残業代
#残業代
監修 | 弁護士 家永 勲 弁護士法人ALG&Associates 執行役員
会社と社員間のトラブルで最も多いものが、未払い残業代に関する問題です。
例えば、「ある日突然、社員から内容証明が届き、未払い残業代を支払うよう請求された」といったケースが挙げられます。
未払い残業代を放置すると、労基署より調査を受けたり、裁判を起こされたりするなど、紛争へと進展するリスクが高くなります。
特に在籍中の社員から残業代を請求された場合は、他の社員にも余波が広がる可能性があるため、注意が必要です。
本記事では、在籍したまま残業代を請求された場合に、会社側がとるべき対応や注意点、残業代請求されないための対策などについて解説していきます。
目次 [開く]
在籍中の従業員から残業代を請求された場合の対応
在籍中の社員から残業代を請求されたとしても、鵜呑みにしてはなりません。
社員が主張する残業代の金額が間違っている可能性がありますし、そもそも残業代を請求できる権利がない場合もあります。
まずは、会社の手元にある資料(タイムカード、賃金台帳、就業規則、雇用契約書、賃金規程など)を精査し、正確な残業代の金額を算出し、未払い残業代の有無を確認することが必要です。
残業代の未払いが発覚した場合は、支払いを検討しなければなりません。
一方、残業代の未払いがなかった場合や請求金額に誤りがあった場合は、証拠を示しながら、社員に丁寧に説明する必要があります。
合意が得られたなら、合意書を作成しておきましょう。
なお、話し合いでの解決が難しい場合は、労働審判や裁判を開始させることが通例です。
労働審判や裁判では、法律に基づく主張や書面の作成等が必要となります。
会社自身での対応は困難ですので、残業代に精通する弁護士に相談することをお勧めします。
労働組合を通じて請求があった場合
在籍中の残業代請求については、会社との直接交渉を避け、社員が労働組合を通じて残業代を請求することも多いです。
会社は、交渉の義務を負う事項(義務的団交事項)については、団体交渉に応じるべき法的義務を負っています(労働組合法7条2号)。
残業代請求は賃金紛争として義務的団交事項に当たるため、誠実に交渉に応じなければなりません。
ただし、労働組合の要求を必ず飲まなければならないわけではありません。
証拠に基づき、請求内容が適正でない事実を立証できれば、反論することが可能です。
請求内容を精査し、反論点はないか検討することが重要です。
なお、昨今では個人でも加入できる合同労組(ユニオン)があり、組合員の残業代を請求するため、会社に団体交渉を申し込むケースがあります。
ユニオンの担当者は交渉のプロが多く、何ら対策をせずに交渉に臨むと、会社に不利な結果となるリスクが高いです。ユニオンから団体交渉を申し込まれた場合は、弁護士への相談をお勧めします。
労働基準監督署に通報された場合
未払い残業代を放置していると、社員が労働基準監督署に通報することも考えられ、その場合、労働基準監督官が調査に入る可能性が高くなります。
調査では、関係帳簿の確認や、経営者や担当者等からのヒアリングが行われます。
その結果、労基法違反が発覚した場合は、「是正勧告書」という名の警告書が発行されます。
是正期日までに改善措置を講じ、労基署に是正報告書を提出しなければなりません。
是正勧告自体に直接的な罰則はありませんが、適切に改善しないと、会社名が公表されるおそれがあります。
また、残業代の未払いは、「6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金」という刑事罰の対象となっています。
会社や経営者だけでなく、部下に違法な残業を命じた管理職などにも刑事罰が科される可能性があるため注意が必要です。
未払い残業代請求に対する企業側の反論ポイント
未払い残業代を請求された場合に検討すべき会社側の反論として、以下が挙げられます。
社員が主張している労働時間に誤りがある
勤務時間中に仕事とは無関係のことや休憩をしていたり、私用で会社に居残っていたり、通勤ラッシュを避けるなど私的な理由で早出出勤していたようなケースでは、労務の提供がなされていないため、その時間分の残業代は認めないと反論できる可能性があります。
ただし、待機時間や仮眠時間など、指示があればすぐに作業すべき状況にある時間については、休憩ではなく労働時間に含まれるため注意が必要です。会社側が残業を禁止していた
会社として、明確に残業禁止や残業の許可(承認)制を定めているならば、残業は会社の指示によるものではなく、残業代は発生しないと反論できる場合があります。
ただし、会社側が事実上残業を黙認していたり、業務の状況から残業が避けられない状態であったりした場合は、黙示の残業命令があったと判断されるおそれがあります。社員が管理監督者に該当している
社員が管理監督者に当たるならば、深夜手当を除き、残業代を支払う必要がありません。
ただし、管理監督者に該当するには、①経営者と一体的な立場にある、②労働時間が管理されていない、③相応しい待遇を受けている等、厳格な要件を満たす必要があります。固定残業代(みなし残業代)を支給している
すでに固定残業代を支払っており、かつ、残業時間が、固定残業制が予定した時間内に収まっている場合は、残業代は支払い済みと反論できる可能性があります。
もっとも、固定残業制が有効であるには、①固定残業の対価と他の賃金を明確に分けること、②対価として適正な金額であること等の一定の要件を満たす必要があります。
裁判などで固定残業制が否認されると、固定残業代としていたものが基本給に含まれている前提で未払残業代の計算がなされ、多額の支払いが命じられるおそれがあるため、慎重な運用が必要です。残業代請求の消滅時効が成立している
残業代請求については、給料日の翌日から起算し3年で消滅時効が成立します。
未払い残業代の全部又は一部につき時効が成立しているならば、反論することが可能です。
未払い残業代を請求された場合の反論方法について、さらに詳しく知りたい方は以下のページをご覧ください。
さらに詳しく管理職から未払い残業代を請求されたら支払い義務はある?管理監督者との違い在籍したまま残業代を請求されたときの注意点
在籍中の社員から残業代を請求されたときの注意点として、以下が挙げられます。
- ほかの従業員からも請求される可能性がある。
- 消滅時効が中断される
- 従業員に対して不利益な取り扱いをしてはならない
以下で詳しく見ていきましょう。
他の従業員からも請求される可能性がある
在職中に残業代を請求された場合は、社員間で情報の共有がされやすい環境となりますので、当該社員だけでなく、他の社員も一斉に残業代の請求をしてくるおそれがあります。
多額の残業代をまとめて支払う必要が生じると、特に規模の小さな会社にとっては大きな金銭的負担となり、企業経営の深刻な悪化へとつながりかねません。
また、集団で残業代請求をされた場合には、残業代請求をしていない他の社員との平等も図る必要が生じます。
請求してきた社員にだけ残業代を支払うと、社内で不公平感が生じ、モチベーションの低下や退職者の増加といったリスクが生じるため、平等な対応が求められます。
消滅時効が中断・更新される
2020年4月1日以降に発生した残業代については、給料日の翌日から起算して3年、2020年3月31日以前に発生した残業代については2年で消滅時効が成立します。
時効を過ぎた後に、会社側が時効を主張(援用)すれば、残業代の請求権は消滅します。
ただし、残業代を請求され債務の存在を承認すると、時効が更新される場合があるため注意が必要です。
例えば、時効が成立する直前に、社員から内容証明等により残業代を支払うよう催告を受けると、催告日から6ヶ月間、時効の完成が猶予(時効が一時停止)されます。
また、さらに社員がこの6ヶ月の間に裁判や労働審判等を申し立てると、これらの裁判手続きが終わるまでの間、時効の完成が猶予されます。
その後、判決が出て、残業代請求権が確定されると、時効が更新(時効の進行がリセット)され、さらに時効期間が10年延長されることになります。
従業員に対して不利益な扱いをしてはならない
会社としては、残業代請求によってトラブルが生じた社員の扱いに困り、解雇等を検討する場合もあるかもしれません。
しかし、残業代請求は正当な権利行使であり、残業代請求を理由とした不利益取扱いは法律上禁止されています。
本人の望まない人事異動や降格、減給、解雇などの不利益な取り扱いをした場合は、これらの効力が否定される場合があるため注意が必要です。
もっとも、会社は労基署への通報を理由に処分するのではなく、経営上の必要のために解雇等を行う可能性もあるでしょう。
このような場合は、裁判などに備えて、残業代請求に対する嫌がらせではないことを証明するための証拠を十分に準備しておくことが望ましいといえます。
在籍中の従業員から残業代請求されないための対策
在籍中の社員から残業代請求されないための対策として、以下が挙げられます。
就業規則等を整備する
就業規則や賃金規程等の内容に不備がないか、賃金規程・雇用契約書・給与明細等の各内容が一致しているか、定期的に確認することが必要です。
給与体系や残業代計算の見直し
給与体系(固定残業制や歩合給制など)が正しく運用されているかどうか、残業代計算が正確に行われているかどうかを定期的に精査し、必要な場合は見直しが必要です。
労働時間を正しく把握する
労働時間管理が不適切だと、社員の実際の労働時間と、会社側の労働時間の記録の「乖離」が発生し、未払い残業代のリスクが生じます。
勤怠管理システム等を整備して労働時間に当たるのか曖昧にならないようにし、日々正確に労働時間を記録することが必要です。残業を許可制にする
残業代の金額を抑えるために、残業の許可制を設け、上司の決裁がなければ残業できないようにすることが有効です。就業規則に残業の許可制を記載しましょう。
在籍中の従業員からの残業代請求に関する裁判例
ここで、在籍中の社員からの残業代請求に関する裁判例【東京地方裁判所 平成25年12月25日判決】をご紹介します。
事件の概要
原告は、被告の経営する化粧品会社の工場で、技術部員として働いていました。
原告は、会社より黙示的に早出出勤を命じられていたとして、未払いの早出残業代を求めて提訴した事案です。
裁判所の判断
裁判所は、以下の事情を踏まえて、本件の早出出勤は労働時間に当たらないため、残業代請求は認められないと判示しました。
- 早出出勤は、通勤時の交通事情から早めに出社するといったケースもあるため、業務上の必要性の有無を具体的に検討することが必要である。
- 常に原告は始業時間8時30分よりも1時間早い、7時30分頃に出社していたが、1時間も早く職場に来る必要性があったことを認めるに足る証拠がない
- 原告自身、タイムカード打刻後、事務所に行くこともあれば、食堂で話をしていたこともあり、常時やるべき仕事があったわけではなかったと認めている
- 被告は労基署から原告の上⻑が早出出勤している際は、早出出勤の必要性があったとして、早出出勤分の残業代を⽀払うよう指導を受け、時間外⼿当を⽀払っていた
ポイント・解説
本件のポイントは、早出出勤するべき業務上の必要性が認められなかったため、労働時間に当たらず、残業代の支払いは認められないと裁判所が示した点にあります。
労働基準法の労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれた時間を意味し、会社から業務に従事するよう指示を受けていたか等により判断されるのが通例です。
そのため、会社からの指示によらず、早出して自主的に業務したり、ラッシュを避けたいなど私的な理由で早出したりするならば、労働時間には当たらないと考えられます。
一方、業務量が多すぎて仕事が終わらず、やむを得ず早出しているといった事情がある場合は、会社による黙示の指示があったとして、労働時間になる可能性が高くなります。
このようなリスクを防ぐには、早出を上司の事前許可制とすることや、業務量の調整といった措置を講じる必要があるでしょう。
在籍中の従業員から残業代を請求されたら、なるべくお早めに弁護士にご相談下さい。
在職中の社員から未払い残業代を請求された場合、まず会社側からどのような反論ができるのかを十分に検討し、状況に応じた適切な対応をとる必要があります。
ただし、残業代をめぐっては、固定残業制の有効性や管理監督者の該当性、時効の問題など、様々な論点が絡んでくるため、法的知識がなければ対応が困難です。
この点、弁護士に依頼すれば、これらすべてをカバーすることが可能です。
弁護士法人ALGには、労働問題に精通する弁護士が多く所属しております。
示談交渉で終わらせるのか、労働審判や裁判を行うのかといった手続き面や、落としどころをどこにするかといった戦略面など、経験的知識を踏まえてアドバイスいたしますので、ぜひご相談ください。
この記事の監修
弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 執行役員
- 保有資格
- 弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
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