交渉や裁判の対応まで、一貫したサポートが可能です。
タイにおける労務管理や労災事故の対応に不安があれば、ぜひ私どもへご相談ください。
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