人事
#異動
#配置転換
監修 | 弁護士 家永 勲 弁護士法人ALG&Associates 執行役員
入社時には、多くの企業が雇用契約を結ぶだけでなく、社員から「誓約書」を提出させることが通例です。個々の社員から誓約書を取得することで、「社員にルールを守る自覚を促すことができる」、「言った・言わないのトラブルを防止できる」といったメリットがあります。
会社を運営する上で、配置転換の問題は避けて通れませんので、将来的に可能性がある場合は、誓約書に記載しておくことが望ましいといえます。ただし、公序良俗に反するような、社員に多大な不利益を与える誓約書の作成は認められませんので注意が必要です。
このページでは、配置転換における誓約書の必要性や、誓約書の法的効力などについて解説していきます。
目次
入社時に人事異動・配置転換について誓約書を取り交わしておくべき?
長期雇用を予定して採用された社員であれば、入社後は会社内で配置転換(人事異動)を繰り返しながらキャリア形成を図ることが通例です。配置転換とは、同一企業内での職務内容や勤務地の変更をいい、人事異動とは、配置転換のほか、出向、転籍、昇格・降格なども含めた広い概念をいいます。
就業規則や雇用契約書などに、「配置転換を命じることができる」という規定があるならば、会社には原則として、配転命令権が認められます。
会社は社員の個別の同意なく、配置転換を命じることが可能となりますが、これに併せて、入社時に配置転換に応じることについて、誓約書を取り交わしておくことが望ましいといえます。
これは、誓約書で個別合意を得ていれば、会社の配転命令権がより強く認められると判断されるからです。また、誓約書があれば、配置転換の可能性を本人に認識してもらえるだけでなく、労使トラブルとなった場合にも会社に有利に働く場合があります。
労働基準法上のルール
労働基準法は、雇用契約を締結する際に、会社が社員に対して賃金や労働時間、その他の労働条件等について明示する義務を課しています。 そして、「就業の場所」と「従事する業務の内容」もこれらの明示義務事項に含まれるため、原則として入社時に書面の交付によって明示しなければなりません。
これまで「就業場所・業務の内容」については、行政通達により入社直後のものを記載すれば十分とされており、将来的に人事異動があり得ることを明示するかどうかは、あくまで会社側の判断に委ねられていました。
しかし、2024年4月の法改正により、雇用契約を締結(有期労働契約を更新)する際は、雇入れ(更新)直後の就業場所・業務内容の明示だけでなく、雇用契約の期間中における就業場所・業務内容の変更の範囲の明示も義務化されました。
将来的に人事異動を予定している社員に対しては、採用時や入社時に人事異動の可能性があることを説明する必要があるためご注意ください。
誓約書を取り交わしていない場合のリスク
入社時に誓約書を取り交わしていないと、実際に配置転換を命じる場面で、社員が「転勤があるなんて知らなかった」などと主張して、配置転換逃れをするリスクがあります。また、「転勤があるのでお願い」と口約束しただけでは、後に言った・言わないの争いとなり、労使トラブルに発展するおそれがあります。
誓約書は、万が一裁判へと進んだ場合に、社員が自由な意思に基づき配置転換に応じたことを証明する証拠となり得ます。そのため、できる限り「誓約書(念書)」という形で書面化して、社員の署名・押印を得て、証拠として残しておくことが重要です。
誓約書の異動・配転命令に法的効力はあるのか?
誓約書とは、当事者の一方が守るべき約束事が書かれた文書をいいます。例えば、配置転換については、「勤務内容、勤務地の変更、転勤などを命ぜられた場合は、これに従います」などと記載され、誓約する側だけが署名・押印するのが通例です。
誓約書は約束を守る必要があるという心理的プレッシャーを与えるだけの文書のように見えますが、実はそれだけではありません。誓約書はそれが有効なものである限り法的効力を生じます。
誓約する側(社員)は、誓約書の内容を守る義務を負い、受領する側(会社)はその内容を守るよう要求する権利を持つことになります。誓約書に違反しても罰則はありません。
しかし、誓約書に書かれた義務は労働契約の内容となるため、これに社員が違反して会社に損害を与えた場合は、債務不履行に基づく損害賠償責任を追及できるケースがあります。
また、労使トラブルに発展したときに、誓約書が一定の根拠として効力を発揮することもあります。なお、誓約書の配転命令の有効性は、①誓約書の内容、②労働者の同意、③就業規則との整合性を検討して判断されます。以下で見ていきましょう。
誓約書の内容
誓約書に書かれた配転命令が有効となるためには、誓約書の内容が公序良俗に反していないこと(民法90条)や、労働基準法などの強行法規に違反していないことが大前提となります。
例えば、「配転命令を拒否したら、解雇する」「労働契約の不履行があった場合は〇円の違約金を支払う」「残業代を請求しない」などと誓約書に盛り込むと、誓約書自体が無効となるため注意が必要です。
さらに、誓約書に書かれた文言が抽象的で、その範囲が広すぎる場合にも、誓約書によって社員が負う義務が確定できないため、無効となることがあります。そのため、誓約書の条文は明確な文言で書かなければなりません。
労働者の同意
誓約書が法的に有効となるためには、誓約書の内容について社員側が十分な説明を受け、納得した上で同意していることが求められます。
例えば、会社側が社員に強要して誓約書に無理やりサインさせたり、虚偽のメリットを示すなど騙してサインさせたり、内容を十分に確認させずにサインさせたりした場合は、誓約書の書かせ方が違法となります。
この場合は、強迫、詐欺、錯誤を理由に、社員側から誓約書の取り消しが行われる場合があるためご注意ください(民法95、96条)。
就業規則との整合性
誓約書は、社員本人に就業規則に定めた内容を守るよう働きかけるための書面です。そのため、誓約書と就業規則は整合性がとれる内容にしておくことが重要です。仮に就業規則に配置転換に関する定めがない場合は、誓約書だけで配置転換を強制することは難しくなります。
また、社員が誓約書の内容に違反する行為を行ったとしても、それを理由に懲戒処分を下すことはできません。
就業規則や雇用契約書に配置転換命令について定めておくことで、より強く配置転換の義務が認められると判断されるため、誓約書は就業規則に沿った内容にしておきましょう。
また、後のトラブルを回避するために、誓約書には、配置転換の定めだけでなく、「就業規則の内容に従う」旨も盛り込むことが必要です。
誓約書があっても人事異動・配転が無効になるケース
誓約書があったとしても、配置転換(人事異動)は無制限に許されるものではありません。 例えば、以下のようなケースでは、配置転換が無効と判断される可能性があります。
- 業務上の必要性がない場合
業務上の必要性は、その社員以外では替え難いような高度の必要性までは求められず、適正配置や能力開発、業務の効率化、勤労意欲の向上など会社の合理的運営のために行われる人事異動であれば、必要性が肯定されると判断されています。
- 配置転換の動機・目的が不当な場合
嫌がらせや報復、退職に追い込むなど配置転換の動機・目的が不当な場合は、無効となる場合があります。また、不当労働行為(労組法7条)、国籍・社会的身分・信条による差別(労基法3条)、男女差別(均等法6条)など法律に違反する配置転換も無効です。
- 社員が被る不利益が大きい場合
配置転換によって著しい不利益を社員に与える場合も、無効となる場合があります。 例えば、家族に要介護者がおり、転勤によって介護継続が不可能となる場合は、通常甘受すべき程度を超えたとして、無効と判断される可能性が高くなります。
- 職種・勤務地を限定する合意がある場合
職種や勤務地を限定して雇い入れた社員に、他の職種や勤務地への配転命令を出すためには、社員 の同意を得なければならず、同意を得ない配転命令は無効となります。
配置転換命令が無効と判断された裁判例
ここで、配置転換命令が無効と判断された裁判例をご紹介します。
事件の概要(平成29年(ワ)第19072号 東京地方裁判所 平成30年6月8日判決 ハンターダグラスジャパン事件)
本件は、会社X(建材会社)に勤務する社員Yが、東京本社から茨城工場に転勤した後、片道3時間かけて東京の自宅から茨城まで通勤していたことから、社員Yの健康や安全管理面から問題があるとして、茨城工場近くに引っ越すよう命じたところ、社員Yが応じなかったことから、会社Xは社員Yを解雇しました。
これを不服とした社員Yが解雇無効を訴えて提訴した事案です。
裁判所の判断
裁判所は、以下の理由により、本件転居命令を権利濫用として無効と判断しました。
- 使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所や居住地を決定できる人事権を有するが、転居は労働者の生活環境に影響を与えるため、転勤命令権(転居命令権)の濫用は許されない。
- 転居命令権の有効性は、①業務上の必要性、②不当な動機・目的の有無、③通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を与えるものかを検討して判断するべきである。
- 社員Yは茨城工場に転勤後1年間、無遅刻無欠勤で働いており、長時間通勤を理由に仕事の軽減を求めたことがなく、早朝夜間等の対応も必要ない業務であるため、転居しなければ勤務が困難であったとはいえず、本件転居命令に業務上の必要性はない(①)。
- 本件転居命令には、不当な動機・目的や、転居により通常甘受すべき程度を著しく越える不利益を与えることを認めるに足りる証拠はない(②、③)。
ポイント・解説
裁判所は、本件の「転居命令」の有効性を、「転居を伴う転勤命令」と同じ基準を用いて判断し、不当な動機・目的や著しい不利益性については否定したものの、業務上の必要性はなかったとして、転居命令は無効と判示しています。
本判決では、社員の健康や安全への配慮という曖昧な理由では、業務上の必要性が認められていません。また、転勤を命じる権利が認められたとしても、転勤に伴い社員がどこに住むかについて、会社側が決める権利には限界があることも示されています。
そのため、会社側が転居を想定して転勤を命じる場合には、転勤の必要性に加えて、転居をしなければ業務に支障が生じる理由を整理してから、転勤命令を出すのが望ましいでしょう。
また、遠隔地への転勤が想定される場合には、あらかじめ通勤手当の限度額や支給要件などについても定めておくことを推奨します。
誓約書を守らず人事異動を拒否された場合の対処法
社員が誓約書の内容を守らず、正当な理由なく配置転換(人事異動)を拒否した場合は、以下の対応が必要となります。
- 拒否の理由を確認し、社員と話し合う
配置転換を拒否する理由や生活面の事情を社員から聴取します。 金銭面の条件に不満がある場合や、転勤により家族の介護が困難となるなど私生活に支障を与えることが判明した場合は、待遇面の見直しや配置転換の再考を行う必要があります。
- 業務上の必要性を説明する
基本的に配転命令を拒絶することはできないことを社員に説明した上で、配置転換が必要な理由や、配置転換後の業務内容や待遇についても説明し、理解を得ることが重要です。 また、配置転換は管理職登用条件の一つであるなど、社員側のメリットも強調すれば、説得に応じる可能性が高まります。
- 懲戒処分を検討する
説得を続けても配置転換に応じない場合は、業務命令違反による懲戒処分を検討します。 懲戒処分する際は、就業規則の懲戒事由に当たるだけでなく、客観的に合理的な理由と社会的相当性など一定の要件が求められるため、弁護士に相談することをお勧めします。
配置転換を拒否された場合の対処法について詳しく知りたい方は、以下の記事をご覧ください。
さらに詳しく配置転換(人事異動)を拒否されたらどうする?企業がとるべき対応とは人事異動・誓約書に関して不明点があれば、企業法務に強い弁護士にご相談下さい。
将来的に配置転換の可能性があるならば、入社時に誓約書を取り交わすことが望ましいといえます。 ただし、配置転換は社員の生活やキャリアに大きな影響を及ぼすものであるため、実際に行う場合は慎重に進める必要があります
誓約書を作成したものの、法律違反に当たるかどうか分からない場合や、実際に行う配置転換が法的に有効かどうか判断できない場合は、弁護士へリーガルチェックを依頼することをお勧めします。法律のプロに確認してもらえば、法令違反や誓約書の無効化を防止することができます。
弁護士法人ALGには、労働法務に精通する弁護士が多く在籍しております。人事異動や誓約書について不明点がある場合は、ぜひ私たちにご相談ください。
この記事の監修
弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 執行役員
- 保有資格
- 弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
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