解雇
#不当解雇
#労働審判
監修 | 弁護士 家永 勲 弁護士法人ALG&Associates 執行役員
労働審判の申立件数は年々増加傾向にあり、解雇は不当である、として従業員が会社を訴えるケースが増えています。もし、退職した従業員から労働審判を申し立てられれば、会社は対応せざるを得ません。労働審判は短期間で審理を行うため、答弁書の提出など、対応にかけられる時間は非常にタイトです。
しかし、答弁書を提出しなければ会社が不利な立場に追い込まれるおそれがありますので、迅速かつ適正に対応することが必要となります。本稿では、労働審判で会社側が行うべき反論と答弁書の作成ポイントについて解説していきます。
目次 [開く]
解雇の正当性(不当解雇)を争う労働審判について
不当解雇とは、規則や法律に従わず、会社が一方的に行う正当性を欠いた解雇を指します。そのため、不当解雇の争点は、解雇の正当性や有効性の有無が主なものとなります。司法の場で不当解雇について争う手段には、労働審判と訴訟提起があります。
方法の違いはありますが、いずれも不当解雇と認定されると、会社に大きな金銭的負担が発生するリスクがあります。労働審判制度について以降で詳しく解説していきます。
労働審判とは?裁判との違い
労働審判は、個々の労働者と会社の間で発生したトラブルを短期間で解決するために作られた制度です。原則として3回以内の期日で審理終了となっており、その手続きは関係者を除き、原則非公開の手続きとなっています。
訴訟を提起した場合には解決までに年単位の期間が必要になることが一般的ですが、労働審判の平均日数は約80日となっています。紛争を短期間で終結できれば、労使共にメリットのある制度といえます。
労働審判の流れ
労働審判の一般的な流れは以下の通りです。
- 労働者からの申立て
- 答弁書の提出
- 労働審判手続期日(1~3回)
- 調停成立または労働審判決定
3回以内の期日で審理を行うため、反論できるタイミングは非常に限定的です。もし、反論の機会を逸してしまえば、会社にとって不利益な決定が下るおそれがあります。反論の骨子となる答弁書の提出には期限があります。
提出期限を守らなかったり提出しなかったなどがあれば、審判員の心証を害することにもなりますので、必ず期限を守って提出しましょう。しかし、提出までの期間は決して十分とはいえません。早期に的確な答弁書を作成するには、早めに弁護士へ相談することをおすすめします。
解決金の相場
解決金の内容は労働審判の話し合いによって決定します。解決金は、双方がこのトラブルを終結させるために納得できる金額で設定することになります。解決金の金額には、統計上の相場感があります。ただし、あくまでデータによるものですので、すべての事案に当てはまるわけではありません。
事案によってはこの相場を大きく超える金額になることも多々あります。目安の1つとして以下の表をご参考下さい。
| 解雇の正当性が認められた場合 | 賃金の1ヶ月分~2ヶ月分 |
|---|---|
| 解雇の正当性が否定できない場合 | 賃金の3ヶ月分~6ヶ月分 |
| 解雇の正当性に相当程度の疑義がある場合 | 賃金の6ヶ月分以上 |
| 解雇が不当であると認められた場合 | 賃金の12ヶ月分以上 |
不当解雇の労働審判で会社側が主張すべき反論とは?
不当解雇トラブルによる労働審判では、会社が主張すべき反論はある程度ポイントを絞っておこなうべきです。労働審判は審理期間が短いため、広く浅く主張してしまうと論点がぼやけてしまい、会社側が強く訴えるべき焦点が定まらなくなってしまいます。具体的には以降で解説する内容を軸として反論していくとよいでしょう。
ただし、事案によって各ポイントの重要度は異なるため、反論ポイントが不明確な場合には弁護士へご相談ください。
①「労働者」に該当しないこと
労働審判は個々の「労働者」であることを前提とした制度ですので、もし、申立人が労働者に該当しない場合にはその旨を主張しなければなりません。ただし、労働者にあたるかどうかは、形式で決まるのではなく、実態により判断されます。通常、契約内容が業務委託契約であれば、雇用した「労働者」ではなく、業務委託をうけた受託者となります。
しかし、契約内容がどうであっても、会社の指揮命令を受けて業務に従事しているのであれば、実態は労働者となってしまいます。労働者性について反論する場合には、契約内容とともに実態がどうであったのかを社内で確認しておきましょう。
②自主退職・合意退職であること
自主退職や合意退職であれば、解雇ではありませんので、その事実を主張立証しましょう。解雇ではなく自主退職等であったことを証明するには、従業員の意思であったことの根拠を提示しなければなりません。従業員が作成した退職願や退職届など客観的な証拠を提出するとよいでしょう。
ただし、退職届があっても、会社が無理に書かせたなど、従業員の自由な意思に基づいて作成したものでない場合には、解雇と判断される可能性もあります。自主退職等であってもその経緯や、受け取った上司などから状況の詳細をあらかじめ確認しておきましょう。
③普通解雇であること
普通解雇として合理的な理由があれば、経緯等含めて主張立証していきます。解雇は従業員にとって大きな不利益であるため、解雇権濫用法理が適用されます。普通解雇に客観的にみて合理的な理由があり、社会一般からしても相当な処分であると認められなければ無効となってしまいます。
普通解雇の理由に多く見られるケースとして、能力不足があります。能力不足による普通解雇が妥当とされるには、能力不足の内容や程度と会社の指導内容や経緯、指導による従業員の改善可能性の有無、会社による解雇回避手段の有無などがポイントとなります。
日頃から、指導書等を記録化し、反省文、始末書などを保管しておくようにしましょう。
④整理解雇であること
不当解雇ではなく整理解雇によるものである場合には、経営上の理由からやむを得なかった事情を主張していく必要があります。原則として、整理解雇には以下の4要件を満たしていることが必要とされますので、まずは各要件の充足を検証しましょう。主張立証の根拠となる資料の準備も重要なポイントです。
また、整理解雇の場合には、経営不振が原因であるため、金銭的解決が困難である点についても積極的に主張しておくべきでしょう。
- 人員整理の必要性
- 解雇回避努力義務の履行
- 解雇対象者選定の合理性
- 解雇手続きの妥当性
⑤懲戒解雇であること
懲戒解雇を行った場合には、その有効性を証明し、不当解雇ではないと反論しなければなりません。懲戒解雇が有効と判断されれば、復職や解決金の請求が認められず、会社側に有利な解決となる可能性があります。懲戒解雇の場合には、まず就業規則上に根拠となる規定が設けられているのか、また従業員が行った問題行為が懲戒事由に該当するのかがポイントとなります。
懲戒解雇は懲戒処分の中でも最も重い処分ですので、その決定をせざるを得なかった事情についても主張していく必要があります。従業員の問題行動の内容や頻度、それに対する会社の指導内容を事前に整理しておきましょう。
もし、軽い処分から行っても従業員の行動が改善しなかった等があればその点についても主張することで、懲戒解雇の妥当性を強めることができます。
不当解雇の労働審判における答弁書とは?
労働審判で提出する答弁書とは、申立書に記載された労働者側の主張に対して、会社側の反論や言い分を記載する書面のことです。通常は、主に次のような内容などを記載します。
- 申立の主旨に対する答弁
- 申立書に記載された内容に対する認否
- 答弁を理由づける事実
- 予想される争点
労働審判は短期間で審理が終了してしまうので、答弁書の内容が不十分であれば、会社が主張しきれぬまま審理が終了してしまうおそれもあります。初回期日までに入念な準備と、充実した答弁書を作成することが労働審判においては重要な点となります。
労働審判(不当解雇)の答弁書の作成ポイント
労働審判では答弁書の内容が非常に重要な要素となります。答弁書の締切りは非常にタイトなスケジュールになることも多いので、迅速・的確に作成する必要があります。不当解雇による労働審判の場合には、以下の点を重視して作成するとよいでしょう。
- 請求されている内容を正確に把握する
- 復職請求に関する反論ポイント
- バックペイの請求に関する反論ポイント
- 慰謝料請求に関する反論ポイント
以降で具体的に解説していきます。
請求されている内容を正確に把握する
申立書には労働者側の請求内容が記載されています。まずは、請求の内容を正確に把握しましょう。何を請求しているのか不明確なままでは、答弁書の内容も的を得ないものになってしまいます。不当解雇トラブルの場合、通常は解雇無効を主張した上で、復職請求や解雇時に遡っての未払い賃金の請求(バックペイ)、慰謝料の請求をするのが一般的です。
労働者側の請求を確認できたら、会社側の反論内容を検討し、答弁書へ記載していきます。
復職請求に関する反論ポイント
復職請求は、解雇は無効であるとした上で職場復帰を求めるものです。復職は解雇が無効であることが前提となりますので、これを覆すには解雇の正当性を主張しなければなりません。解雇を正当とするには解雇権の濫用でないことを証明する必要があります。
客観的にみて解雇を選択することに妥当性があり、社会通念上も解雇が相当と認められるためには、解雇に至った経緯を整理して証拠を集めておきましょう。また、就業規則に従って解雇手続きを行っているかどうかについても確認が必要です。
解雇の正当性を証明するのは決して容易ではありませんので、少しでも不安があれば弁護士へ相談の上、十分な準備を進めるべきでしょう。
バックペイの請求に関する反論ポイント
バックペイの請求とは、解雇の無効を主張することで、解雇時点に遡って未払いとなる賃金の支払を求めるものです。バックペイの請求についても、解雇の無効が前提となっているため、解雇が正当であると立証できれば、請求は認められなくなります。
不当解雇と判断された場合には、バックペイの支払いが必要となりますが、状況によっては減額できる可能性があります。もし、従業員が解雇された後、他社に就職して給与を得ているなどがあれば、給与の二重取りとなってしまうため、その分については控除を主張することができます。
従業員の解雇後の就労状況についても可能な範囲で確認しておくとよいでしょう。
慰謝料請求に関する反論ポイント
不当解雇により精神的苦痛を被ったとして慰謝料を請求されることもあります。突然の解雇はショックを受けることも多いと思われますが、どのような場合にも慰謝料が認められるわけではありません。
不当解雇の慰謝料は、解雇に至る経緯に嫌がらせがあったり、悪質性が高いなど、復職とバックペイなどの賠償によっても慰謝できないほどの特別の事情がある場合に認められる傾向があります。そのため、バックペイや逸失利益の損害賠償が認められる場合には、慰謝料は認められないことが多いです。
もし、不当解雇と判断されたとしても、解雇が悪質なものでなければ、慰謝料の支払義務まではないと主張することは可能でしょう。また、解雇となった経緯に、従業員の非があり、その点を立証できれば、減額できる可能性もあります。
解雇無効=慰謝料請求全額とは限りませんので、可能な限り会社側の事情や正当性を示すことが大切です。
不当解雇で労働審判を申し立てられた場合は、労働問題に強い弁護士にご相談下さい。
労働審判を申し立てられたら時間との勝負になります。本稿で解説したように、相手の請求内容を正確に把握した上で、反論するポイントを見極め、答弁書を作成する必要があります。しかし、これらの作業は決して容易ではありません。反論・主張のポイントを間違えれば、取り返しがつかない可能性もあります。
不安があれば専門家である弁護士に相談するべきでしょう。弁護士法人ALGでは、労働問題に精通した弁護士が多数在籍しておりますので、労働審判についても全国対応が可能です。労働審判の対応に少しでも不安があれば、まずはお気軽にご相談ください。
この記事の監修
弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 執行役員
- 保有資格
- 弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
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