労働審判
#残業代
監修 | 弁護士 家永 勲 弁護士法人ALG&Associates 執行役員
労働審判とは、裁判官と労働関係の専門家をメンバーとする労働審判委員会が、原則3回以内の期日で労働トラブルを審理し和解を試みる制度をいいます。
残業代請求の時効が2年から3年に延長されたことに伴い、会社が労働審判によって未払い残業代を請求されるケースが急増しています。
残業代請求の労働審判を申し立てられた場合、会社としてどのように対応するべきでしょうか。
本ページでは、残業代請求の労働審判で会社側が主張すべき反論や、答弁書を作成する際のポイントについて解説していきます。
目次 [開く]
残業代請求の労働審判で会社側が主張すべき5つの反論
未払い残業代請求の労働審判で会社側が主張すべき反論として、以下が挙げられます。
- 労働時間の認識に差がある
- 管理監督者のため残業代が発生しない
- 固定残業代として支払い済みである
- 残業を禁止していた
- 残業代に関する時効が完成している
以下で順を追って見ていきましょう。
①労働時間の認識に差がある
社員が残業をしたとして請求している時間が、実際の労働時間以上に過大であることを理由とする反論が考えられます。
例えば、タイムカードの打刻時間中、仕事と無関係なことを行ったり、休憩をしていたり、私用で会社に居残っていたりした場合は、その時間分の残業代は認めないという反論をすることが可能です。
ただし、労働時間から外すべき時間といえるためには、「会社の指揮命令が及ばず、労働からの離脱が保障され自由に利用できる時間であること」が求められます。待機時間や仮眠時間など、業務の必要があればすぐに仕事に着手するべき状況に置かれている時間であれば、労働時間に含まれるため注意が必要です。
②管理監督者のため残業代が発生しない
残業代を請求する社員が、管理監督者(監督もしくは管理の地位にある者)にあたるならば、残業代は発生しないという反論が可能です。なぜなら、労働基準法41条により、管理監督者については時間外労働・休日労働に対する割増賃金の支払い義務は発生しないと定められているからです(ただし、深夜手当は支払う必要があります)。
なお、管理監督者であるかどうかは、役職名など形式面ではなく、職務内容や権限、待遇などに照らして、実態面から経営者と一体的な立場にあるかどうかを基準に判断されます。いわゆる名ばかり管理職に対してはこのような反論はできないため注意が必要です。
管理職から残業代を請求された場合の対応方法について知りたい方は、以下の記事をご覧ください。
さらに詳しく管理職から未払い残業代を請求されたら支払い義務はある?③固定残業代として支払い済みである
固定残業代制とは、実際の残業時間にかかわらず、あらかじめ定められた残業代を毎月定額で支払う制度です。固定残業代制を採用する会社であれば、固定残業手当の支給により、すでに残業代を支払い済みであるという反論が可能です。
ただし、固定残業代制を採用していたつもりが、制度設計や運用の仕方が間違っていて、法的には残業代が未払いであると判断されるケースは少なくありません。
固定残業代制を採用している場合は、基本給と区別されていることや、何時間分の残業の対価として支払っているか等の点が社員に周知されて、適切に運用されているか確認する必要があります。
④残業を禁止していた
会社として残業を禁止していた場合は、会社の指揮命令によるものではないため、残業代は発生しないと反論できる余地があります。
ただし、残業禁止命令を発令していただけでは、反論として弱いです。残業禁止に加えて、終業時間後に仕事が残った場合の処理(役職者への引き継ぎなど)を指示したり、残業を行う社員に対して残業を中断して帰るよう直接注意したりすることも求められます。
また、残業許可制を導入していても、実質上無許可での残業を黙認しているような場合は、残業代が生じると判断される可能性があります。残業禁止、許可制を設けるだけでなく、実際の運用状況を文書やメールなどの証拠とともに記録しておくことが重要です。
⑤残業代に関する時効が完成している
残業代は、給与支払日の翌日から起算して3年経過すると消滅時効にかかります(ただし、2020年4月1日より前に発生した残業代は2年で消滅時効にかかります)。
時効が成立した後に、時効の利益を受ける意思を労働者に伝えることで、残業代の支払い義務は消滅します。これを時効の援用といいます。
口頭の通知でも時効の援用は成立しますが、時効の援用を行った事実と日時を証明するため、内容証明郵便で時効援用の通知書を送付することが望ましいでしょう。
未払い残業代の一部または全部につき消滅時効が成立している可能性もあるため、まずは未払い残業代の支払日を確認することが必要です。
労働審判は答弁書が重要!作成する際のポイント
労働審判の答弁書とは、労働者が提出した労働審判申立書に対する会社側の反論を書いた書面のことです。労働審判では答弁書の出来が勝敗を決めるといっても過言ではありません。
以下で、残業代請求に対する答弁書を作成する際のポイントについて解説します。
反論する内容を整理する
労働者の主張する残業時間が正しいかどうか精査した上で、正しい請求でない場合は、的確な反論を答弁書に記載することが必要です。
検討すべき反論として、以下が挙げられます。
- タイムカードの記録が間違っている
- 労働時間ではない時間がある(休憩時間など)
- 労働者ではないから残業代は発生しない(請負契約や業務委託契約など)
- 残業の許可制をとっていた
- 固定残業代として支払い済みである
- 残業代の計算方法が異なる
- 残業代を支払わなくて良いケースである(管理監督者に当たる、裁量労働制・みなし労働時間制・変形労働時間制の採用など)
ただし、就業規則の整備や労使協定の締結など、労務管理が適切になされていないと反論できない場合があるため、その点も確認する必要があります。
反論を裏付ける証拠を提出する
労働審判では、答弁書の送付とともに反論を裏付ける証拠の提出も求められます。
残業代請求された場合の証拠については、タイムカードが最も重要な証拠となりますが、これ以外にも次のような証拠が求められます。
- 就業規則、労働条件通知書、雇用契約書、給与明細、賃金台帳
- 勤怠管理システムの記録、シフト表
- タイムカード、ICカード、タコグラフ、入退館記録
- 業務日報、会社側や労働者側の作成メモ
- メールやチャットのやり取り(残業許可制の会社で、許可なく残業していることについて注意する内容のメールなど)
- パソコンのログ解析
上記以外にもケースごとに様々な証拠が考えられるため、労働審判を申し立てられた場合は、弁護士などに相談することをお勧めします。
残業代請求における労働審判の流れ
残業代請求における労働審判の流れは、次のとおりです。
- 労働者が裁判所に申立書を提出
- 裁判所から期日の指定・呼出状の送付
- 会社は指定期日までに答弁書や証拠を提出
- 原則3回の期日で審理(裁判所が当事者に事情聴取し、調停を試みる)
- 調停不成立の場合は審判が下される
- 調停成立の場合は事件終了
- 審判に異議を申し立てると、裁判へと移行
申立書を受け取ったら、労働者の請求内容を熟読し会社側の反論をまとめて、速やかに答弁書の作成や証拠の収集、関係者への事情聴取に着手することが必要です。
答弁書の提出期限までは、申立書が会社に届いてから3週間ほどしかないことが通例です。申立書が届いたらすぐに弁護士に答弁書作成を依頼することをお勧めします。
労働審判の流れについて詳しく知りたい場合は、以下の記事をご覧ください。
さらに詳しく労働審判を起こされたときの手続きの流れ|会社側の対応を弁護士が解説労働審判から訴訟への移行について
労働審判の結果に不満がある場合に、いずれかの当事者が2週間以内に異議申立てをすると、自動的に裁判に切り替わります。また、事案の性質によっては労働審判で解決することが難しいという場合に、労働審判委員会の判断で24条終了として労働審判をクローズして、裁判に移行する場合もあります。
大量の証拠の収集や多くの証人尋問を必要とするケースなどが挙げられます。
裁判はある程度時間をかけて審理されることが前提となっており、解決までに1~2年かかることが多いです。一方、労働審判は原則3回以内の期日で、3ヶ月ほどで終結する事案が多いため、裁判ほどの労力や費用はかかりません。また、労働審判は非公開で行なわれる点も裁判とは異なります。
未払い残業代請求に関する裁判例
残業代請求が却下された裁判例
【平成25(ネ)4033号 東京高等裁判所 平成25年11月21日判決】
(事案の概要)
モーター製造販売を営むY社に雇用されていた新入社員Xが、ICカードの記録を踏まえて、始業前のラジオ体操や朝礼、日報の作成、電話対応、PCへの入力作業、実習の成果発表会などが時間外労働にあたると主張し、未払い残業代を求めて提訴した事案です。
(裁判所の判断)
裁判所は以下を理由として、未払い残業代請求は認められないとの判決を下しました。
- ラジオ体操や朝礼への参加は任意であった。
- 日報は実習の進捗を示すもので会社の業務に直接関係せず提出期限もないこと、上司からも簡潔に書くよう指導を受けていたことから、Y社が残業を命じた根拠は認められない。
- 電話対応やPC入力は、電話相談実習の一環としてXの所属ではない課の業務であり、残業が必要であったとは認められない。
- 実習の成果発表会は、会社の業務ではなく、新人社員が自己啓発のために同僚や先輩社員に対し発表する場として設けられたものであり、不参加への制裁もないため、Y社が業務として参加を命令したとはいえない。
(判例のポイント)
タイムカードで打刻された時間については労働時間とみなして、タイムカードどおりの残業代の支払いを命じる裁判例が多い中、本判例はタイムカード通りの残業代の支払いを認めなかったという点で一見に値する判決となっています。
社員側はICカードの使用履歴をもとに残業時間を立証しようとしたものの、裁判所はICカードの使用履歴はあくまで会社構内の滞留時間を示すものに過ぎず、滞留時間中に時間外労働があったかどうかを具体的に検討すべきとした上で、日報の作成や電話対応などの作業を残業とする社員側の主張を証拠不十分であるから認めないと判断したことがポイントとなっています。
残業代請求で支払いを命じられた裁判例
【令3(ワ)5716号 東京地方裁判所 令和5年3月3日判決】
(事案の概要)
レストランチェーンY社の戦略本部で働く社員Xが、未払い残業代を求めて提訴した事案です。
戦略本部は会長直轄の組織として新メニュー開発やビジネスモデルの構築を主に行う部署であり、Xは戦略本部の課長として13店舗の運営等の業務に従事していました。
(裁判所の判断)
裁判所は以下を理由に、Xの管理監督者性を否定し、Y社に約860万円の残業代等の支払いを命じました。
- 管理監督者の該当性は、業務内容や権限・責任に照らし経営に関与しているといえるか、労働時間について裁量が認められているか、役職にふさわしい待遇を受けているか等の点から判断すべきである。
- Xの行う経営企画業務は、あくまで会長の考えを具体化する作業に過ぎなかった。
- Xにはアルバイト採用や社員の一次評価については権限があったが、アルバイトの解雇や社員の採用・解雇等の権限は有していなかった。
- 人員不足により、Xは店舗業務にも追われ、月100時間超えの残業を余儀なくされていた。
- 月100時間超えの残業に見合う手当や賞与の支払いを受けていない。
(判例のポイント)
裁判所は、Xは経営者と一体となって経営に参画していたとはいえず、労働時間に関する裁量もなく、待遇面でも十分ではなかったとして、管理監督者性を否定しています。
「名ばかり管理職」の発生を予防するには、まず管理監督者の範囲を明確化した上で、就業規則に明記することが必要です。
さらに、管理監督者となっている社員の待遇は適正か、採用や解雇、人事評価、労務管理、予算管理、経営方針等の決定について権限が与えられているか、自分の裁量で労働時間をコントロールできているか等について定期的に確認することも求められます。
未払い残業代請求の労働審判でお困りなら弁護士にご相談下さい。
残業代請求の労働審判においては、会社に申立書が届いてから答弁書提出まで3週間ほどの期間しかなく、時間的な余裕はありません。答弁書の出来具合で勝敗が決まるといっても過言ではないため、限られた時間の中でいかにクオリティの高い答弁書を作り上げるかが重要となります。
ただし、未払い残業代といっても、支払義務があるか否かを判断するための論点は多岐にわたります。弁護士であれば、法律や労働訴訟に関する知識、経験などを踏まえて、残業代の支払いが必要であるか否か、適切な支払額について見極めることが可能です。
答弁書を代行して作成したり、労働審判に同席したりすることも可能ですので、未払い残業代の労働審判でお困りなら、ぜひ労働審判対応を得意とする弁護士にご相談下さい。
この記事の監修
弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 執行役員
- 保有資格
- 弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
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