残業代
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監修 | 弁護士 家永 勲 弁護士法人ALG&Associates 執行役員
固定残業代という制度を耳にしたことがある方は多いでしょう。会社によっては定額残業代やみなし残業代という呼称を使っているかもしれません。固定残業代とはその名の通り、一定の残業時間の割増賃金を「固定して」定額で支払う制度です。
毎月の残業代を固定することで人件費の予測がつけやすい等のメリットがありますが、毎月の残業時間は必ずしも一定ではありません。そのため、固定残業代が正しく運用されなかった結果、未払い賃金問題に陥るケースもあります。
労働基準法上、割増賃金の計算方法は定められていますが、支払い方法については賃金5原則以外の定めはありません。だからといって不当な支払いが認められるわけではないため、運用には専門知識が必要となります。本稿では固定残業代が無効になるケースや、正しい運用ポイントについて解説していきます。
目次
固定残業代(みなし残業代)とは?
固定残業代とは、従業員の時間外労働や休日労働に対する割増賃金を一定の金額もしくは一定の計算式による金額で支払う制度です。実際の労働時間による割増賃金(残業代)が、あらかじめ定めた固定残業代を超過する場合は、別途、追加で支払うことになります。みなし残業代や定額残業代と呼ばれる制度も固定残業代と同様の仕組みです。
最近では、固定残業代を発端としたトラブル事例も多いため、違法な制度と捉えられることもありますが、決してそうではありません。固定残業代はどのような残業の対価であるかを明確にし、適切に残業時間を管理するなど正しい運用であれば、法的に有効な制度です。
固定残業代はデメリットだけでなくメリットもある制度ですので、制度を正しく理解して上手に活用するとよいでしょう。
| メリット | デメリット |
|---|---|
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固定残業代が有効となるための要件
固定残業代は残業に対する対価であることが明確でなければなりません。もし、支払いの内訳が曖昧であれば、割増賃金が未払いと判断される可能性もあります。固定残業代が有効となるためには、以下の要件を満たすことが必要です。
明確区分性
通常の労働に対する賃金と、割増賃金に対する賃金が明確に区分されているのかがポイントになります。割増賃金に相当する部分が判別できなければ、固定残業代が労基法による残業代基準を満たすかどうかが確認できないためです。
対価性
従業員の時間外労働等に対する割増賃金としての支払いであるのか明確でなければなりません。業務手当などの名目で固定残業代を支給していた場合、残業の対価であることが明示されていなければ、残業代として判定されないおそれがあります。
差額精算の合意
固定残業代の金額を超えて、残業代等が発生した場合には、その超過分を追加で支払わなければなりません。このような差額の支払いについては労基法上、当然の対応ですが、従業員の理解を促すためにも合意が求められることがあります。
固定残業代について違法な運用をするとどうなる?
超過分の支払いがない、基本給との区別がないなど、適切に運用されていなければ、固定残業代は違法となるおそれがあります。固定残業代が違法になれば未払い残業代が発生することになり、従業員が労働審判や訴訟を起こす可能性もあります。
また、固定残業代を支払うことで残業を無制限に命じていたなどがあれば、36協定違反にも繋がります。36協定を締結したとしても、残業の上限規制はあります。たとえ、固定残業代の計算は正しくても、残業の上限規制を超えていれば、「6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金」が科される可能性もあるでしょう。
また、固定残業代を不正に活用したなどと公になれば、企業イメージを損なうことになり、いわゆるブラック企業とみなされるかもしれません。採用にも影響することが予想されますので、人材の獲得が難しくなれば、会社に大きな損失が生じることになるでしょう。
未払い残業代の請求についての詳細は下記ページで解説しています。
さらに詳しく未払い残業代を請求されたらどうする?会社側がすべき5つの反論ポイント固定残業代が違法・無効とみなされる5つのケース
固定残業代が違法もしくは無効と判断されやすい主なケースとしては、以下の5つが挙げられます。
- 就業規則や雇用契約書に固定残業代の記載がない
- 固定残業代を基本給に含めている
- 超過部分について残業代を支払っていない
- 基本給が最低賃金を下回っている
- 固定残業時間を月45時間超に設定している
これらに該当する場合、早期に社内体制を是正する必要があります。各ケースについて以降で詳しく解説していきます。
就業規則や雇用契約書に固定残業代の記載がない
固定残業代は賃金の1つですので、労働基準法に則り、就業規則や雇用契約書に必ず記載し、明示しなければなりません。もし、従業員へ周知しないまま固定残業代を導入していた場合には、固定残業代が割増賃金の支払いとは認められない可能性があります。
採用面接で固定残業代について口頭で伝えた、などは明らかなエビデンスがなく、司法の場では無効とされることがほとんどです。
固定残業代は労働条件にあたりますので、適用するには労働契約上の根拠を示せるようにしなければなりません。もし、就業規則に規定がない、雇用契約書に記載がない場合、固定残業代の導入は、就業規則の不利益変更に該当するケースもあります。早急に弁護士へ相談し、適切な対処を行いましょう。
固定残業代を基本給に含めている
固定残業代を導入するにあたっては、就業規則や雇用契約書などで、以下の内容を明らかにしましょう。固定残業代が何時間分の残業への対価なのか、固定残業代の金額はいくらなのかが不明な場合、無効と判断される可能性は高くなります。
- 固定残業代を除いた基本給の額
- 固定残業代に関する労働時間数と金額の計算方法
- 固定残業代を超過する時間外労働等の割増賃金の追加支給
【違法とみなされる表記の例】
- 月給35万円(40時間分の残業代を含む)
- 営業手当5万円(固定残業代を含む)
超過部分について残業代を支払っていない
固定残業代は、残業代すべてを自動的にカバーするわけではありません。一定の残業枠について毎月固定で支払う制度ですので、設定した残業分をオーバーすれば、その超過分は別途支払う必要があります。固定残業代=追加の残業代支払い無し、ではないことを十分に理解しておきましょう。
固定残業代は時間外労働のみとし、深夜労働や休日労働は別途支給とすることも未払い対策になります。深夜労働などは、通常の時間外労働と割増率が異なるため、計算ミスにより意図せず未払いが生じやすいためです。定期昇給等によって基本給や手当が増額した場合も、割増賃金の単価が代わるため、設定していた時間分をカバーできず、未払い賃金が発生する場合があります。
残業時間を正しく管理し、固定残業代分を超過していないか必ず確認するようにしましょう。
基本給が最低賃金を下回っている
最低賃金とは、会社が従業員に支払わなければならない時間単位給の最低額をさします。固定残業代は基本給に組み込んで支給されることもありますが、固定残業代分を除外した基本給が最低賃金を下回ってはいけません。最低賃金の算定から固定残業代は除外して計算しなければならない点に注意しましょう。
もし、固定残業代を除外した結果、最低賃金を下回ることになれば、罰則や行政処分の対象にもなり得ます。毎年10月頃に最低賃金が改定される可能性がありますので、その都度、最低賃金をクリアしているか判定する必要があるでしょう。
固定残業時間を月45時間超に設定している
固定残業代の時間設定に明確なきまりはありません。しかし、固定残業代が時間外労働等の対価である以上、残業時間の上限規制を超えることは法律の趣旨に反するといえます。残業時間は、36協定を締結していても、原則として月45時間、年間360時間を上限として法律に定められています。
これを上回る残業は、36協定の特別条項を締結し、かつ臨時的・特別な事情がある場合に限るとされています。つまり、固定残業代に対する残業時間を、月45時間を超えて設定するということは、臨時的な措置ではなく恒常的な残業時間とみなされれば、不適切な体制になるでしょう。
労基法の割増賃金の算定基準を満たす固定残業代を支払っていても、違法と判断される可能性は十分にあると考えられます。
月40時間の固定残業時間は違法?
固定残業時間を月40時間分として設定することは、36協定を締結していれば違法とはいえません。しかし、月40時間の残業は36協定における一月あたりの上限である45時間に近似しています。
毎月恒常的に発生すれば、年間の時間外上限を超過する点に注意が必要です。また、厚生労働省が発表する平均的な残業時間と比較すると約4倍にあたるため、採用面で不利になることも考えられるでしょう。
もし、恒常的に月40時間の残業が発生すれば長時間労働になり、うつ病や過労死などの危険性が高まります。会社は従業員の健康や安全面に配慮する義務がありますので、それらも踏まえて、固定残業時間を設定することが求められるでしょう。
固定残業代を正しく運用するためのポイント
固定残業代を導入することはメリットもありますので、正しく運用することで、労使双方にとって良い制度にすることも可能です。正しい運用のポイントは以下の3点が挙げられます。
- 労働時間を適正に把握する
- 残業代を正しく計算して支払う
- 弁護士に相談する
各ポイントについて解説していきます。
労働時間を適正に把握する
固定残業代を導入しても、会社は労働時間を正しく把握する義務があります。設定した固定残業時間と、実際の残業時間に乖離がないかを確認し、超過している場合には、超過分の残業代を支給しましょう。
残業時間の把握を容易にするために、勤怠管理システム等を導入することも有効な手段です。システムを導入することで労働時間の把握が正確になり、残業を事前許可制にすることも容易になります。
労働時間を正しく管理することは、長時間労働の防止や業務の効率化にも繋がります。労働時間の把握が難しいなどの事情があれば、放置せず、専門家にアドバイスを求めましょう。
労働時間の把握義務についての詳細は下記ページで解説しています。
さらに詳しく労働時間の把握の義務とは?客観的な記録方法や罰則について残業代を正しく計算して支払う
法定労働時間を超えて労働した場合、会社には残業代を支払う義務があります。固定残業代がどのような割増賃金を対象として設定されているのか就業規則等に明記し、人によって対応が異なるなどの問題が発生しないようにしましょう。
固定残業代に深夜労働や休日労働の割増賃金を含まない場合は、別途計算して支給漏れのないよう注意しなければなりません。どこまでが固定残業代でカバーできるのか明確でなければ、未払いトラブルに繋がるおそれがあります。
固定残業代のメリットの1つは事務負担の軽減ですが、正しく設計すれば終わりというわけではありません。適切な運用を行う上で、定期的なメンテナンスが必要であることを認識しておきましょう。
残業代の計算について詳しく知りたい場合は、下記ページをご覧下さい。
さらに詳しく残業代の正しい計算方法とは?未払いが発生した場合のリスク弁護士に相談する
固定残業代の導入は、リスクもありますがメリットもある制度ですので、制度を理解して正しく運用することが大切です。運用に不備があれば未払い残業代が発生し、訴訟トラブルなどに発展するおそれもあります。固定残業代の導入や定期的な制度の見直しは、労務に専門性をもつ弁護士へ相談すると安心です。
弁護士に相談することで、労働基準法などに抵触しない制度設計ができることはもちろん、訴訟リスクなどを踏まえた運用サポートも受けることができます。特に、固定残業代の導入によって就業規則の不利益変更に該当する場合には、従業員への個別の説明など丁寧な対応が必要です。
弁護士のアドバイスを受けたうえで、導入を検討したほうがよいでしょう。
固定残業代(みなし残業)が有効と判断された裁判例
固定残業代は訴訟トラブルになることも少なくありません。しかし、適切に導入されていれば、司法の場においても有効と判断されます。固定残業代の適用を有効と判断した、さいたま労働基準監督署長事件をご紹介します。
事件の概要
(平成29年(行ウ)第21号・平成31年1月31日・東京地方裁判所・第一審)
正社員としてラーメン店Yに就労していたXは急性心不全により死亡しました。遺族らは過重業務が原因であるとして労災を申請し、認定されましたが、その支給決定の内容は不当であるとして、遺族らは訴訟を提起しました。遺族らは遺族補償年金の給付基礎日額の算定方法に違法性があると主張しました。
固定残業手当および深夜手当に関して、Y店とXのあいだに合意があったとはいえず、給付基礎日額算定の基礎賃金にこれらの手当を算入するべきとしました。
裁判所の判断
固定残業代について裁判所は、雇用契約等に根拠を定めることで、時間外労働等への対価として定額で支払うことができるとしました。本事案について、固定残業手当および深夜手当は、給与明細にそれぞれ明記されており、基本給と明確に区別されていると認定しました。
また、雇用契約書に「業務手当」を「残業手当」として支給する旨が明記されていること、賃金規定において定額の固定残業手当を支給することなどが定められていることから、対価性についても認定しました。また、実際の時間外労働がその金額を超えたときには、別途時間外手当を支給する規定の有効性も認められました。
これらの事実から、「業務手当」ないし「固定残業手当」は、時間外労働に対する対価であり、「深夜手当」は深夜労働に対する対価にあたると判示しました。以上より裁判所は、固定残業手当および深夜手当は、いずれも割増賃金に当たるとし、給付基礎日額算定の基礎賃金には算入されないと判断しました。
ポイント・解説
本事案では、業務手当が固定残業代の要件を満たしているのかが争点の1つとなりました。裁判所は、固定残業代の3要件である①明確区分性、②対価性、③差額精算の合意についてそれぞれ検討しています。いずれも就業規則や雇用契約書、給与明細に明確な根拠があり、固定残業代の金額や区分が客観的に明確な運用が為されていました。
差額精算の合意に関する合意書等は締結されていませんが、就業規則上に定めがあり、当事者であるXも制度を理解していたと認められています。
固定残業代の制度導入にあたっては要件を満たすだけでなく、根拠を明確にし、従業員の理解を促すことも重要とされます。適切な制度導入と運用には専門家のアドバイスを参考にするとよいでしょう。
固定残業代(みなし残業)が無効と判断された裁判例
固定残業代は、明確に区分して支払うことはもちろん、設定する残業時間についても注意が必要です。固定残業代を導入したからといって、時間外労働の上限規制が撤廃されるわけではないため、36協定の内容に反する設定は実態との乖離が生じてしまいます。固定残業代が無効と判断されたマンボー事件をご紹介します。
事件の概要
(平成28年(ワ)第23547号・平成29年10月11日・東京地方裁判所・第一審)
マンガ喫茶等を経営するY社で夜間業務に従事していたXは、1日12時間のシフトで勤務していました。Y社とXは労働契約締結に際し、時間外・深夜・休日の割増賃金については、毎月定額支給とする誓約書を交わしていました。
しかし、基本給の金額や固定残業代の詳細については明らかにされておらず、採用面接において賃金総額を言い渡されるのみでした。給与明細上は、基本給と超過勤務手当としてそれぞれ支給されていましたが、賃金総額からの配分についてもXは認識していませんでした。
Xは恒常的に月100時間以上の時間外労働を行っていましたが、超過勤務手当以外の割増賃金は支給されませんでした。これらのY社の対応を踏まえ、Xは固定残業代に関する誓約書は無効であり、未払い賃金が発生しているとして訴訟を提起しました。
裁判所の判断
固定残業代の有効性について裁判所は、給与明細上は項目をわけて、それぞれ支給していたことを認めました。しかし、採用面接時の説明では賃金総額のうち、どの部分が固定残業代にあたるかは説明しておらず、基本給と固定残業代の判別は不可能としました。また、そのような説明のみで締結された契約においては、固定残業代に関する合意があったとは認められないと判示しました。
Y社は就業規則に固定残業代に関する規定があったと主張しましたが、規則の存在や周知の事実は不明であるとして、Y社の主張を退けました。さらに、Xが月100時間以上の時間外労働を恒常的に行っていたことからも、その対価として超過勤務を位置づけることは公序良俗に反し無効であるとしました。以上から、賃金総額全額が割増賃金の基礎となる賃金であるとして、Y社に未払い賃金の支払いを命じました。
ポイント・解説
固定残業代の適用にあたって、個別に同意を求める運用は非常に有益ですが、そのためには固定残業代の詳細を明らかにして説明することが求められます。説明する際は口頭だけではなく雇用契約書などの根拠を明示して説明するようにしましょう。
本事案では明らかではありませんが、固定残業時間の超過分についての取扱いについても説明する必要があると考えられます。また、説明すれば固定残業時間が自由に設定できるわけではありません。割増賃金の単価を踏まえた時間設定はもちろん、36協定の締結内容も踏まえた設定でなければなりません。
本事案のように、時間外労働の上限規制を超え、過労死ラインに及ぶような時間設定は、36協定の内容に関わらず、公序良俗違反になり得ます。固定残業時間の設定に迷う場合は、弁護士へ相談しましょう。
固定残業代の運用で不安があれば、労務問題に詳しい弁護士にご相談下さい。
トラブルに発展しやすい固定残業代ですが、正しく運用することで有益な制度になります。しかし、固定残業代の導入は就業規則の不利益変更になるケースもあり、慎重な検討が必要です。また、既に運用している場合も、法改正などの影響を受けるため、定期的な見直しは必須といえます。固定残業代を導入したい、もしくは既に運用しているが見直しが不十分などの場合には弁護士へご相談下さい。
弁護士法人ALGでは、様々な業種の労務顧問を担当しており、日々、多くの事案に対応しています。労務問題に詳しい弁護士であれば、会社の状況に応じて適切な運用をアドバイスすることができます。就業規則の整備や制度設計などの予防法務からトラブルに発展した際の対応まで、幅広い法的サービスを展開しています。固定残業代の運用に少しでも不安があれば、まずはお気軽にお問い合わせください。
この記事の監修
弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 執行役員
- 保有資格
- 弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
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