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育休明けの従業員に人事異動を命じてもいい?企業の配慮義務や注意点

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監修 | 弁護士 家永 勲 弁護士法人ALG&Associates 執行役員

業務上の必要性や人材育成のために、社員に対して人事異動を命じる会社は多いかと思います。

ただし、育児中など家庭の特別の事情を抱える社員に対して人事異動(転勤)を命じる場合は、育児の状況等に配慮して慎重に判断する必要があります。安易に人事異動命令を出すと、後に裁判で訴えらえて無効となるリスクがあるため注意が必要です。

そこで、このページでは、そもそも育休明けの社員に対しても人事異動(転勤)命令を出すことはできるのか、育休明けの転勤命令の有効性、企業に求められる配慮義務や注意点などについて解説していきます。

目次 [開く]

育休明けの従業員に人事異動(転勤)を命じることは可能?

就業規則や雇用契約書に配置転換の定めがあれば、会社は配置転換命令権を有することになります。

その上で、勤務地や職種を限定する契約も存在しないならば、育児休業明けの社員に対して人事異動(転勤)を命じることは基本的に可能です。

ただし、定めがあるからといって無制限に配転命令を行使できるわけではありません。

裁判例は、配転命令について、①業務上の必要性がない場合、または、②業務上の必要性があっても不当な動機・目的をもってなされた場合、あるいは社員に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を与える場合は、権利濫用にあたると判断しています。不利益の著しい転勤命令は無効の可能性があり、育児もその理由となり得ます。

育休取得を理由とした不利益取扱いは禁止

育児・介護休業法10条は、社員が育児休業の申し出や取得したことを理由として、会社が解雇など不利益な取扱いをすることを禁止しています。この不利益な取扱いの中には、不利益な配置転換も含まれます。

不利益な配置転換にあたるかどうかは、配転の理由、配転前後の賃金やその他労働条件、通勤事情、社員に与える影響などをもとに総合的に判断されます。

裁判例では、営業部のチームリーダーとして37人の部下を持つ女性社員を、育休明け後に新設のアカウントセールス部門の部下0人のマネージャーに転換させて、電話営業などに従事させたことは、減給や降格などがなされていなくとも、妊娠前と比べて業務の質が著しく低下しキャリアアップを損なうものであるため、不利益な配置転換にあたると判示しています(東京高等裁判所 令和5年4月27日判決)。

原職または原職相当職への復帰が原則

育児・介護休業法の指針では、育休明けの職場復帰がスムーズに行われるよう、「育児休業後においては原則として原職または原職相当職に復帰させるよう配慮すること」を定めています。そのため、まずは育休明けの社員を原職または原職相当職に復帰させることが原則となります。

原職相当職の範囲については、会社ごとの経営状況や業務配分、その他労務管理の状況によってケースバイケースですが、原職相当と判断されるためには基本的に以下の要件をすべて満たす必要があります。

  • 休業後の役職や地位が休業前より下回っていないこと
  • 休業前と休業後とで職務内容が異なっていないこと
  • 休業前と休業後とで働く事業所が同じであること

もしも原職相当職がないのであれば、不利益変更の禁止に注意しながら、他の業務への配置転換を検討する必要があります。

育児・介護休業法(第26条)では「配慮義務」が求められる

住居の移転などを伴う転勤は、働きながらの育児や介護を困難にする場合があります。

そのため、育児・介護休業法26条は、育児・介護中の社員に転勤命令を出す場合は、社員の育児や介護の状況について配慮することを会社側に義務づけています。

  • 育児・介護休業法26条

    「事業主は、その雇用する労働者の配置の変更で就業場所の変更を伴うものをしようとする場合において、その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の状況に配慮しなければならない。」

配慮するべき具体的な内容については、厚生労働省の指針や通達で示されています。以下で詳しく見ていきましょう。

育児・介護休業法に関する指針

厚生労働省による育児・介護休業法の指針では、育児中や介護中の社員を転勤させる際に、会社に求められる「配慮」の具体例として以下を挙げています(平成21年厚生労働省告示第509号)。

  • 社員の育児や家族の介護の状況を把握すること
  • 社員本人の意向をしんしゃくすること
  • 育児や家族の介護の代替手段の有無を確認すること

そのため、育休明けの社員に対して転勤命令を出す場合は、社員の育児の状況を把握し、社員本人の意向を汲み取り、転勤先近辺の育児サービスの調査など代替手段の有無を確認するなどして、育児が困難とならないよう配慮する必要があるといえます。

育児・介護休業法に関する通達

さらに、育児・介護休業法に関する通達では、育児・介護中の社員の転勤命令を出す場合に求められる配慮について、以下のように示しています(平成28年8月2日職発0802第1号・雇児発0802第3号)。

  • 配置の変更をしないといった配置そのものについての結果や、労働者の育児や介護の負担を軽減するための積極的な措置を講ずることを事業主に求めるものではない。

つまり、配慮は求められるものの、転勤そのものの中止や、社員の育児負担を軽減するための積極的措置を講じることを会社側に求めるものではないとされています。そのため、会社として育児についての配慮義務を尽くせば、育休明けの社員に転勤命令を出すことは可能であるといえます。

育休明けの転勤命令が無効・違法になるケースとは?

配転命令権の行使は無制限に認められるわけではありません。

判例は、以下のいずれかにあたる場合は、配転命令が権利濫用として違法・無効となると判断しています(最高裁判所第2小法廷 昭和61年7月14日判決)。

  • 業務上の必要性がない場合
  • 不当な動機・目的をもってなされた場合
  • 社員の被る不利益が通常甘受すべき程度を著しく超える場合

たとえ育休明けの転勤でも、そのものに違法性はありません。ただし、業務上の必要性がない転勤や、退職に追い込むことや報復を目的とした転勤、社員に著しい不利益を与える転勤については、権利濫用にあたる場合があります。

裁判例でも、夫婦共働きで重度のアトピーの子供2人を養育する夫の転勤につき、育児負担が特段に重く妻の退職が不可避であるため、通常甘受すべき不利益ではないとして、無効と判断しています(東京地方裁判所 平成14年12月27日判決)。

育休明けの従業員に転勤を命じる際の4つの注意点

育休明けの社員に転勤命令を出すときは、以下の点に注意する必要があります。

  • 就業規則等で転勤命令について定めておく
  • 従業員の家庭の状況を把握する
  • 転勤による負担を軽減できるか検討する
  • 転勤命令は書面で交付する

順番に見ていきましょう。

①就業規則等で転勤命令について定めておく

転勤を命じるには、就業規則や雇用契約書などに転勤命令の裏付けとなる規定を設けておく必要があります。

例えば、「業務上の都合により、配置転換、転勤を命ずることがある」といった規定があれば、会社には転勤命令権があると考えることができます。

入社時から「転勤の可能性があること」を周知しておけば、トラブルを防止することが可能です。

また、あわせて転勤の対象者の要件やルール、金銭面の条件(転勤費用の負担や単身赴任手当の支給等)なども定めておくべきでしょう。

なお、転勤を命じるには、前提として個別の雇用契約に職種や勤務地を限定する合意がなされていないことも求められます。採用時に転勤を制限する約束を社員としていなかったか確認することも必要です。

②従業員の家庭の状況を把握する

育児中の社員に転勤を命じる場合は、社員の家庭の状況について正確に把握することが重要です。状況を把握しないと、社員に配慮することができないためです。

把握しておくべき事項として、以下が挙げられます。

  • 育児・介護の状況
  • 他の家族による育児の状況
  • 未成年者・要介護者の状況
  • 現住所
  • 住宅費の負担状況
  • 配偶者や扶養家族の有無
  • 共働きか、専業主婦(主夫)か
  • 同居家族の属性や人数、年齢
  • 社員の健康状態
  • 子供の就学の有無、健康状態など

転勤に対する社員の意向を確認した上で、社員側の個人的事情として転勤が難しい事情がないかを確認することが必要です。

③転勤による負担を軽減できるか検討する

社員から家庭の事情についてヒアリングした上で、転勤を命じる前に、転勤による負担を軽減する対策がないかどうか検討することも必要です。

検討例として以下が挙げられます。

  • 転勤そのものを避ける対策はないか
  • 他の社員で代替できないか
  • より不利益の少ない場所への転勤はできないか
  • 転勤先の近隣で保育所を利用することができるか
  • 転勤先周辺に医療機関はあるか
  • 転居を伴わない転勤の場合は、転勤後の通勤所要時間、通勤経路
  • 引っ越し代、転勤先での賃料負担、社宅の提供、手当の支給などを行うか

転勤に関する裁判例でも、転勤命令を有効と判断する要件の1つとして、「会社が転勤する社員に対して一定の配慮をしていること」が示されています。会社として配慮できる内容を十分に検討することが大切です。

④転勤命令は書面で交付する

転勤の必要性や転勤後の勤務条件などを社員に説明し、転勤に応じるよう説得したうえで、転勤命令を出します。

万が一社員が転勤命令を拒否した場合は、命令拒否に対する処分を行う可能性もあります。

そのため、転勤命令は「辞令」として書面で交付するなど、命令を出したことが客観的に分かる形にすることが望ましいといえます。また、転勤命令を伝えたことやその理由についての証拠を残すためにも書面の交付が必要です。

辞令には、転勤日時や転勤対象者名、発行者、転勤の内容(新しい勤務地、配属先、職務、役職など)を明記しておきましょう。

育児を理由に転勤を拒否された場合の対応

社員に最大限配慮を尽くしたとしても、育児を理由に転勤を拒否される可能性もあります。

その場合の対応方法について、次項で見ていきましょう。

転勤できないことを証明する資料の提出を求める

社員から転勤を拒否された場合は、まずは転勤を拒否する理由を聴取し、転勤拒否に正当な理由があるかどうかを確認しましょう。それと同時に、転勤できないことを証明する証拠資料の提出を求めることも必要です。理由によっては、会社として転勤命令を撤回する必要性も生じるからです。

例えば、社員から提出してもらうべき資料として以下が挙げられます。

  • 子供の健康状態を証明する資料(診断書、カルテ、医師の意見書、診療報酬明細書など)
  • 子供の通園先、通学先を証明する資料
  • 配偶者や扶養家族がいることを証明する資料(戸籍謄本、住民票、所得証明書など)

転勤の目的や必要性について丁寧に説明する

育児中の社員に転勤命令を出すと、社員本人だけでなく、家族などにも負担がかかる可能性が高いです。そのため、育児中の社員に転勤命令を出す場合は、その転勤の目的や必要性について丁寧に説明する必要があります。

またそれと同時に、転勤対象者となった理由や、転勤後の具体的な業務内容などについても説明を行い、転勤に納得してもらえるよう努力しましょう。

社員に説明すべき事項の例として、以下が挙げられます。

  • 転勤が必要となった理由
  • 転勤対象者を選んだ基準
  • 転勤後の勤務地、職務内容
  • 転勤後の勤務条件
  • 引っ越し代の負担、手当の支給、社宅の提供など、転勤にあたり会社として予定する配慮の内容
  • 転勤後の通勤所要時間、通勤経路

転勤を拒否する従業員を解雇できるか

業務上の必要性があり、不当な目的もなく、社員に与える不利益が通常程度であれば、権利濫用にはあたらず転勤命令は有効となるのが原則です。有効な転勤命令を出したにもかかわらず社員が従わない場合は、重大な企業秩序違反として解雇も辞さない姿勢が求められます。

ただし、解雇権濫用法理というルールが存在し(労契法16条)、解雇するには客観的に合理的な理由と社会的相当性が求められます。解雇が認められるハードルは高く、社員への説明など手続面で問題があることや、社員の事情に十分配慮していないことなどを理由に解雇を無効とする裁判例も存在します。

不当解雇として労働審判や裁判を起こされるリスクがあるため、まずは退職勧奨を行い、解雇は最後の手段として慎重に検討すべきでしょう。

育児中の従業員への転勤命令が有効とされた裁判例

ここで、育児中の社員への転勤命令が有効とされた裁判例をご紹介します。

事件の概要(平成8年(オ)128号 最高裁判所第三小法廷 平成12年1月28日判決)

目黒区から八王子の事業所への転勤を命じられた女性社員が、通勤時間が長くなり、子供の保育園送迎ができなくなるという理由で転勤を拒否したため、懲戒解雇されました。これを不服とした社員が、不当解雇であるとして会社側を訴えた事案です。

夫婦共働きで、女性社員は3歳の子供を保育園に預けながらフルタイムで働いていましたが、この転勤により通勤時間が片道1時間45分程度かかるなどの不利益を負うことが予定されていました。

裁判所の判断

裁判所は以下を理由に、本件転勤命令には業務上の必要性があり、不当な動機・目的もなく、転勤により社員が被る不利益は必ずしも小さくはないが、通常甘受すべき程度を著しく超えるとはいえないとして有効と判断しました。

  • 八王子事業所を退職予定の社員の補充を早急に行う必要があり、製造現場経験があり40歳未満の者という基準を設けて女性社員を選定している。
  • 女性社員の自宅から八王子への通勤時間が片道約1時間45分であり、八王子事業所の社員の中に同じ程度の通勤時間をかけている者が数十名いる。
  • 八王子事業所の周辺に入居可能な住宅があり、八王子市内、隣の市内には利用可能な保育園もある。
  • 八王子周辺からの夫の通勤時間は約1時間である。

ポイント・解説

裁判所は、業務上の必要性と、転勤によって女性社員が負う不利益とを比較衡量して、転勤命令を有効と判断したものと考えられます。

また、裁判所は八王子に転居すれば、八王子の保育園に子供を預けることが可能であり、転勤命令に応じるべき義務があると示し、懲戒解雇も合法であると示しています。

ただし、本判決が出された後、平成13年の育児・介護休業法の改正により、育児・介護中の社員に転勤命令を出すにあたって、社員の育児・介護の状況に配慮すべきことが義務付けられています。

また、現在では社会状況も変化しているため、今後この判例と同様のトラブルが発生した場合に、同じ結論が導かれるとは限らないため注意が必要です。

育児中の従業員への転勤命令が無効とされた裁判例

これに対し、育児中の社員への転勤命令が無効と判断された裁判例をご紹介します。

事件の概要(平14(ヨ)21112号 東京地方裁判所 平成14年12月27日判決)

Y社は男性社員Xに対し、東京から大阪支社への転勤命令を出しましたが、Xは妻と共働きであること、3歳と6ヶ月の子供が重度のアトピー性皮膚炎で東京都内にある病院に週2回通院していること、また今後両親の介護の必要があることなどを理由に、転勤命令を拒否しました。その後、XはY社の出した転勤命令は権利濫用にあたり無効であるとして、Y社を訴えた事案です。

裁判所の判断

裁判所は以下を理由に、本件転勤命令は業務上の必要性が認められるものの、Xに対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるから、権利濫用として無効と判断しました。

  • 大阪支社の営業部員の状況等を背景に、Xを異動対象としたことは合理的であり、その異動はY社の合理的経営に寄与するため、本件転勤命令について、業務上の必要性があると認められる。
  • Y社は家賃の9割負担や、帰京交通費・月3万の手当の支給を申し出ており、Xの金銭的な不利益については相当の配慮を尽くしているが、Xの2人の子がいずれも3歳以下であり、重度のアトピーであるため、育児に関するXの不利益は著しく、金銭的なカバーでは十分な配慮とはいえない。
  • Y社は転勤に応じることのみを強く求め、転勤を再検討することは一度もなかったため、育介法26条の「配慮」の趣旨に反する。

ポイント・解説

裁判所は、共働きの夫婦におけるアトピーの子らの育児の不利益は、通常甘受すべき不利益を著しく超えるものとして、転勤命令を無効と判断しています。

本件のように病気の家族を社員がみる必要がある場合で、病気の家族が転勤先に同行できないような場合は、転勤命令が無効と判断される可能性が高いため注意が必要です。

また、本判決では育介法26条の「配慮」については、社員が転勤を拒否する場合は、育児の負担がどの程度であるか、どのような回避策があるかの検討など真摯な対応が求められると判断されるが、本件ではこれらの対応を行わず転勤を一貫して強要しているため、同条の趣旨に反し無効としています。育介法に実質的な効力を認めた点で重要な裁判例であるといえます。

人事異動による労使トラブルを防ぐために、労働問題に強い弁護士がアドバイスいたします。

育児休業明けの社員には、できる限りの配慮を尽くしてから転勤を命じることが重要です。

人事異動の有効性については、裁判リスクを伴う慎重な判断が求められます。人事異動による労使トラブルを防止するには、労働法に詳しい弁護士に相談するのがおすすめです。

弁護士法人ALGには労働問題に強い弁護士が多く所属しており、対象社員への人事異動が法的に有効に行えるのかどうか、人事異動を命じる際の注意点、拒否された場合の対処法などについて、経験的知識をもとにご提案・アドバイスすることが可能です。ぜひ一度お問い合わせください。

この記事の監修

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弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 執行役員

保有資格
弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

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