解雇
#うつ病

監修 | 弁護士 家永 勲 弁護士法人ALG&Associates 執行役員
ストレスの多い現代社会では、うつ病は心の風邪といわれるほど誰でもかかり得る病であり、昨今うつ病を発症する社員が増えています。
うつ病により正常に業務ができなかったり、同僚の負担も増えているような場合は、解雇したいというのが本音かもしれません。しかし、うつ病という理由だけで解雇することは法律上認められません。そこで、波風を立てずに退職してもらうための解決策として、退職勧奨を行うという選択肢があります。
ただし、退職勧奨を行う際にも、うつ病であるがゆえの特有のリスクがあるため、慎重に進める必要があります。
このページでは、うつ病の社員に退職勧奨を行う際のリスクや注意点、うつ病の予防策などについて解説していきます。
目次 [開く]
うつ病などの精神疾患を理由に退職勧奨は可能?
うつ病などの精神疾患を理由に、退職勧奨を行うこと自体は可能です。
退職勧奨とは、会社が社員に対して退職を勧めることをいいます。合意による退職であるため、会社からの一方的な解雇と比べてトラブルを回避しやすいというメリットがあります。
うつ病の社員を放置すると、気分の落ち込みや不眠などから正常に業務ができない、同僚の負担も増えて職場の士気が下がるなどのリスクがあります。休職期間満了後に職場に復帰できる見込みがなく、他にできる仕事もないようであれば、残された選択肢として退職しかありません。
ただ、うつ病だからという理由だけで解雇すると、不当解雇と判断される可能性が高いです。トラブルを回避したいならば、まずは退職勧奨により自主退職を促すことをおすすめします。
うつ病の従業員に退職勧奨を行う際のリスクと注意点
うつ病の社員は病気の影響でメンタルが不安定になっている可能性が高いため、退職勧奨を受けることで強い精神的ショックを受けるおそれがあります。退職勧奨によってうつ病が悪化するリスクもあるため、うつ病の社員に対して退職勧奨を行う場合には、細心の注意を払って十分に配慮する必要があります。
配慮に欠ける退職勧奨を行った場合は、違法な退職強要やパワハラであるとして、社員側から損害賠償を請求されるおそれがあるため注意が必要です。
次項で、うつ病の社員に退職勧奨を行う際の注意点について見ていきましょう。
面談は丁寧かつ慎重に進める
うつ病の社員に退職勧奨を行う場合は、丁寧かつ慎重に面談を進めることが必要です。
退職勧奨にいたった経緯やその理由を明確かつ丁寧に説明し、主治医の意見や社員の現在の状況、本人の退職の意思などを確認しましょう。
本人に威圧感を与えないような話し方や、リラックスして話せるような雰囲気づくりを心がけることが必要です。
社員の病状や苦痛に共感を示し、本人の言い分をじっくりと傾聴することもポイントです。面談は対面だけでなく、書面やメールで行うという方法もあります。
本人が退職に応じた場合は、退職合意書を作成して署名・押印を得ておきましょう。本人がその場で結論が出せないならば、十分に検討する時間を与えることが大切です。次回の面談の日にちを決めて、そこで終わりとしましょう。
執拗な退職勧奨をしない
本人は退職の意思がないのに何度も呼び出して長時間の面談を行う、退職届を出すよう強要するような行為は、違法な退職強要として無効と判断される可能性があります。長時間の面談・無理な面談はNGです。
うつ病の社員は心が脆弱になっているため、圧迫面談を行うと大きな精神的苦痛を受ける可能性があります。退職勧奨でうつ病が悪化したと主張されないよう、十分に配慮して面談を進めることが必要です。また、本人が退職を明確に拒否したならば、いったん退職勧奨をストップしなければなりません。
なお、過去の裁判例でも、退職勧奨により精神的な苦痛を受けたとして慰謝料の支払いが認められたケースがあります。
次項で詳しく見てみましょう。
退職強要として慰謝料請求された判例
ここで、退職勧奨が違法な退職強要にあたるとして、慰謝料が請求された裁判例をご紹介します。
【平24(ワ)348号 京都地方裁判所 平成26年2月27日判決】
(事案の概要)
Y社でコピーライターとして働いていた社員Xが、うつ病を理由に退職勧奨を受けた直後に休職し、休職期間の満了後に退職扱いとされました。そこでXは上司の退職強要により精神的苦痛を受けたとして慰謝料の支払いを求めるとともに、休職期間満了での退職が無効であるとしてY社を訴えた事案です。
(裁判所の判断)
裁判所は以下を理由として、本件の退職勧奨は退職強要にあたり、退職勧奨によりうつ病が悪化したと判断されるため、休職期間満了による退職を無効と判断し、30万円の慰謝料の支払いを命じました。
- 退職勧奨が労働者の退職についての⾃由な意思決定を困難にするものであった場合は、違法な退職強要にあたる。
- 本件では、以下の事情を考慮すれば、退職強要にあたると判断される。
①退職勧奨に応じなければ解雇することをほのめかしていること
②Xが退職を拒否しているのに何度も勧奨を⾏っていること
③Xが仕事量を調整してもらえれば働けると主張したのに応じなかったこと
④1~2時間と⻑時間にわたる面談もあったこと
- Y社はXが退職しない意思を明確に示しているのに執拗に退職勧奨を行ったもので、強い心理的負荷となる出来事があったといえ、うつ病の悪化について業務起因性が認められる。
退職合意書を作成する
退職勧奨を行ったとき、本人が退職しますと素直に応じたように見えた場合でも、退職後に会社に対して不満や怒りをつのらせ、会社側を訴えるなどのトラブルになる可能性があります。
仮に裁判を起こされた場合に、合法な退職勧奨を行った上で、合意による退職をしたことを証明できないと、会社側に不利に働くおそれがあります。リスクを回避するため、「退職合意書」を作成して証拠として残しておくことが必要です。
社員が退職勧奨に応じたタイミングで、すぐに退職合意書に署名・押印してもらえるよう、あらかじめ用意しておきましょう。退職合意書に書くべき項目として、以下が挙げられます。
- 退職日
- 退職理由
- 退職日までの出勤の要否
- 退職条件(解決金や退職金、有給消化など)
- 私物・貸与品の扱い
- 会社と社員の合意による退職であること
- 清算条項、守秘義務、口外禁止など
従業員が退職勧奨に応じない場合はどうする?
社員が退職勧奨に応じない場合は解雇を検討せざるを得ません。
ただし、うつ病だからという理由だけで解雇することは難しいです。
解雇するには客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当と認められる必要があります(労契法16条)。
①休職期間を満了しても復職できる見込みがないこと、②社内でできる別の仕事がないこと、③うつ病が仕事に耐えられない程度であると客観的に判断できることなど一定の要件を満たさなければ、うつ病を理由に解雇することは原則としてできません。
復職の見込みがあるのに解雇すると、社員より不当解雇として裁判を起こされる可能性があります。
裁判所が不当解雇・無効との判決を下した場合は、解雇期間中に支払われなかった給与(バックペイ)や慰謝料の支払いが命じられる可能性があるため注意が必要です。
社員が退職勧奨に応じない場合の対応方法について詳しく知りたい方は、以下の記事をご覧ください。
さらに詳しく従業員が退職勧奨に応じない場合はどうする?その後の対応を弁護士が解説うつ病が業務に起因する場合は解雇できない
社員が私生活上の理由でうつ病になった場合は、休職などを経ることにより、回復を待たず解雇できる可能性があります。しかし、うつ病の原因が業務に起因する場合は、治癒するまで解雇できません。
これは、労基法19条1項の解雇制限「労働者が業務上負傷したり、病気になったりした場合に、その療養のために休業する期間及びその後30日間は解雇できない」を根拠とします。
例えば、パワハラやセクハラ、長時間労働など職場環境が原因でうつ病になった場合は、うつ病で復職できないことを理由とする解雇は不当解雇となります。基本的に社員が復職できるまで待つ必要があります。
ただし、療養期間が3年を超えた場合は、平均賃金1200日分の打ち切り補償を支払うことで解雇することが可能となります(労基法81条)。
従業員がうつ病にならないために会社がすべき対策
うつ病の社員への解雇には一定のハードルがあります。そのため、解雇せざるを得ない状況とならぬよう、社員がうつ病にならないための対策を立てることも重要です。
会社がすべき対策として、以下が挙げられます。
- 就業規則の見直しや変更を検討する
- ストレスチェックやメンタルヘルス研修を実施する
- 労働環境の見直しや改善を行う
就業規則の見直しや変更を検討する
就業規則に休職に関するルールを設けていなければ、うつ病の社員を休職させることができません。
休職制度とは私傷病等により長期間働けなくなった社員の解雇を猶予する制度です。休職期間満了まで療養に努めてもらい、それでも復職が難しいならば退職扱いまたは解雇とすることに正当な理由を与えるための制度であるともいえます。
不当解雇のリスクを減らすためにも就業規則の見直しや変更を検討し、休職制度を設けていないのであれば、導入することをおすすめします。
新たに休職制度を設ける場合は以下の内容を定めて、社員に周知することが必要です。
- 休職の申請方法
- 休職期間中の賃金について
- 休職期間や延長の有無
- 復職方法
- 復職が困難な場合の取り扱いなど
ストレスチェックやメンタルヘルス研修を実施する
ストレスチェックとは、社員が自らのストレス状況を把握するために行う検査です。常時50人以上雇用する会社は、ストレスチェックを年1回以上行うことが義務付けられています。
社員のストレスにいち早く気付けるよう、企業規模にかかわらずストレスチェックを行うことが必要です。検査の結果次第では、医師による面接指導や病院の受診などの対応をとる必要があります。
また、社員向けに定期的なメンタルヘルス研修を行うことも有効です。
誰もがうつになる可能性があること、うつ病のサインを見逃さないことの重要性を学び、うつ病への理解を深めることが必要です。また、実際にうつ病を発症して休職する場合の対応や、復帰支援の方法、本人への接し方などについて学ぶことも求められます。
メンタル不調社員への対応方法について詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
さらに詳しくメンタルヘルス不調社員の対応ポイント|会社を辞めさせることはできる?労働環境の見直しや改善を行う
社員がうつ病になってしまう原因が、人間関係や仕事内容、業務量といった労働環境によるものの可能性もあります。
会社は職場環境に配慮するべき義務を負っています(労契法5条)。
社員のストレスを軽減させてうつ病を予防するため、社内の労働環境に問題がないか見直した上で、改善すべき点がある場合は早急に改善することが必要です。
うつ病発症の原因となりやすい労働環境の問題として、以下が挙げられます。
- 長時間労働
- パワハラやセクハラなどのハラスメント被害
- 行き過ぎたノルマなど
これらの問題を防ぐためには、ハラスメント相談窓口の設置やハラスメント防止研修の実施、労働時間の管理の徹底、残業の事前申請制といった対策をとる必要があります。
うつ病の従業員へ退職勧奨を行う際には弁護士ご相談ください
うつ病の社員を退職扱いまたは解雇する場面で、会社としての対応を間違えると、裁判トラブルに発展するおそれがあります。
違法な退職勧奨、解雇であると判断された場合に会社が受けるダメージは大きいため、退職扱いまたは解雇する前の段階で、法律の専門家である弁護士のサポートを受けることをおすすめします。
弁護士法人ALGでは、労働問題を得意とする弁護士が、会社ごとのニーズに合わせた解決策を提供しております。
労働実務上の知識をもとに、うつ病社員への退職勧奨のやり方はもちろんのこと、休職に関する就業規則の見直しなど、うつ病社員への対応全般についてご提案することができますので、ぜひご相談ください。
この記事の監修

弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 執行役員
- 保有資格
- 弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
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