ニューズレター
2023.May vol.102
不動産業界:2023.5.vol.102掲載
賃貸アパートの火災報知器が経年劣化により数か月前から誤作動を起こし、消防車が何度も出動するという事態が生じたため、全室内の火災報知器の交換工事(以下「本工事」といいます。)を行うことにしました。
そこで、入居者に対し本工事期間中は火災報知器が作動しないことを、訪問し説明を行うことにしましたが、一部の入居者と連絡が取れず、説明できなかったため、本工事を開始し、本工事完了時に火災報知器の交換完了の報告書を全入居者宅に投函しました。
しかし、連絡が取れなかった入居者Aから、「本工事中に火災報知器が鳴らないという命の危険が生じ得る重要な事実の説明を受けていなかったため、本工事期間中の家賃及び管理費を減額すべきだ」との苦情が入りました。
入居者Aの言い分は法律上認められるのでしょうか。
本件の事情においては、賃貸人が入居者Aに対し、家賃及び管理費を減額する義務を負うと判断される可能性は低いものと考えられます。
そもそも、賃借人である入居者Aが主張する賃料の減額請求が認められるには、「賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった」ことが必要となります(民法 611 条 1 項)。
ここから、本件においては、入居者Aがアパートの居室を使用及び収益することができない状態であったか否か、つまり、賃貸人の使用収益義務違反(民法 601 条)又は修繕義務違反(民法 606 条 1 項)の有無が問題となります。
民法上、賃貸人は、賃借人に対し、契約と目的物の性質により定まった使用方法(用法)に従って、目的物を使用させる義務を負っている(民法 601 条)と定められています。
では、本件のようなアパート居室内の火災報知器は、建物賃貸借契約における賃貸目的物の対象に含まれるのでしょうか。
この点、過去の裁判例では、「原告会社と被告との間の賃貸借契約によれば、被告は、建物及び附属設備の維持保全に必要な修繕を行う義務を負っている。そうすると、被告は、賃貸借契約上、原告会社に対して、単に使用収益させる義務だけではなく、建物が通常備えるべき防火及び消防に必要な設備、性能を有する状態で使用収益させる義務を負っていたと解される。なぜなら、防火及び消防の各設備は、建物及び附属設備の維持保全に必要なものだからである。」と判断した事案があります(東京地判平成 24年 8 月 29 日)。
この裁判例の考え方を踏まえますと、本件の火災報知器は、居室内の火災により発生した煙を感知し、音や音声により火災の存在を居住者に知らせる機器であることから、建物及び附属設備の維持保全に必要なものとして、賃貸人の使用収益義務の対象に含まれると考えられます。
では、本件において、火災報知器が使用できない期間に賃貸人が使用収益義務に違反したと扱われるのでしょうか。紹介した裁判例は、防火及び消防の設備が機能しなかったことをもって、全焼に至ったことの責任を肯定する文脈で、使用収益させる義務に関する判断がなされています。本件に照らすと、火災報知器が使用できない期間には問題が生じていないことからすると、使用収益への影響は現実化しておらず、債務不履行になると判断される可能性は低いと考えられます。
賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う(民法 606 条 1 項)と定められています。
ここから、賃貸人は、契約成立後に生じた賃貸目的物の破損・損傷だけではなく、契約成立時に存在する破損・損傷について、契約の目的に従って賃貸目的物を使用できる状態に作出するために修繕を行うという義務を負うと考えられています(東京地判平成 27 年 8 月 26 日等)。
そして、賃貸人が賃貸目的物を修繕するに当たって賃借人に対して、修繕を実施することを報告することは義務の内容とはなっておりません。修繕前に賃借人へ同意や報告を必要とすると、本来、賃貸人が所有する建物(自分の財産)であるにもかかわらず、必要な修繕ができなくなる可能性があり、それは不合理といえます。
さらに、本件においては、賃貸人が賃貸目的物に含まれる火災報知器を正常に使用できる状態に修理することが義務の内容となっていることからすると、修繕できない状態を維持することは不適切であり、修繕を行うことを報告する義務はないと考えられます。
したがって、賃貸人が火災報知器を修理した以上、修繕義務を履行しており、たとえ修理を行うに当たって報告を行っていなかったとしても修繕義務に違反したと判断される可能性は低いと考えられます。