労働審判
#和解
監修 | 弁護士 家永 勲 弁護士法人ALG&Associates 執行役員
労働関係のトラブルをスピーディに解決するための手続きとして、昨今では労働審判が広く活用されています。
労働審判では話し合い、つまり和解による解決が多いという特徴があります。
労働審判で和解すると、和解内容を当事者の自由に決められることや、裁判の敗訴リスクを回避できるなど、様々なメリットがあります。
このページでは、労働審判において和解を目指す際の流れや注意点などについて解説していきます。
目次
労働審判で和解すべきケースとは?
労働審判とは、解雇や給料の未払いなど労働トラブルを迅速に解決するための手続きです。
労働審判委員会(裁判官1名、労働審判員2名)が原則3回の期日で審理して和解にトライし、和解できない場合は、トラブルの実情に応じた審判を下します。
労働審判で和解すべきケースとして、以下が挙げられます。
- 解雇の有効性を争う事件で、労使双方が金銭解決を望んでいる場合
- 和解しないと、会社に不利な審判が下されるという心証が示されている場合
- 裁判に進むと、会社側が敗訴する可能性が高い場合
例えば、不当解雇トラブルにおいて、労働者の本心は職場復帰したくないが、和解金だけはもらいたい、会社としても金銭解決を望んでいる場合は、和解するのが望ましいといえます。
他方で、労働者が復職を希望し、会社側は金銭解決を望む場合には、和解による解決は難しくなります。
労働審判の和解率
裁判所の統計によると、労働審判の約70%が和解(調停)、つまり話し合いにより解決されています。
例えば、令和2年度の統計によれば、和解成立が68.1%となっており、労働審判が言い渡されるケースは16.2%にとどまるにすぎません。
また、労働審判に対し異議が申し立てられない場合や、手続き外で和解に至ったなどとして労働審判手続きがキャンセルされる場合もあるため、実質的な労働審判の和解率は約80%であると考えられます。
労働審判で和解する会社側のメリット
労働審判で和解する会社側のメリットとして、以下が考えられます。
- 早期解決できる
- 柔軟な解決が可能になる
- 訴訟による全面敗訴のリスクを回避できる
- 口外禁止条項を入れることができる
以下で順を追って見ていきましょう。
早期解決できる
労働審判で解決できずに通常の裁判へと進むと、判決が出るまで1年以上かかるなど、トラブル解決までに長い期間を要することが通例です。また、裁判では労働審判よりも厳密に審理がなされ、当事者いずれも十分に法的主張・立証を尽くしたといえる状態まで期日が繰り返されます。
他方、労働審判は原則3回以内の期日で事件を審理するため、裁判よりも短期間で終わるのが特徴です。
当事者の主張・立証や証拠調べなどにかかる時間も少ないため、労働審判の多くが申立てから3ヶ月以内に終了しています。そのため、労働審判において和解すれば、早期のトラブル解決を図ることが可能です。
柔軟な解決が可能になる
労働審判で和解すれば、当事者双方の譲歩による柔軟な解決が可能となります。
和解の内容は法律上の権利を実現するものである必要はなく、会社と労働者の合意により自由に決めることができます。例えば、会社が不当解雇であると認めたうえで、労働者を退職させて、解決金を支払うことで解決済みとするといった内容も可能です。
他方、裁判へと進むと、労働審判よりも厳密に審理されるため、譲歩の余地が少なくなります。
例えば、社員の譲歩によって未払い残業代が減額されることもありません。また、慰謝料額なども裁判例をもとに決められるので、より高額な支払いが命じられる可能性もあります。会社側に有利な条件で解決したいなら、労働審判での和解が望ましいといえます。
訴訟による全面敗訴のリスクを回避できる
労働審判における和解は、裁判所の判決などとは異なり、会社と労働者がある程度譲歩したうえで、納得の上で合意する手続きです。
もしも労働審判で和解できずに裁判へと発展すると、会社側の全面敗訴のリスクがある場合、和解であればこれを回避することが可能です。
また、会社として敗訴判決を受けると、バックペイや付加金の支払いなど経済的な損失や、社内外からの信用の低下という観点からもデメリットです。さらに、判決が出されると、判決内容が公表されるおそれもあります。会社側が受けるダメージを最小限に抑えたいならば、労働審判で和解するのが望ましいといえます。
口外禁止条項を入れることができる
口外禁止条項とは、トラブルが解決和解した場合に、トラブルの経緯や和解内容が社内外に知られることを防ぐため、和解書に設ける条項のことをいいます。
口外禁止条項の例として、以下が挙げられます。
第〇条(口外禁止条項)
申立人及び相手方は、本件和解の内容および本和解に至った経緯について、正当な理由なく第三者に口外しないことを相互に確認する。
口外禁止条項を盛り込めば、労働者が和解内容を第三者に漏らすことを防ぎ、他の社員への波及や社会的信用の低下を阻止することが可能です。そのため、労働審判で和解が成立した場合は、和解書に口外禁止条項を設けることが通例です。
これが審判や裁判所の判決となると口外禁止条項は設けられませんので、和解ならではのメリットといえます。
労働審判で和解を目指す際の流れ
労働審判の基本的な流れは、以下のとおりです。
- 労働者が裁判所に申立書を提出
- 裁判所から第1回期日の指定・呼出し
- 会社は指定された期限までに答弁書や証拠を提出
- 労働審判委員会が原則3回以内の期日で審理
- 和解が成立する
- 和解が成立しない場合は、審判が言い渡される
- 審判に異議を申し立てた場合は、裁判へと移行
労働審判で和解を目指す場合に、会社としてどのような準備や対応をするべきか、以下で詳しく見ていきましょう。
会社側の事前準備
労働審判申立書を受け取ったら、内容を確認し、会社側の反論を書いた答弁書や証拠書類を準備し、指定された提出期限までに裁判所に提出しなければなりません。これらの書類は裁判所の心証(考え)形成や和解の行方に大きな影響を与えるため、法的説得力のあるものを作成することが重要です。
また、期日では関係者に対し口頭による質問もなされるため、その予行演習も行わなければなりません。
さらに、労働審判では第1回期日から和解に向けた話し合いが行われることが多いです。
そのため、和解を目指すならば、会社側であらかじめ妥協案(どのような解決を目指すか、どの程度までなら譲歩できるか、和解金の金額など)について検討し準備しておくことが求められます。
第1回目期日
第1回期日では、労働審判委員会が双方の言い分を聞いたり、直接質問する形で事実関係の確認を行ったりして、審理を行います。その後、当事者が交互に呼び出され、和解に向けた話し合いが行われることが通例です。
会社としては、労働者の主張や双方の証拠状況を見極めながら、会社側の妥協案を提示することになります。
提示するタイミングとしては、労働審判委員会から心証が示されたり、和解を勧められたときが挙げられます。
なお、労働審判では第1回期日で和解が成立するケースも多いため、第1回期日に代表者や決裁権限者が出頭するのが望ましいといえます。当日の出頭が難しいならば、決裁権限者といつでも連絡できる状態にしておくべきでしょう。
第2回目期日以降
第2回、第3回期日では、第1回で裁判所から提案された和解案について、当事者が検討結果を報告し、具体的な話し合いを進めることが通例です。複雑なケースでは、第1回期日で提出できなかった補充書面や証拠などの提出が求められる場合もありますが、多くのケースで第2回までに和解が成立します。
なお、解決金の金額としては、例えば解雇の有効性を争う事件では、賃金の3ヶ月分〜6ヶ月分となることが多く、12ヶ月に近い解決金が提案された場合は、かなり労働者寄りの和解案であると判断されます。
裁判へと進んだ場合のリスクを考慮すれば、賃金の3ヶ月〜6ヶ月分ほどの解決金であれば、会社としては和解に応じるのが望ましいといえます。
労働審判で和解する際の解決金の相場は?
労働審判の解決金の相場は、総合的に見れば50万円~300万円ぐらいとなることが多いです。
ただし、実際の解決金の額はトラブルの内容によって変わります。
例えば、解雇を争った場合の解決金の相場は、給与の3ヶ月分~6ヶ月分程度となることが多いです。ただし、解雇に客観的に合理的な理由や相当性が認められないようなケースでは、給与1年分の解決金となるケースもあります。
また、解決金の金額は、労働審判委員会が抱く心証によっても異なります。
会社に有利な心証を抱いていれば、解決金は低額になりやすいですが、反対であれば解決金は高額となる傾向があります。解決金の金額を引き下げるためには、期日に会社として十分な反論を尽くし、会社側に有利な心証を抱いてもらうことが必要です。
労働審判の和解が成立しなかった場合
労働審判において、労働審判委員会が示す和解案に双方が納得して話し合いがまとまった場合は、和解(調停)が成立し、ここで事件は終了となります。
一方、お互いの意見が対立して合意できなかった場合は、調停不成立として、裁判所がトラブルの実情に応じた労働審判を言い渡します。ただし、審判結果に不服がある場合は、異議申立てをして裁判へと進むことも可能です。
以下で具体的な流れについて見ていきましょう。
裁判所によって審判が下される
3回までの労働審判期日に和解が成立しなかった場合は、労働審判委員会により、審理の結果認められた事実関係を踏まえて、労働審判という決定がなされます。
この審判に対して、2週間以内に双方の当事者から異議申立てがなされなければ、審判内容が確定し、ここで事件が終了となります。当事者は審判の内容に従って、解決金の支払いなどを行うことになります。
また、確定した労働審判は債務名義となるため、解決金の支払いが滞った場合などに、これをもとに相手方に強制執行をかけることが可能となります。
不服があれば異議申立てをして訴訟に進む
労働審判の結果に納得がいかない場合、当事者は裁判所に対して異議申立てを行うことができます。
異議申立てができる期間は、審判書を受け取った日または労働審判の告知を受けた日の翌日から2週間以内とされています。異議申立てがあると、審判は効力を失い、自動的に通常の裁判へと移行します。そのため、改めて訴状を提出する必要はありません。
異議申立書には、主に以下の事項を記載します。
- 事件番号、事件名
- 申立人と相手方の氏名・名称
- 提出先の裁判所
- 申立人の住所、氏名・名称、電話番号、FAX番号
- 労働審判に異議があること
なお、異議申立書には、審判内容に異議があることだけを書けば十分であり、異議を申し立てた理由までは書かなくてもよいとされています。
有利な内容で和解するためにも労働問題に詳しい弁護士にお任せください。
労働審判は、原則3回で審理するという大変スピード感のある手続きです。そのため、申立てを受けた会社側に時間的猶予はなく、迅速に対応しなければなりません。
また、会社が反論のために用いる答弁書や、期日に行われる事情聴取は、裁判所の心証形成に影響を与えます。
必要な記述に欠ける答弁書であったり、事情聴取のときに不適切な回答をすると、心証が悪くなって解決金額が引き上げられるなど、会社側に不利な和解交渉が進められるリスクがあります。
有利な内容で和解するためにも、労働審判への対応については、弁護士に依頼することをおすすめします。
弁護士法人ALGは労働法務に精通する弁護士が多く在籍し、労働審判を扱った経験も豊富です。
答弁書や妥協案の作成方法などについて的確にご提案することが可能ですので、ぜひご相談ください。
この記事の監修
弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 執行役員
- 保有資格
- 弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
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