問題社員
#対処法
#手当
監修 | 弁護士 家永 勲 弁護士法人ALG&Associates 執行役員
通勤手当の不正受給は会社にとって見過ごせない問題であり、少なくないという現状があります。
例えば、会社には電車で通うと報告して定期代をもらっているのに、自転車で通勤している場合は不正受給にあたります。
不正受給は、会社の損失だけでなく、社員のモラル低下や不正が横行するリスクをともないます。
そのため、不正受給が発覚したら、迅速かつ適切に対応しなければなりません。
この記事では、不正受給に当たるケースや、不正受給を見つけた場合の対応方法などについて解説します。
目次
通勤手当・交通費の不正受給となる3つのケース
通勤手当の不正受給とは、社員が実際よりも多くの交通費を受けとり、その差額を不正に自分のものにすることをいいます。
不正受給の典型例として、以下の3つのケースが挙げられます。
- 申告した通勤経路以外を利用して交通費を浮かせる
- 住所を虚偽申告して本来よりも多くの交通費を受け取る
- 自転車や徒歩通勤なのに虚偽の通勤方法を申告する
以下でケースごとの注意点について見ていきましょう。
申告した通勤経路以外を利用して交通費を浮かせる
会社に申告した通勤経路以外の安い料金経路を利用して、交通費を浮かせることで実際よりも多く交通費をもらうケースです。JRか私鉄かなど、利用する路線によって料金は異なるため、会社に申告したものより安い路線を利用する社員がいるかもしれませんが、これは不正受給にあたります。
就業規則に「通勤手当は通勤に必要な実費を支払う」と記載している場合は、交通費の差額分の返還を求めることになります。
なお、このケースで懲戒解雇など厳しい処分を与えることは、慎重な検討が求められます。
不当解雇として裁判で会社が敗訴していることが多いためです。理由として、通勤経路の変更を届け出ていないものの、積極的にうその経路を届け出た事案と比べると悪質とはいえないことなどが挙げられます。
住所を虚偽申告して本来よりも多くの交通費を受け取る
実際には会社に近い場所に住んでいるのに、遠方の住所を虚偽申告して、交通費を多く受けとるケースです。
ただし、この場合でも、解雇が無効とされたケースが多いため注意が必要です。
裁判例でも、東京から栃木に住民票を移し、栃木からの通勤手当を得るようになった後も、東京のマンションを引き払わず宿泊していた事実が判明し解雇された事案につき、仕事で遅くなった時に宿泊していたという社員の主張から、栃木に住んでいなかった事実の証拠がないとして、不正受給は認められないと判示しています(東京地方裁判所 平成12年11月10日判決)。
うその住所による不正受給について懲戒処分を行う場合は、会社に届け出た住所に社員が住んでいない証拠を集めることが重要です。
自転車や徒歩通勤なのに虚偽の通勤方法を申告する
電車やバス通勤と申告しながら、自転車や徒歩で通勤し、交通費を多くもらうケースです。
会社まで1駅分歩くなどルートを途中で変更するケースもあります。
私用で偶然違う駅で降りた程度であれば問題になりませんが、常習になれば不正受給です。
バイク通勤しながら電車の定期代を得ていた大学教授が懲戒解雇された事案につき、定期券を一度も購入せず、バイクを近隣の店に駐車していたことから、不正受給の目的ありとして解雇を有効とした裁判例も存在します(東京地方裁判所 令和3年3月18日判決)。
対策として、就業規則に「公共交通機関の通勤手当を得た社員は、自転車や徒歩で通勤してはいけないこと」や「自転車や徒歩通勤する場合は申告すること」などと定めておくことが必要です。
通勤手当の不正受給を見つけたときの対応
通勤手当の不正受給を見つけたとき、すぐに処罰するなど安易な対応は避ける必要があります。
悪質性の低いケースでは、懲戒解雇などの重い処分は不当と判断される危険性があるからです。
具体的には以下の流れで対応するのが適切です。
- 不正受給の調査・証拠集め
- 本人への確認
- 不正受給額の返納
- 懲戒処分
①不正受給の調査・証拠集め
通勤手当の不正受給が疑われる場合は、まず調査し証拠を集めましょう。
たとえば、通勤経路の申請書と住所の確認、定期券のコピーや領収書の確認、交通系ICカードの利用履歴の提出依頼、他の社員へのヒアリング調査などの方法が挙げられます。
言いわけや証拠の隠滅を防ぐためにも、本人への聴き取りは証拠をつかんだ上で行うべきです。
また、会社の通勤手当の支給ルールがどのような内容となっているかの確認も求められます。
例えば、通勤手当が支払われる経路について、「合理的かつ経済的な経路」と定めている企業は多いですが、最も安い経路を指すのか、所要時間が最も短い経路を指すのかがあいまいになっている場合は、そもそも不正受給をしたとはいえない可能性もあるからです。
②本人への確認
不正受給の証拠がそろったら、本人に事実確認を行いましょう。
不正受給で懲戒を行う際に最も重要な証拠となるのが、本人の自白です。
どのように質問するか、どの段階で証拠を見せるかなど、十分に計画を立てて聴取に臨むことが重要です。
面談では不正受給の金額や期間、方法、動機、故意か過失か、返済の有無などを確認します。
いきなり不正を責めるのではなく、本人の言い分も聴き取ることが必要です。
とくに本人に故意か(わざとしたのか)、過失か(不注意でしたのか)を確認することは、懲戒処分を科すべきかの判断にかかわるため重要です。
何らかの事情がある場合や、申請を忘れていただけの場合は、過失による不正受給にあたるため、厳重注意やけん責など軽い懲戒にとどめるべきでしょう。
③不正受給額の返納
不正受給が確認された場合は、会社は過払い分の返還を求めることができます。
不正受給は不当利得にあたり、社員に返還義務が課せられるからです(民法703条)。
まずは社員と話し合いのうえ、返金の合意書(誓約書)を取得しましょう。
合意書に記載すべき内容として、以下が挙げられます。
- 不正受給をしていた期間
- 申請していた通勤経路と交通費
- 実際に使っていた通勤経路と交通費
- 不正に受給した金額
- 支払方法など
なお、返還を求めるときに給与から不正受給額を天引きすることは、労基法の賃金全額払いのルールに反します。社員の真の同意が得られない限りは、別途で請求するのが基本です。
また、返還請求には時効があります。不正受給を知った時から5年、または不正受給が行われた時から10年で時効にかかるため注意が必要です。
④懲戒処分
通勤手当の不正受給については、会社に損害を与えたとして、懲戒処分の対象になります。
一般的な懲戒処分として、軽い順に、戒告、けん責、減給、出勤停止、降格、諭旨解雇、懲戒解雇が挙げられます。懲戒処分を行うには就業規則に規定があること、処分が相当であること、手続きが適正であるといった要件を満たす必要があります。
不正受給の金額や回数・期間、不正受給にいたった動機、本人の懲戒処分歴などを踏まえて、相当な処分を検討することが必要です。初回の不正受給や軽微な不正受給については、ただちに懲戒解雇すると権利濫用と判断されやすいため、けん責や減給など軽い処分にとどめるべきでしょう。
懲戒処分を行う際の注意点について知りたい方は、以下のリンクをご参考ください。
さらに詳しく懲戒処分を行う際に注意すべき3つのポイントとは?実施の流れ、判例を含めて解説通勤手当の不正受給を理由に懲戒解雇できるか?
故意による悪質な通勤手当の不正受給については、懲戒解雇も視野に入ります。
ただし、懲戒解雇が無効とされた裁判例も少なくないため、以下の事情を考慮して慎重に検討する必要があります。
- 社員の地位
- 不正受給した金額や回数、期間、方法、動機
- 過去の同様事案の処分とのバランス
- 本人の懲戒処分歴
- 反省の程度
- 返済の有無など
多数回、長期にわたり不正受給し、金額も多い場合は懲戒解雇が有効とされる可能性が高まります。
4年6ヶ月で231万円の通勤手当を不正受給していた裁判例、2年10ヶ月で102万円を不正受給していた裁判例では、懲戒解雇を有効と判断しています。
他方で、不正受給の期間が短い場合や、金額が少ない場合に懲戒解雇すると、重すぎると判断される可能性が高いです。この場合は、戒告や減給、出勤停止などの軽い処分や退職勧奨にとどめるのが無難です。
違法な退職勧奨にあたるケースについて知りたい方は、以下のリンクをご覧ください。
さらに詳しく退職強要とは?退職勧奨が違法となるケースや適法に進めるための注意点通勤手当の不正受給による解雇に関する裁判例
事件の概要
【令和4年(行ウ)第22号 広島地方裁判所 令和5年3月27日判決】
障害者の就労支援所Yで働く職員Xは、当初は勤務先まで電車通勤し定期代を受けとっていました。
しかし、転居後は自転車通勤となり、通勤距離ごとの上限額に応じた金額に通勤手当が減額されるはずだったのに届け出ず、2年間で約50万円を不正受給していました。
Yは退職勧告(諭旨解雇)しましたが、期限までに退職届が出されなかったため懲戒解雇しました。これに不満を感じたXが解雇無効として訴えた事案です。
裁判所の判断
裁判所は以下を理由に、本件の懲戒解雇を有効と判断しました。
- Yは特定非営利法人の運営する事業所であり、当時職員を増やしたかったが、収入の少なさから断念せざるを得ない状況にあり、不正受給は会社に重大な損害を与えたと判断できる。
- Xは自転車通勤への変更を報告せず、毎年提出する保険料控除申告書等に以前の住所に居住していることを書き続けていたことから、不正受給が許されないことを認識していたといえる。
- Xは管理職として会計処理や部下の管理を行っており、金銭面の透明性や社員の模範となることが求められる立場にあったのに不正受給を行い、反省の態度も見られない。
ポイント・解説
裁判所は、職員が管理職の立場にあったこと、不正受給の期間が2年と長期であったこと、反省の態度が見られなかったことなどを理由に、懲戒解雇を有効と判断しています。
また、退職勧告による自主退職のチャンスも与えていることも評価して、解雇を有効としている点もポイントです。
通勤手当の不正受給については、不正受給の動機や態様、本人の役職や懲戒処分歴、会社側の管理体制などを考慮して総合的に判断する必要があります。
不当解雇とされた場合に会社が受ける損失は大きいため、解雇の有効性の判断に悩む場合は、弁護士に相談することをおすすめします。
通勤手当の不正受給で詐欺罪や横領罪は成立するのか?
通勤手当の不正受給は法的にも重大な問題であり、詐欺罪が成立する場合があります。
詐欺罪は「人をだまして金品を交付させた」場合に成立する犯罪です。
例えば、積極的に会社にうその通勤経路や住所を申告して、本来もらうべき通勤手当よりも高い通勤手当を受け取っている場合は、詐欺罪が成立する可能性があります。
他方、単に通勤経路や住所の変更を申告し忘れたり、間違って申請したりした場合は、人をだます行為にはあたらないため、詐欺罪が成立しないケースがほとんどです。
なお、通勤手当の不正受給は業務上横領罪に当たりません。業務上横領は、「仕事の一環で預かっている金品を自分のもの」にすることであり、通勤手当の不正受給はこれに当たらないためです。
通勤手当の不正受給に時効はあるのか?
通勤手当の不正受給については、以下のような時効があります。
- 懲戒処分や解雇
懲戒処分や解雇には時効がありません。ただし、あまりに長期間経った後に、懲戒や解雇の理由とすることは不当として無効と判断される可能性が高いです。 - 不当利得返還請求権
不正受給された金額の返還請求権は、会社が不正受給を知った日から5年、または不正受給が行われた日から10年で時効となります。 - 詐欺罪の公訴
詐欺罪は10年以下の拘禁刑に科せられる罪であり、公訴時効は犯行が終わったときから7年です。
通勤手当の不正受給を防ぐための対策
不正受給が起こる理由として、通勤に関するルールがわかりにくい、管理体制があまいことなどが挙げられます。会社としては通勤手当の支給ルールを明確にし、これらに違反した場合には厳しい処分を与えることを社員に周知することが重要になります。
ここでは、通勤手当の不正受給を防ぐための以下の対策をご紹介します。
- 定期券の購入の度に通勤経路の申告をさせる
- 通勤に関するルールを明確にする
- 就業規則の周知と教育を徹底する
定期券の購入の度に通勤経路の申告をさせる
定期券を購入するたびに支給申請書を提出させて、通勤経路を報告させることも、不正受給を防ぐ方法のひとつです。
また、申請時には通勤定期券のコピーや領収書なども提出するようルール化するべきでしょう。
会社に届け出たとおりのルートで定期券を買っているかを確かめることができます。
ただし、電車やバスなどの安い交通費の場合、毎回領収書を提出するのは不便です。月に一回まとめて提出してもらうなどの工夫が求められます。
さらに、定期的に住民票の提出を求めるのも有効です。住民票をチェックすれば、社員の現住所や適切な交通手段を確認することができます。
通勤に関するルールを明確にする
不正受給については知らないうちに行っていたというケースも多いです。そのため、就業規則に通勤手当についてのルールを明確に定めることが重要です。
会社内で利用可能な通勤手段、通勤手当の支給額、申請方法、必要書類などのルールを明記し、基準を明らかにしておきましょう。パートなど雇用形態が異なる場合の支給基準も明確にしておく必要があります。
また、通勤手当の不正受給が発覚した場合の返還義務や懲戒処分の内容についても定めるべきです。
不正受給のリスクが高いことを社員に周知すれば、不正受給の予防効果が見込めます。
就業規則の周知と教育を徹底する
就業規則に定めたルールの周知と教育を徹底することも、不正受給の有効な予防策になります。
例えば、定期的に社内研修を行い、社員に通勤手当のルールや請求方法などを教育したり、住所変更時には申告するようアナウンスしたりすれば、申請忘れによる不正受給を防止できます。
また、不正受給が起こる原因として、社員に悪いことをしている意識が低い点が挙げられます。
不正受給してしまった場合の返還義務や罰則についても周知し、「不正受給が発覚した場合は厳しく処分すること」を理解させて、不正受給への社員の意識を変えることが必要です。
公務員の通勤手当の不正受給について
公務員が通勤手当を不正受給した場合の対応方法は、以下のとおりです。
- 国家公務員の場合
国家公務員が通勤手当を不正受給した場合は、減給や戒告処分とされています。
国家公務員には労基法の減給の規制がかからないため、民間企業より減給額が高いことが多いです。
ただし、金銭の横領が免職とされている点と比べれば、不正受給の扱いは軽いです。 - 地方公務員の場合
地方公務員は、自治体ごとに懲戒処分の基準が定められています。
例えば、東京都では、「故意に届出を怠り、または虚偽の届出をするなどして諸給与を不正に受給した職員」は停職または減給とされており、国家公務員よりも重い処分が設けられています。
通勤手当の不正受給が発覚した場合の対応については弁護士にご相談ください
通勤手当の不正受給はどこの会社でも起こり得る問題です。
ただし、安易に解雇に踏み切ると、不当解雇として高額の金銭支払いを命じられるリスクがあります。
リスクを回避するためにも、通勤手当の不正受給については、弁護士への相談をおすすめします。
弁護士であれば、事実関係の調査や返還請求、懲戒処分など、ケースに応じたサポートを提供することができます。
また、通勤手当の不正受給が起こる企業では、労務管理が甘いことも多いです。
就業規則の見直しなど、不正受給を防ぐための労務管理体制についてもアドバイス可能です。
通勤手当の不正受給への対応については、労働法務を得意とする弁護士法人ALGにぜひご相談ください。
この記事の監修
弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 執行役員
- 保有資格
- 弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
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