問題社員
#不正行為
#役員
監修 | 弁護士 家永 勲 弁護士法人ALG&Associates 執行役員
昨今では、横領や背任に当たる行為や、営業秘密の持ち出し等による不正競争防止法違反、不正会計、不正な商品の販売など、役員(取締役)の不正行為が多発しています。
役員は、会社と委任契約を結んで業務を遂行するプロフェッショナルであり、その責任が重い一方、業務遂行にかかる権限や裁量については、一般の社員に比較し、相当広く認められています。
役員の不正行為は、一般社員が起こすものよりも会社への影響力が大きく、対応を誤ると、社会的信用の失墜や顧客の流出など、会社の存続に関わる問題につながるリスクがあります。
このページでは、役員(取締役)の不正行為への対応や責任追及の方法、再発防止策などについて解説していきます。
目次
役員(取締役)の不正行為が発覚した際の初動対応
会社役員(取締役)の不正行為が発覚した場合は、初動対応として以下の対応が必要となります。
- 事実関係の調査
- 客観的な資料の収集
- 社外に向けた公表
役員の不正については証拠が隠ぺいされやすく、時の経過とともに真相の解明が困難となるおそれがあるため、できる限り迅速に初動対応を行わなければなりません。
事実関係の調査
役員の不正行為が事実であるのか、どのような被害が発生しているのか、まずは事実関係の調査を行いましょう。
調査方法として、会社自身で行う社内調査と、弁護士などの第三者機関に任せる第三者調査があります。社内調査ではコストはかかりませんが、社内で強い権限を持つ役員を適切に調査できるかという課題があります。第三者調査では費用はかかるものの、公正中立的な調査を行えるため、第三者調査の方をお勧めします。
適切に事実関係を把握するために、まず関係者からのヒアリング調査から開始し、それを裏付ける証拠を収集するという流れで実施します。ヒアリング内容については、証拠として確保するため、録音や議事録で記録化しておきましょう。
ヒアリングを行う際は、役員と関係者の利害関係を把握しておくことが重要です。
なぜなら、例えば、関係者が役員の直接的な部下である場合は、役員に肩入れした証言をするリスクがあるからです。
客観的な資料の収集
事実関係を調査したら、不正行為の裏付けとなる客観的な資料(証拠)を収集します。
証拠隠滅を防ぐため、物的証拠のうち消去可能なもの(会社貸与のパソコンや携帯電話、メール、データファイルなど)から優先的に収集することが大切です。
役員のPCのログ解析やメール履歴、不正行為に関わる取引の経緯などを調査し、できる限り有効な証拠を確保しましょう。
また、内部資料と外部資料は分けて収集・管理することもポイントです。
収集した証拠は破棄や編集されないよう、鍵付きの場所に保存するなど保全措置を講じておきます。
なお、会社貸与のPCや携帯電話であっても、無制限に内容を確認できるわけではありません。
データ収集の必要性や、侵害され得るプライバシーの程度などを比較衡量した上で、慎重に判断しなければなりません。
また、役員が証拠の隠滅や他の役員と口裏合わせなどを行うリスクがあるため、必要に応じて役員を自宅待機させることも検討すべきでしょう。
社外に向けた公表
役員の不正行為について必ず社外公表しなければならないというわけではありません。
しかし、上場企業での不祥事については、法律や証券取引所のルールによって公表が義務付けられている場合があります。
また、上場企業、非上場企業にかかわらず、法律上の公表義務はなくても、将来的に顧客や取引先などから損害賠償責任を追及されるリスクを軽減する目的(健康被害を引き起こす可能性のある商品の回収など)や、将来不祥事の未公表が発覚した場合のレピュテーションリスクなどを考慮して、むしろ自ら積極的に公表した方が望ましい場合もあります。
公表の可否については、法的リスクを伴う慎重な判断が求められるため、弁護士などの専門家に相談することをお勧めします。
不正行為をした役員(取締役)に対して会社ができる対応
内部調査の結果、役員の不正行為が事実であると認定された場合に、不正行為をした役員(取締役)に対して会社ができる対応として、以下が挙げられます。
- 違法行為の差止め請求
- 職務執行停止の仮処分
- 損害賠償請求
- 役員の解任
- 刑事告発
役員は会社と委任契約を結ぶ立場にあるため、一般社員に行う就業規則に基づく懲戒処分が行えません。そのため、以下のような特別な対応が必要となります。
違法行為の差止め請求
役員が違法行為をやめない、または違法行為をするおそれがある場合、株主は役員に対して違法行為の差止め請求をすることが可能です(会社法360条)。
差止請求を行える株主は、6ヶ月前から引き続き株式を有する株主に限定されます。
ただし、非公開会社ではこの6ヶ月要件はありません。
なお、差止め請求は、取締役の行為が法令あるいは定款に違反し、又は違反行為をするおそれがある場合であって、会社に著しい損害が生じるリスクがある場合(監査役設置会社等一部の会社では「回復することができない損害」)に限って認められるものです。
差止め請求は裁判以外の方法でも可能ですが、裁判所に対して違法行為の差止め請求をする場合は、具体的な違法行為の特定や証拠の確保等が必要です。
職務執行停止の仮処分
役員に対して、裁判(解任の訴えや差止め請求など)を起こしたものの、役員が暴走行為を止めない場合や裁判の結果を待っていては会社が損害を被るおそれがある場合は、裁判所へ職務執行停止の仮処分の申立てを検討する必要があります(民事保全法23条2項)。
解任の訴えなどは裁判であるため時間がかかりますが、仮処分申立ての審理は、裁判よりもスピーディに進むというメリットあります。仮処分命令が下りれば、裁判による解決を待たずに、役員としての職務執行を停止させることができます。役員がこの仮処分に反して職務執行をすると無効となります。
ただし、職務執行停止の仮処分は、元となる裁判の提起があった上で、その裁判の結果をまたずに役員の職務を停止させなければ、会社に著しい損害が生じるおそれがある場合にのみに認められます。
例えば、役員の職務を停止しないと、会社の社会的信用が失墜する場合や、役員に経営能力がない場合、役員が会社の重要な財産を私的に流用するおそれがあるケースなどが挙げられます。
損害賠償請求
役員は会社から委任を受けて業務執行を行う立場にあるため、良識と高度の注意を尽くして、会社の利益のため忠実に業務に当たるべき、善管注意義務と忠実義務を負っています。
役員がこれらの義務を怠り、不正行為により会社に損害を与えた場合は、会社は役員に対し損害賠償請求することが可能です(会社法423条1項)。売上・利益の減少分や、追徴課税や罰金などによって受けた損失についても、すべて損害賠償の対象となります。
役員に損害賠償責任が認められるケースとして、不正行為に直接関わっている場合はもちろんのこと、直接関わっていなくとも、不正行為について監視・監督を怠っていた場合や不正判明後に損害拡大防止を怠ったような場合も含まれます。
損害賠償請求する際は、会社が被った損害を立証する資料をもとに損害額を算出し、内容証明で支払い請求書を送付します。役員が支払いに応じなければ、裁判などの法的手段を検討します。
役員の解任
不正行為が重大である場合は、速やかに役員の解任を検討しましょう。
役員を解任するためには、株主総会の決議が必要となるため(会社法339条1項)、臨時株主総会を開き、解任決議をとることが必要です。
株主の過半数が出席しており、そのうち過半数が解任に賛成したときに解任決議が可能です。
もっとも、役員の会社での影響力が強ければ、解任決議が否決されるおそれもあります。
仮に否決された場合に、議決権の3%以上の株式を6ヶ月前から有する株主であれば、裁判所に対して役員解任の訴えを提起することが可能です。
訴えは、解任決議が否決された日から30日以内に提起する必要があります。
そして、役員を解任したら、解任日の翌日から2週間以内に役員解任の登記を行います。
なお、任期途中に解任すると、役員が会社に対し、残りの任期期間中の報酬相当額の賠償請求を行う場合があります。
これを防ぐためには、正当な理由でもって解任することが必要となるためご注意下さい。
刑事告発
役員の不正行為が悪質で被害額が大きい場合や、弁償も行われていないような場合は、被害を受けた会社として刑事告訴を検討する方法もあります。
役員が追及され得る犯罪として、業務上横領罪、特別背任罪、自己株式取得罪、贈収賄罪などが挙げられます。
例えば、役員が会社のお金を使い込んでいた場合は業務上横領罪が成立し、役員の知人が経営する会社に自社の財産を提供し、自社に損害を与えたような場合は特別背任罪が成立する可能性があります。
刑事告訴する場合は、警察に被害届を提出、あるいは告訴状を提出することが必要です。
被害届の提出だけでは捜査義務が生じませんが、告訴状が受理されれば、警察や検察官が捜査を進めてくれるため、刑事罰を科したいなら告訴を検討しましょう。
もっとも、刑事事件として捜査が行われるとマスコミ等で報道されるリスクがあり、会社の社会的信用の低下は免れませんので、慎重に判断すべきです。
「株主代表訴訟」による責任追及について
会社が役員の損害賠償請求を求めない場合に、株主が株主代表訴訟を提起する可能性があります。
株主代表訴訟とは、会社に損害を与えた役員に対し、株主が会社に代わって損害賠償請求する裁判手続をいいます(会社法847条)。
株主は会社に対し、役員への責任追及の訴えを起こすよう請求することが可能です。
この請求日から60日以内に会社が訴えない場合に、6ヶ月前から引き続き株式を有する株主であれば、代表訴訟を起こすことができます。(ただし、非公開会社ではこの6ヶ月要件はありません。)
本来は会社が役員に責任追及すべきですが、会社代表者としての代表取締役や監査役なども、役員同士の仲間意識で責任追及を渋ることもあり得ます。このような際に使われる手段が株主代表訴訟です。
損害賠償請求が認められると、役員は会社に対し損害賠償金を支払う必要があります。一方、会社は株主に対して、弁護士費用などの一部を支払うことになります。
役員の不祥事で株主代表訴訟が提起された裁判例
ここで、役員の不正行為で株主代表訴訟が提起された裁判例(大阪高等裁判所 平成18年6月9日判決 ダスキン株主代表訴訟事件)をご紹介します。
事件の概要
本件は、ダスキン社が経営する「ミスタードーナツ」の肉まんに、食品衛生法で使用が許可されていない食品添加物が使用されていたところ、取締役らがその事実を知ったにもかかわらず、外部に公表せず販売を続けていました。
しかし、これらの事実が何者かによりリークされ、ダスキン社が販売禁止や罰金などに処されました。マスコミにも広く報道されたため売上が大幅に減少し、加盟店に対する多額の営業補償金等の出費を余儀なくされました。
これを受けて、不正行為に直接関わった食品担当取締役 2 人と、その他の役員ら(販売当時の社長や専務、監査役など)に対し、株主代表訴訟による損害賠償請求がなされた事案です。
裁判所の判断
裁判所は、以下の理由により、食品担当取締役2人と、それ以外の役員らの善管注意義務違反を認め、それぞれに損害賠償金の支払いを命じました。
- 食品担当取締役2人は、肉まんの未認可添加物の混入を知りながら、販売継続を決定し(食品衛生法違反)、その後も事実を隠ぺいし、商品回収や消費者への事実関係の公表、謝罪など、会社の社会的信用失墜の防止や消費者の信用回復のための措置を講じておらず、善管注意義務違反が認められる。
そのため、社会的信用の失墜や加盟店への営業補償等の出費による損害につき、それぞれ53億4000万円の賠償金を支払う義務を負う。- それ以外の取締役らも、事後的に添加物混入や販売の事実を知りながら、商品回収や外部公表の要否を検討することを怠り、その後の取締役会においても不祥事を公表しない方針を示していること等から、善管注意義務違反が認められるため、それぞれ2億~5億円の賠償金を支払う義務を負う。
ポイント・解説
裁判所は、商品の不正に直接関与した「食品担当取締役2人」だけでなく、直接関わっていない「その他の役員ら」についても、善管注意義務違反を認めています。
ただし、損害賠償金については、未認可添加物の肉まん販売や隠ぺいに直接関わったか否か、不祥事を公表しないなど会社の信用の失墜防止策を怠るにとどまったかによって、金額に差をつけたものと考えられます。
役員に責任が認められる場合としては、役員が不正行為に直接関わっている場合は当然ですが、役員が不正に直接関わっていない場合でも、 不正行為に関し監視を怠っていたことの責任や、不正行為の判明後に損害拡大防止を怠ったことの責任を追及される場合があることに、会社として留意しなければなりません。
役員(取締役)の不正行為で企業が講じるべき再発防止策
役員の不正行為の調査結果を踏まえて、再発防止策を講じ、社会的信用を回復させることが必要です。会社が講じるべき再発防止策として、以下が挙げられます。
不祥事の原因の解明
不正行為がなぜ発生したのか、事実関係や直接的な原因を解明するだけでなく、なぜ防止できなかったのか、会社の構造上の問題など根本原因についても分析することが重要です。
業務内容の見える化
経費の支出が特定の役員だけで完結できる状態では、横領などの不正行為を招きやすくなります。
一定の金銭が動く業務については、複数人による確認を行うなど相互監視システムを導入するのが望ましいでしょう。役員への研修
役員に研修を実施し、どのような行為が不正行為となるのか、その場合のリスク等について周知し、役員のコンプライアンス意識を改革させます。
内部通報制度
社員の意見を吸い上げる内部通報制度を整備し、通報者の匿名性を確保できるよう社外窓口の設置を検討します。
第三者機関による監査
定期的に弁護士等の第三者機関による監査やリーガルチェックを行うことも効果的です。
役員(取締役)の不正行為が発覚したら、できるだけ早く弁護士に相談することをおすすめします
役員(取締役)の不正行為が発覚したら、会社に与えるダメージを最小限に食い止めるためにも、迅速かつ適切に対応しなければなりません。
ただし、役員の不正行為への対応としては、事実関係を正確に把握した上で、不正行為の差止め請求や、役員の解任、損害賠償請求、刑事告訴など、状況に合わせて最適な手段を選択する必要があります。
これらの対応には高度な法的判断が求められますので、できるだけ早い段階で、法律のプロである弁護士のサポートを受けることをお勧めします。 弁護士法人ALGには企業法務に精通する弁護士が多く所属しています。
不正行為への対応方法から再発防止策まで、会社の業務内容など個別の事情に応じた最適な解決策をご提案させて頂きますので、ぜひご相談ください。
この記事の監修
弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 執行役員
- 保有資格
- 弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
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