解雇
#退職勧奨

監修 | 弁護士 家永 勲 弁護士法人ALG&Associates 執行役員
退職勧奨とは、会社が社員に対し退職するよう説得することをいいます。
辞めてもらいたい社員がいる場合に、法的リスクの高い解雇を避けて、退職勧奨により合意退職を目指す企業は多いかと思います。しかし、退職勧奨だからといって、全てが上手く進むわけではありません。
実際に退職勧奨をしてみたものの、社員から拒否されるケースは少なくありません。
また、退職勧奨のやり方を誤ると、むりやり退職を強要したとして慰謝料などを請求される場合もあります。
そこで、この記事では、社員が退職勧奨に応じない場合のその後の対応や、注意点などについて解説していきます。
目次 [開く]
従業員が退職勧奨に応じない理由とは?
社員が退職勧奨に応じない場合は、なぜ退職を拒否するのか、その理由を検討することが必要です。
理由が判明しないと、戦略を立てられないからです。
退職勧奨に応じない理由として、主に以下3つの理由が考えられます。
- 退職勧奨されることに納得がいっていない
例えば、会社の要求するレベルに達しない社員に退職を勧めた場合に、本人がそのことを自覚していないならば、退職を拒否する可能性が高いです。
- 退職後の生活に不安がある
扶養家族のいる社員や高年齢で転職が難しいと考える社員、大企業で高い給与を得ているような社員であれば、退職後の生活に不安を抱き、退職を決意できない可能性が高いです。
- 上司等と感情的な対立がある
退職勧奨を行う担当者と社員の間で感情的な対立があって、話し合いが難航する場合があります。
従業員が退職勧奨に応じない場合の対応
話し合いの結果、対象社員が「退職勧奨に応じません」と拒否した場合に、会社はどのような対応を取るべきでしょうか。
以下のパターンを想定し、退職勧奨を拒否された場合の適切な対応について解説していきます。
- 明確に拒否されたらそれ以上勧めない
- 解決金や退職金など条件交渉を行う
- 再就職をサポートする
- 能力不足など社員側に問題がある場合
- 上司等と感情的な対立がある場合
- 経営上の理由で人員整理の必要がある場合
明確に拒否されたらそれ以上勧めない
退職勧奨はあくまでも社員の自発的な退職の意思表示を促すための説得活動です。そのため、これを受け入れるかどうかは社員の自由であり、本人が退職勧奨を拒否することももちろん可能です。
本人が「どんな条件を出されても退職に応じません」「退職勧奨はもう止めてください」などと述べて、はっきりと退職を拒絶した場合は、交渉の余地がないため、いったん退職勧奨をストップしましょう。それ以上退職を勧めると、違法な退職勧奨と判断され、慰謝料などを請求されるリスクがあるためご注意ください。
解決金や退職金など条件交渉を行う
退職後の生活への不安により退職に応じてくれない場合は、再就職までの生活の保障として、解決金や退職金を上乗せして支払うことを提案するのが効果的です。
退職してから次の就職先が決まるまでの失業継続期間は、最近では平均約3.1ヶ月となっています(ユースフル労働統計2020)。
そのため、対象社員の3ヶ月分の給料を解決金、あるいは退職金にプラスして支払う用意があると条件交渉することが一定の目安となります。
もっとも、企業規模や退職後必要になる生活費、退職勧奨に至るまでの経緯などによって、具体的な金額は変わるためケースバイケースです。
再就職をサポートする
退職後の生活に不安があって退職に応じてくれない場合は、再就職の支援を提案することも有効です。次の就職先の見通しが立てば、社員は退職をより前向きに検討するでしょう。
再就職支援の方法として、以下が挙げられます。
- 在職中の転職活動を認める
- 再就職支援会社や職業紹介事業者に委託する
- 自治体やハローワークの就職支援サービスを利用する
- グループ会社や関連会社、子会社などへの再就職をあっせんする
- 転職活動のための特別休暇を与える
能力不足など従業員側に問題がある場合
能力不足や協調性の欠如など社員側に問題があって、退職を拒否しているならば、まずは注意・指導して、改善の機会を与えることが必要です。
教育カリキュラムを整備し、教育係を配置して、問題点を指摘しながら数ヶ月ほど再教育を行い、必要に応じて業務内容の変更や配置転換なども検討します。
それで改善できたなら問題解消ですし、改善できない場合は、もう一度退職勧奨を行うことが必要です。
社員としても、十分な指導を受けたにもかかわらず改善できなかったならば、会社が要求するレベルに達していないことを自覚できるはずです。この自覚があれば、退職勧奨の合意を得られる可能性が高まるといえます。
上司等と感情的な対立がある場合
退職勧奨を行う会社側の担当者(上司や社長など)と対象社員との間で感情の対立があって、話し合いが難しい場合は、そのような懸念のない別の担当者に変更し、対立を和らげるという方法があります。
また、労働法務に精通する弁護士に依頼し、退職に向けた話し合いを直接してもらうというのも効果的です。弁護士であれば、法的・客観的な視点から、退職に向けた説得を行うことが可能です。
また、社員の立場からしても、弁護士が交渉の場に入ることで、適正な手順による退職勧奨がなされたということで納得感が増して、退職勧奨に応じる可能性が高まるものと考えられます。
経営上の理由で人員整理の必要がある場合
退職勧奨を拒否された場合に、経営上の理由により人員整理の必要があるならば、整理解雇に踏み切るという方法があります。
整理解雇を適法に行うには、以下の4要件が満たす必要があります。
- 人員削減の必要性(会社の存続のために人員整理が必要であること)
- 解雇回避努力義務(解雇以外の経費削減、新規採用の中止、希望退職者の募集、配置転換や関連会社への出向、給与の引下げなど)
- 解雇対象者を選ぶ際の合理性(個人的な好みではなく、勤務成績や勤続年数など合理的な基準で選ぶこと)
- 解雇の手続きの妥当性(社員や労働組合と十分に話し合いを重ねたこと)
もっとも、退職勧奨は応じてもらえなかったけど、整理解雇なら可能だろうという安易な考え方は危険です。慎重に検討する必要があります。
整理解雇の方法については、以下のページで詳しく解説していますのでご覧ください。
さらに詳しく整理解雇の4要件とは?実施手順や注意点をわかりやすく解説従業員が退職勧奨に応じない場合の注意点
社員が退職勧奨に応じない場合の注意点として、以下が挙げられます。
- 強引な退職勧奨は違法となる
- 退職に追い込むような配置転換はしない
- 懲戒解雇は最終手段と考える。
強引な退職勧奨は違法となる
退職勧奨そのものは合法です。しかし、何度もしつこく退職するよう迫ったり、暴言を吐いたりするなど、労働者の自由な退職意思の形成を妨害する、あるいは名誉感情を傷つけるような退職勧奨がなされた場合は、退職強要となり違法となる可能性があります。
裁判等で違法な退職勧奨であると評価されると、退職そのものが無効となり、バックペイの支払いや慰謝料などを請求されるおそれがあるため注意が必要です。
退職勧奨でしてはいけない・言ってはいけない言動として、以下が挙げられます。
- 長時間かつ複数回にわたって退職勧奨する
- 大人数で集まって退職を説得する
- 罵倒や侮辱するようなことを言う
- 退職以外の選択肢がないと言う
- 退職勧奨の拒否を理由として、懲戒解雇など不利益に扱うことをほのめかす
- 退職勧奨の拒否を理由に、遠方への転勤など不利益な取り扱いを行う
退職に追い込むような配置転換をしない
退職に応じてもらえない場合は、配置転換を検討するケースも考えられます。
例えば、勤務成績が悪い社員であっても、部署を変えれば、新たな能力を発揮できる可能性もあります。
ただし、配置転換命令は当たり前には認められず、次のような場合は権利濫用として無効となる場合があります。
- 業務上の必要性が存在しない場合
- 退職に追い込むことや報復・嫌がらせなど不当な動機や目的をもってなされた場合
- 強行法規に違反する場合(不当労働行為、国籍・思想・信条、性別による差別など)
- 社員に著しい不利益を負わせる場合(転勤によって、家族の介護継続が不可能となる場合など)
なお、退職勧奨を拒否された直後に行う配置転換は、退職に追い込むための不当な配置転換と評価される可能性があります。配置転換を行う際は、権利濫用とはならない正当な理由を、社員側に丁寧に説明しておく必要があります。
懲戒解雇は最終手段と考える
社員の問題行為が、就業規則に規定する解雇事由に該当している場合は、解雇を検討する方法もあります。ただし、社員が退職勧奨に応じないからといって、直ちに解雇することはできません。
解雇するには、①客観的に合理的な理由があり、②社会通念上相当であると認められる場合でなければ、解雇は無効と法律上定められています。これを解雇権濫用法理といいます(労契法16条)。
解雇の正当性については、社員の行為が解雇するほどの重大な理由なのか、解雇制限に当たらないか、解雇手続きは正当であるか、会社の対応に問題はなかったのかなど、様々な視点から判断されます。
会社としては正当な解雇であると考えていても、裁判で訴えられて不当解雇と判断されると、会社を辞めてもらえない、バックペイや慰謝料などの支払いが命じられるおそれがあります。
解雇はリスキーであるため、あくまで最後の手段と捉えて、もう一度別のやり方で退職勧奨をやり直すのが望ましいでしょう。
退職勧奨を適切に行うためのポイント
退職勧奨を適切に行うためのポイントとして、以下が挙げられます。
- 退職勧奨の理由を明確にしておく
退職勧奨を行う際に、冷静に説得的に主張できるよう、あらかじめ退職勧奨の理由を整理しておくことが必要です。実際に本人に理由を伝える場合は、やる気が感じられないなど漠然とした理由でなく、実際にあった問題行為について伝えることが重要です。
- 退職強要とならないよう気を付ける
長時間・多数回にわたる退職勧奨、侮辱するような発言、退職届を出さないと解雇するなど不利益をほのめかす発言などは、退職強要として無効となる可能性があるため、行わないようご注意ください。
- 退職勧奨の場面は録音する
退職強要ではないことを証明するためや、後で言った・言わないのトラブルを防ぐために、退職勧奨の場面は録音しておくことをお勧めします。
退職勧奨について弁護士に相談するメリット
退職勧奨は適切に行わないとトラブルに発展するおそれがあります。
退職勧奨に応じてもらえない場合は、労働問題を得意とする弁護士に相談することをおすすめします。
そのメリットとして、以下が挙げられます。
- 社員が合意する可能性が高まる
弁護士が法的知識や第三者としての視点に基づく説得を行うことにより、社員側が納得し、退職に応じる可能性が高まります。
- 法的リスクを回避できる
無理やり退職を迫ると、違法な退職勧奨と判断されるリスクがあります。弁護士に依頼すれば、どのような準備をして退職勧奨に臨むべきか、退職勧奨における注意点等についてアドバイスがもらえるため、法的リスクを回避することが可能です。
- 労働審判や裁判に発展しても対応可能
社員が退職勧奨を不服として、労働審判や裁判を起こす可能性がありますが、弁護士は裁判のプロであり、裁判所の事実認定の方法も熟知しているため、迅速かつ適切に対応することが可能です。
退職勧奨が違法と判断された裁判例
ここで、退職勧奨が違法と判断された裁判例【令和元年(ワ)607号 宇都宮地方裁判所 令和2年10月21日判決】をご紹介します。
事件の概要
本件は、バスの運転手であるXが、上司らから退職強要や人格否定発言など、パワハラ行為を受けたとして、会社側に慰謝料などの損害賠償金を請求した事案です。
Xは、乗客への威圧的な発言や、十分な根拠なく乗客を泥棒扱いした等の問題行動を取ったとして、上司らから長時間にわたり退職するよう迫られたため、うつ症状に陥りました。
裁判所の判断
裁判所は、Xが退職したくないと明確に述べたにもかかわらず、3日間にわたり、複数の上司らがXに対し、以下の発言を行ったことは、退職勧奨として許容される限度を逸脱したものであり、違法であると判断しました。さらに、「チンピラ」と「雑魚」という発言については、パワハラにも当たるとして、会社と上司らはXに対し、連帯して60万円の慰謝料を支払うよう命じました。
(違法な退職勧奨と判断された発言)
- 「もう二度とバスには乗せない」「もう終わりです」
- 「チンピラはいらねえんだようちは。雑魚はいらねえんだよ」
- 「もう会社ではいらないんです。必要としていないんです」
- 「うちの会社には向かねえよ。こんな会社って、見切りをつけて他の会社行けよ」
- 「一身上の都合で円満にしたほうがよろしいんじゃないかと。だってその方が、今度他へ就職するにしても」
- 「じゃあ書けよ、退職願を」など
ポイント・解説
裁判所は、運転手Xの接客態度ついて、解雇に値するほど重大な理由とは認定しませんでした。
その上で、3日間という短期間に、複数の上司が一斉に集まり、運転手Xに対し上記のような発言を繰り返した点を重く受け止めて、違法な退職強要と判断しています。
退職をはっきりと拒絶した社員にこれ以上の退職を勧めることや、名誉を害するような発言をすること、多人数で長時間にわたり勧奨を続けること等は、いずれも違法な退職勧奨と判断される可能性があります。
本人に問題行動があることを自覚させた上で、あくまで本人の意思で退職するよう働きかけることを前提に、退職勧奨を勧めることが重要です。
従業員から退職勧奨を拒否されてお困りの際は弁護士にご相談下さい
なるべく穏便に辞めてもらいたいという理由から、退職勧奨を検討する経営者の方は多いかと思われます。確かに、解雇よりも法的リスクが低い退職勧奨ですが、クリアするべきハードルが低いわけではありません。
必要な準備を怠ったり、その方法が稚拙であったりすると、むりやり退職を強要したとしてトラブルとなり、無効となるおそれがあります。
問題社員に辞めてもらおうとして、逆に訴えられてしまったら本末転倒ですので、適切に退職勧奨を進めたいならば、弁護士のサポートを受けることをお勧めします。
退職勧奨を検討している場合や、社員から退職勧奨を拒否されてお困りの場合は、労働法務を得意とする弁護士法人ALGへまずはご相談ください。
この記事の監修

弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 執行役員
- 保有資格
- 弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
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