解雇
#懲戒解雇

監修 | 弁護士 家永 勲 弁護士法人ALG&Associates 執行役員
「懲戒解雇」は会社が行う懲戒処分のなかで最も重い処分です。
従業員に相当程度の非違行為があれば、懲戒解雇の選択もやむを得ない、といったケースもあるでしょう。
しかし、懲戒解雇は従業員の生活にもたらす影響が非常に大きいため、会社としても安易に決断してよいものではありません。
権利の濫用といえる懲戒解雇は許されませんので、司法の場では、有効性が厳格に判断されることになります。
もし、懲戒解雇が無効となれば、未払い賃金など大きなデメリットを被るのは会社側になります。
本稿では懲戒解雇のデメリットや懲戒解雇のリスク対策について解説していきますので、懲戒解雇を検討する際にご参考下さい。
目次 [開く]
従業員を懲戒解雇する際の3つのデメリット
懲戒解雇とは、従業員が重大な規律違反を犯した場合に、会社から一方的に労働契約を解除する処分をいいます。
普通解雇等とは違い、従業員の非違行為に対する制裁として契約を解除します。
懲戒解雇は従業員にとって職を失うことであり、生活への影響も大きいため、訴訟トラブルに発展することも少なくありません。
懲戒解雇によるデメリットは大きく3つに分けられます。
- 訴訟を起こされたら敗訴するリスクがある
- 敗訴した際のダメージが大きい
- 裁判になったときに労力や費用負担がかかる
以降で各デメリットについて詳しく解説していきます。
①訴訟を起こされたら敗訴するリスクがある
従業員から懲戒解雇は不当であると訴訟を起こされた場合、懲戒解雇の妥当性は会社が立証しなければなりません。
もし、有効な証拠を提出できなければ、懲戒解雇は無効と判断されるおそれがあります。
懲戒解雇が認められるためには、一般的に以下の要件を満たす必要があります。
- 就業規則に懲戒解雇事由が規定されている
- 懲戒解雇事由に該当する非違行為があった
- 懲戒解雇の意思表示がされたこと
- 懲戒解雇が権利濫用にあたらないこと
上記の要件が欠けていると無効と判断される可能性が高まりますので、懲戒解雇を検討する場合は、それぞれの要件を証明する証拠があるかどうか確認しましょう。
懲戒解雇が無効となった判例
会社としては相当な理由をもって懲戒解雇に臨んだとしても、証拠や手続きなどに不備があれば、無効と判断されるおそれがあります。
懲戒解雇が無効と判断された株式会社マルハン事件をご紹介します。
(平成29年(ワ)第40629号・令和元年6月26日・東京地方裁判所・第一審)
パチンコホールを経営するY社で店長として勤務していたXは、複数の部下やスタッフへのセクハラ、パワハラを行ったとして懲戒解雇及び普通解雇処分を受けました。
この処分を不服としたXは、解雇は無効であるとして、訴訟を提起しました。
セクハラについて裁判所は、男女関係はあったもののセクハラには該当せず、職場の秩序の乱れはあったと考えられるものの、具体的な悪影響が生じたのかは不明としました。
また、パワハラについて、行き過ぎた言動であっても悪質とまではいえず懲戒解雇事由には該当しないとしました。
また、処分の手続きにおいて、どのような審議が為されたのかが明確でなく、Xに対して反論の機会が実質的に保証されていたのかは疑問としました。
本事案について裁判所は、懲戒解雇事由への明確な該当性がなく、手続き上にも不備がみられると判断しました。
本件懲戒解雇については、客観的合理的な理由を欠き、社会通念上相当とは認められないとして、無効であり、普通解雇についても無効と判断されました。
②敗訴した際のダメージが大きい
もし、懲戒解雇が無効と判断された場合、敗訴によって会社には様々な不利益が生じる可能性があります。
懲戒解雇が無効であれば、懲戒解雇の事実そのものが無かったことになります。
つまり、懲戒解雇を言い渡した時点に遡って従業員との雇用契約が復活することになり、その間の未払い賃金を支払う必要が生じます(バックペイ)。
従業員が復職を希望する場合には、懲戒解雇時と同様の条件で復職させなければなりません。
裁判が長引けばバックペイの金額も大きくなります。
また、従業員の非違行為によっては復職によって社内の従業員のモチベーション等にも影響するおそれがあるでしょう。
③裁判になったときに労力や費用負担がかかる
懲戒解雇の無効を訴える法的対処としては、地位確認を目的とした訴訟もしくは労働審判が一般的な選択肢です。
労働審判は短期解決を目的とした制度であるため、訴訟に比べると対応期間や労力などは少なくてすむでしょう。
しかし、どのような措置を選択するかは従業員が決めることであり、会社側から働きかけることは難しいといえます。
もし、訴訟になれば長期戦になることもあり、社員だけで対処する場合には多大な労力を割くことになります。
訴訟等になれば専門知識も必要となるため、対応については弁護士に任せることが多いでしょう。
弁護士が代理人として書面作成、出廷することで社内の労力を軽減することはできますが、そのぶん弁護士費用が必要となります。
懲戒解雇トラブルが訴訟等に発展すれば、労力や費用負担が発生することは避けられない問題になります。
従業員を懲戒処分する際のメリット
懲戒解雇には大きなデメリットがある一方、メリットも存在します。
重大な規律違反を犯した従業員に適切な懲戒処分を行うことは、再発防止になり、社内の秩序を維持することに繋がります。
もし、処分を行わず放置すれば、周囲に悪影響を与え、組織全体の規律が乱れる可能性があります。
特に懲戒解雇は、従業員の同意を得ず労働契約を一方的に終了させるという、最大にして最後の手段です。
その切り札があることで、重大な不正を行った従業員などに対して、会社が毅然とした姿勢を示すことができる点は大きなメリットといえるでしょう。
社内の秩序を健全化できれば、他の従業員のモチベーション維持にも効果が期待できます。
従業員の不祥事の内容によっては、放置することで対外的な企業イメージを損なうおそれもあります。
懲戒処分を行うことは、不正行為を許さないというメッセージであり、企業イメージの回復にも繋がることでしょう。
懲戒解雇はリスクを伴いますが、メリットも踏まえた上で、最善策を検討する必要があります。
懲戒解雇のリスクを減らすために企業がすべき対策
懲戒解雇は会社にとって、規律を維持するために必要な手段です。しかし、従業員への不利益が大きいため、有効性については厳しい判断となる傾向があります。有効な手段とするためにも、リスクを踏まえた対策が必要です。懲戒解雇のリスク対策としては以下のようなポイントがあります。
- 弁護士に事前相談する
- 懲戒解雇を裏付ける証拠を確保する
- 改善や弁明の機会を与える
- 退職勧奨を検討する
- 普通解雇を検討する
以降で、各ポイントについて解説していきます。
弁護士に事前相談する
懲戒解雇は会社にとって非常にデリケートな問題であり、精神的な負担も大きいものです。
このような問題を社外の人間に相談することに抵抗を感じるかもしれません。
しかし、懲戒解雇は訴訟等に発展するリスクもあるため、処分を検討する早い段階で弁護士へ相談することは非常に有効な手段といえます。
弁護士には守秘義務があるため、社内の問題が不必要に露呈することはありません。
また、弁護士に相談することで、客観的なアドバイスを得ることができれば、感情的な判断に惑わされずにすみます。
相談するときは労働法に専門性をもつ弁護士を選択するとよいでしょう。
専門知識に基づく的確な判断を参考にできれば、リスクを最小限に抑えながら処分を円滑に進めることが可能になります。
懲戒解雇を裏付ける証拠を確保する
懲戒解雇トラブルが訴訟等に発展した場合、客観的な証拠の有無が、懲戒解雇の有効性の判断に大きく影響します。
もし、懲戒事由が明確でなく、証拠が不十分であれば、不当解雇と判断される可能性が高まり、会社は大きな損害を被ることになるかもしれません。
懲戒解雇を行う上では、十分な証拠を確保しておくことは不可欠であると考えておきましょう。懲戒解雇を裏付ける証拠としては以下のものが挙げられます。
- メールや社内文書(報告書、メモ、指導書など)
- 出勤簿やタイムカードなどの記録
- 不正行為であれば、不正書類や破損した物品など物的証拠
- 関係者からのヒアリング内容
事案によって証拠の適格性は異なりますので、どのような証拠が必要になるのかは弁護士へ確認した方がよいでしょう。
改善や弁明の機会を与える
従業員に何らかの非違行為があったとしても、1回の行為をもって懲戒解雇にすることは難しいといえます。
会社には従業員を教育する義務がありますので、注意し、改善の機会を与える必要があります。
注意や指導を行っても非違行為を繰り返すようであれば、懲戒処分を検討することになります。
しかし、処分を実行する前には、従業員に弁明の機会を与えることも必要です。
本人の言い分を聞く機会を設けなければ、審議の過程が不明瞭であるとして、不当処分と判断されるおそれがあります。
懲戒解雇が相当と判断されるためには、非違行為の内容や経緯などはもちろん、本人の動機や反省の有無なども総合した上で決定しなければなりません。
弁明の機会については就業規則に規定がある場合とない場合がありますが、規定がなければ機会を与えなくてもよいというわけではありません。
特別な事情がない限り、弁明の機会を与えるようにしましょう。
退職勧奨を検討する
懲戒解雇はトラブルに発展しやすいため、リスクの大きさを踏まえれば他の手段を検討したほうが得策ともいえます。
懲戒解雇を行う前に、退職勧奨を検討してみることも有効な手段です。
懲戒解雇は、制裁として会社から一方的に雇用契約を解除する行為であるのに対し、退職勧奨は話し合いによって従業員が自主的に退職する行為です。
退職勧奨を選択することで、訴訟リスクを軽減することができ、円満な解決になる可能性が高まります。
ただし、重大な規律違反に対する制裁や企業イメージの回復といった点に関しては、効果は薄いでしょう。
退職勧奨はあくまで話し合いによる解決ですので、「退職に応じなければ減給する」など、従業員に対して圧力を加えることは許されません。
退職勧奨に応じないことによる不利益を交渉材料とした場合は、退職強要として不当解雇と判断され得ます。
退職勧奨の進め方に疑問があれば、弁護士に相談してみましょう。
詳しくは以下のページをご覧ください。
さらに詳しく退職勧奨が違法となるケース普通解雇を検討する
懲戒解雇は違反行為に対する制裁としての処分です。 それに対し、普通解雇は会社側の都合や従業員の能力不足など、雇用契約を継続しがたい場合に選択する手段です。
どちらも会社側からの一方的な契約解除ではありますが、司法の場では、懲戒解雇のほうがより厳格に判断されることになります。
普通解雇を行う場合、以下の4要件を満たしているかどうかが判断のポイントとなります。
- 客観的に合理的な理由があるか
- 解雇予告または解雇予告手当の支払い
- 法令上の解雇制限に該当しない
- 社会通念上相当といえること
従業員の問題行為によっては、懲戒解雇と普通解雇いずれにも該当することがあります。
制裁として懲戒解雇を選択する場合であっても、懲戒解雇は多くの制限を受けるため、予備的に普通解雇も言い渡すことがあります。
判例においても懲戒解雇は無効であっても、普通解雇は有効と判断されることがあります。
普通解雇についても意思表示しておくことで、従業員の復職を避けることができます。
詳しくは以下のページをご覧ください。
さらに詳しく普通解雇の4つの要件懲戒解雇によるデメリットやリスクを避けるためにも弁護士にご相談ください!
懲戒解雇は会社の秩序を守るための最後の切り札です。
しかし、従業員に与える不利益が大きいため、会社が安易に選択することは司法の場では認められません。
不当に懲戒解雇を行ったと判断されれば、バックペイや企業イメージの低下など会社に大きなダメージが生じるおそれもあります。
懲戒解雇の決断は慎重に行わなければならないといえるでしょう。
懲戒解雇によるデメリットの軽減やリスク対策は弁護士へご相談下さい。
弁護士法人ALGでは、多業種の企業労務に携わっており、懲戒解雇を含む懲戒処分のサポートについても数多くの実績があります。
懲戒処分の妥当性や資料準備、トラブル対応まで幅広く対応していますので、懲戒解雇に少しでも不安があれば、まずはお気軽にお問い合わせください。
この記事の監修

弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 執行役員
- 保有資格
- 弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
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