ニューズレター
2025.Dec vol.133
不動産業界:2025.12.vol.133掲載
当社は、ビルの3階及び6階を、オフィス利用目的で入居する賃借人Aに、貸しています。また、当社は、賃借人A入居後、ビルの4階及び5階を、飲食店(以下、「賃借人B」という。)に、貸しました。
当社は最近、賃借人Aから、「賃借人Bの客が、夕方以降、ビルのエレベーターを継続的に使用しているせいで、賃借人Aの社員や顧客らの移動が妨げられている。」旨の申告を受けました。しかし、当社としては、賃借人Aのエレベーター利用が不可能になっているわけではないうえ、当該問題の改善は難しいと判断したため、対応を保留にしていました。
すると、賃借人Aは、当社に、物件を使用収益させる義務(以下、「使用収益義務」といいます。)の違反があるとして、賃貸借契約の解除及び賃料の減額を求めました。このような場合、当社の使用収益義務違反や、賃貸借契約解除、賃料減額は認められるのでしょうか。
賃貸人に使用収益義務違反があるとして、賃借人による契約解除及び賃料減額が認められる可能性があります。
賃貸人は、賃借人に対し、物件を使用収益させる義務を負っています(民法601条)。
(賃貸借)
第601条 賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる。
賃貸人は、ただ貸室自体を使用収益可能な状態にしていたとしても、上記使用収益義務を履行したとはいえません。賃貸人は、賃借人に対し、「賃借目的の使用収益に適した状態」で物件を貸す義務を負っています。
実際に、賃貸人が、エレベーターが一台しか設置されてないビルに、オフィス利用をしていた賃借人を入居させた後、大衆居酒屋を入居させた事案において、賃貸人に使用収益義務違反があるとして、賃借人による契約解除や賃料減額を認めた裁判例が存在します(東京地判平10・9・30判時1673・111)。
当該裁判例は、賃貸人は大衆居酒屋を入居させたからには、他の賃借人が各自の貸室にたどり着くのに支障がないよう、上下の移動手段ないし経路の確保、増設等の措置を講じるべき義務を負うと認めるのが相当であるとしたうえで、エレベーターの利用が終日不能ではなく、かつ完全に不能というわけではないものの、一部(=夕方以降の残業時間帯)において不完全にしか達せられなくなっているから、使用収益義務の不完全履行があったと評価せざるを得ない旨判断しています。
そのため、今回においても、賃貸人は、エレベーター利用自体が不可能でなかったとしても、移動手段や経路の確保もせずに賃借人Bを入居させたことから、賃借人Aに対し、オフィス目的の使用収益に適した状態で部屋を貸していなかったと判断され、使用収益義務違反が認められる可能性があるものと考えられます。
なお、賃貸人の使用収益義務違反が認められた他の裁判例(大阪地判平元・4・13判タ704・227)として、賃貸人が、近隣居住者に生活妨害行為を行う賃借人(以下、「迷惑行為者」といいます。)がいるにも関わらず、迷惑行為者の近隣に新たな賃借人を入居させた事案が挙げられます。当該裁判例においては、賃貸人が使用収益に適した状態で引き渡さなかった(迷惑行為者との賃貸借契約を解除してから新たな入居者との賃貸借契約締結を行う等の措置を取らなかった)として、賃貸人の使用収益義務違反を認めています。
以上のことから、賃貸人としては、現在入居している賃借人や、今後入居予定の賃借人の、賃借目的や性質を十分に把握したうえで、賃借人らそれぞれに対し、使用収益に適する状態で物件を提供できるかを慎重に考える必要があるものと考えられます。