ニューズレター
2021.Mar vol.76
不動産業界:2021.3.vol.76掲載
私が所有し、不動産会社が管理会社兼転貸人として一括借上げをしている物件で、台所の水道管からカタカタ音がするから直してくれ、というクレームが入居者からあったそうです。
この件で管理会社は、水道管の異音は、経年劣化が原因だから修理が必要で、問題の部屋の床と、下の階の壁を剥がして工事をしなければならないから、費用を負担してほしいと言ってきたんです。
私としては、たしかに建物はちょっと古いけれど、そのような音が水道管からするなんて今まで聞いたことがありません。原因は経年劣化ではなく、施工ミスにあると考えているため、私が費用を負担しなければならないのは、明らかにおかしいと思います。だから、管理会社にはそっくりそのままおかしいって言ってやりました。
これで一安心かと思ったら、管理会社が私の許可を得ないまま、勝手に入居者と工事の日取りを決めてしまってたんです。本当にそんな異音がしているのかどうかも不明な状況なので、私としては、その工事が本当に必要なものなのかもわからないのです。
工事の日まであまり時間がないのですが、この工事を止める事ってできませんか。
入居者が物件を使用するのに支障がある程の異音、騒音である場合には、賃貸人が負担すべき費用(法的には「必要費」といいます。)となる可能性があり、その場合には、工事の中止を求めることは難しいでしょう。
騒音工事の費用が「必要費」にあたるかどうかは、その騒音の程度が、客観的に入居者にとって「受忍限度を超える」程の騒音かどうかが問題となります。
「必要費」にあたるかどうかが判然としない本件のような場合、賃貸人としては、賃借人兼転貸人に対して、まずはその工事が本当に必要なものなのかどうかを客観的な資料を用いて説明するように求め、それが分からない限りは修繕工事を拒否する、と通知するという手段に出る方法が考えられます。
賃借人は、次のような場合(または急迫の事情がある場合)に限り修繕をすることができることとなっています(民法第607条の2)。
①賃借物の修繕が必要である場合に、
②ⓐ賃借人が賃貸人に修繕が必要である旨の通知がなされたか、または、
②ⓑ賃貸人がその旨を知っていたにもかかわらず、
③賃貸人が相当期間内に必要な修繕をしないとき
本件で賃貸人としては、①の「修繕が必要」であるのか、修繕費用が「必要費」にあたるのかが判然としないため、賃借人に対し、まずは必要性について客観的資料を求め、その資料に基づき工事の判断をするまで工事の中止ないし延期を申し入れるという手段をとることが考えられます。
民法上、賃貸人による修繕が原則となっていることから、賃借人としては、このように言われた場合には、事実上対応せざるを得ないと考えるものと思われます。ただし、この申し入れは法的拘束力を伴うものではなく、強制できるわけではありません。
そして、本件で「修繕が必要」であるかは、水道管から発生している騒音が、「受忍限度を超える」かどうかを一つの基準として判断されるものと考えられます。
「受忍限度を超える」かどうかとは、語弊を恐れずに平易な言葉で言い換えると、「我慢の限界」かどうかです。
もっとも、我慢の限界かどうかは、当該賃借人の主観を基準にするのではなく、客観的な資料、証拠に基づいて、一般的な賃借人を基準にして判断されます。
賃貸人としては、「カタカタ音がするクレームがきている」という報告だけでは、客観的資料、証拠もなく、一般的な賃借人にとって我慢の限界かどうかを判断できかねるところです。
そこで、上述のように、まずは修繕の必要性について騒音の頻度、大きさなどの資料を求め、その程度が「我慢の限界」を超えるほどか判断をできるまでは工事を中止するよう申し入れるという手段をとることが適当かと考えます。